クールな君が笑う時

ゆー

序章 出会い 覚えの無い君

第1話 記憶に無い君

いつからだろうか。

困っている人を見かけると、つい放っておけなくなってしまったのは。


いつからだろうか。

お礼を言われて、その笑顔を見て。


心が満たされるでもなく───






ああ、やっぱり違うな。何て、思ってしまうようになってしまったのは。












穂村総護。アルバイトが趣味の高校2年生です。自己紹介をすればその一言で全てを語りきれる素晴らしい人間。それが俺である。

現在、両親は家にいない。仕事の利便性を考えて父は少し遠くに部屋を借り、未だに夫婦仲睦まじい母は、俺が手のかからないことをいいことにウキウキでそれに着いていった。

なので現在は広い家にポツンと一人。何の変哲も無いこの小さな町で気ままに悠々自適に面白おかしく…はないな。普通に暮らしていたのだが───






「これからよろしくお願いします。……兄さん」


そんな俺にある日、見知らぬ従妹が出来た。












「お邪魔しています」

「へ」


始まりは、本当に何でもない春の日だった。


ある日、家に帰ってみるとあら不思議。出かける前に掛けたと思っていた鍵が掛かっていないではないか。嫌な汗をじんわりと流しながらリビングへ足を踏み入れてみれば、机には背筋の伸びた、実に規則正しい姿勢で座る一人の少女。あまりに正しすぎて一瞬入る家を間違えたのかと思った、なんてことがあったのがつい数秒前の話。


「………」

「………」


そして今は絶賛、謎の少女とのにらめっこの最中。


「……どちら様…?」

「………」


きゅっと眉間に皺を寄せ、こちらを睨んだ少女と目と目が合う。

その時だ、初めて真正面から彼女を見つめた時、馬鹿正直に言えば漫画でもないのにまるで一瞬、世界が止まったかの様な錯覚を受けた。

ハネ一つ無い艷やかな黒髪を腰まで垂らし、長い前髪から覗く切れ長の目からはまるで感情が読み取れない。大人びているが、可愛いとも美しいともとれる、子供から大人へと移り変わりつつある整った顔。恐らくは同年代なのだろうが、そんな彼女が、驚く程に綺麗だと。柄にもなくそんな事を思ったからだろうか。


「…私は…」


無論、そんな事を思って固まってしまった俺に気づくはずもなく、少女がゆっくりと口を開く。容姿に違わぬ透き通った低い声は、けれど何故かたどたどしかった。


「葵、水無月…葵です」



「…貴方の従妹です」



従妹。


………。




「……従妹…?」

「…はい」


水無月葵と名乗った暫定従妹は、何を考えているのかさっぱり分からない無表情で俺をじっと見つめて目を逸らさない。

従妹、…従妹。顎に手を添え考える。…水無月という名字はよくよく聞き覚えがある。あるというか、母方の名字だった。そして年齢からして、恐らくは母の弟、つまり伯父さんの娘、なのだろう。

けれど不思議なことに、伯父さんのことはよく存じているのに、この子にとんと覚えが無い。娘がいるという話も聞いたことがない。


「…あの」

「はい」


垣間見える瞳は、何処までも真っ直ぐに。何故だろう、その目に射抜かれると酷く居心地が悪くてたまらない。座りが悪いというか。それに


「…何処かで会ったことある?」

「いいえ」


どうにも引っ掛かってならなかった俺の疑問だったが、迷いの無い即答。ならば本当に初対面なのだろう。それならそれで何故そんな彼女が突然訪ねてきたのだろう、という当然の疑問がまた沸き起こる。

流石に怪訝な視線を隠せずにいる俺に気付いたのだろう。彼女の細い手がゆっくりと伸ばされ、そして――


「あの「私から説明するわ息子っ」おふ」


直後、背後からばばーん!!とか効果音が聞こえてきそうな派手な音を立てて登場したのは、久々に顔を見た気がする我が母君だった。

もしかしてずっとスタンバっていたのだろうか。昔から子供っぽいというか良い意味で馴れ馴れしいところがあったがまさかここまでとは。


母はそのまま俺の前、水無月さんへと歩み寄るとご機嫌そうにがっちり肩を組んで彼女の顔を抱え込む。見てて過剰なまでに仲が良い。…あんまりこういう事は言いたくないけど、母はそれなりに出るとこ出た人なのでその胸と腕によって圧迫された水無月さんのお顔は、気の所為でなければ無表情ながら大変苦しそうに見える。


