怠惰な陰キャ、大の大人たちを従える
「え……」
「組長の……息子……?」
「ち、血塗れの沈黙者……」
その言葉だけで、団員たちは自分の愚かしさを悟ったらしいな。
絶望の表情を浮かべ、びくびくしながら俺を見上げている。頼みの綱だったはずの刃馬に詰め寄られては、もうこいつらには何もできないだろう。
――この様子ならもう大丈夫か。
俺はどっと息をつくと、ずっと背負っていた詩織を降ろす。
「念のため、俺の傍からは離れるな。なにが起こるかわからねえからな」
俺の呼びかけに、詩織はこくりと頷くばかり。
いつもは天真爛漫な彼女も、こればかりは大人しくならざるを得ないようだな。俺の服をぎゅっと握り締め、不安を抑えようとしている。
……まあ無理もない。
いくら有名配信者といえど、彼女は善良な女子高校生。こんな血みどろの戦いを見せられちゃ、そりゃショックも受けるだろう。
この場は彼女にとって毒だ。早々に退散しないとな。
そう判断した俺は、すぐに顔馴染みの男に目を向ける。
「おい刃馬、これは一体どうなってる?
「いえ……違います。これは俺たちの傘下にある組連中。神須山組は直接関与していません」
「はん、やっぱりな。そういうことだと思ったよ」
俺は後頭部をがしがし掻くと、改めて鬼塚を見下ろしながら言った。
「それはいいが、じゃあなんで政治家まで動いてるんだ?
「いえ、それが俺たちも