そして気づく。こうして並ばれるとこの二人、何となく面影が似ている。それはつまり俺も。何処かで会ったも何も、毎日鏡で見ているのだから当然だったということか。

…ん?つまりつまり、それ即ち俺は母親を驚く程に綺麗だとか、鼻息荒く語っていたということ?ちょっと前言撤回したくなってきた。


「わた「この子は水無月葵ちゃん!あんたの従妹」し…」

「今聞いた」


「その「そんな子が何故ここにいるのかと言うと?」…」

「うん」


「おば「あんたのお目付け役よ!」」

「喋らせてあげなよ」


何か勢いで色々と誤魔化そうとしていないだろうか。謎に高いテンションとでかい声。流石に違和感を感じざるを得ない。



…て。


「…お目付け役……?」

「そ「そう」………です」


告げられたその言葉に、思わず目を丸くする。


お目付け役。俺の知識が間違っていなければ、それは行動を監視し、取り締まる役目。何故そのような役割が必要になるというのか。


…そんな心当たりは――


「………」

「大いにあるわよね?」

「…はい…」


圧の強い笑顔に迫られ、俺はか細い声と共に目を逸らすしかなかった。


…という訳でここでまた一つ、俺の事を話そう。

人間・穂村総護の良いところ。それは困った人がいるとついつい手を貸そうと動いてしまうところ。素晴らしい。人間の鑑。


…悪いところ。たちの悪いことに、そのくせして己の限界を把握していない、いや出来ないところ。


その結果何が起きるかと言うと。


「あんたこないだ学校でぶっ倒れたんだって?」

「………はい」


こうなりますね。至極簡単。


「しかもそれをずっと私に黙ってたわね?」

「……はい」

「いやー驚いたわー学校から連絡があった時は」

「………」

「ま、もっと驚いたのはその倒れた張本人が一向にこの母にそのことを未だ一切口にしないとこだけどね!!」


口を開く度に笑顔がどんどん迫ってくる。ついでに脇に抱えられたままの水無月さんの顔色もどんどん差し迫ってくる。


「よって、そんなお馬鹿さんにはお目付け役を付けます」

「おうぇつけあくえ゙す」

「総護。暫く葵ちゃんと暮らしなさい」

「…は?………え!?」


ビシッとこちらを指差しながら放たれる衝撃の内容。

…俺が?こんな綺麗な子と?親のいないこの家で一つ屋根の下?


「そんで暫く大人しくしてなさい。つかしなさい」

「…そんな!?そうなったら俺は一体これから誰を助ければいいんだ!!」

「主人公みたいな事言ってないで、まず己を守れっつってんのよ」


返す言葉も無い。いや、無かったら駄目だ。


「…あの、水無月、さんはいいの?」

「もんだいありまふぇん」


俺の問いかけに依然、脇に抱え込まれた彼女が頷く。そろそろ離してあげてほしい。


「家の方が学校へのアクセスいいしねー。あ、この子同じ学校よ。あんたの後輩」

「です」

「え、そうなの?」


それは知らなかった。水臭い。教えてくれれば…ってそもそも俺が知らないんだからお互い気まずくなっただけか。


「いや、でも「総護」…」




「無茶は仕方ない、でも無理だけはしない。そう約束したわよね。お母さんとお父さんと、お姉ちゃんに心配はかけないって」

「…………」


己を顧みず、他人の為に奔走する面倒くさい人間。そんな俺を、母と父は口を出すこともなく静かに見守ってくれていた。一つだけ、無理だけはするなということを約束させて。


その約束を、俺は守らなかったのだ。打って変わって落ち着いた声が静かに、けれど確かに重くこちらにのしかかる。


「………分かった…」

「ん」


姉の名まで出されては、俺に抗する術は無い。


こうして、俺と突然現れた従妹の共同生活が幕を上げたのである。

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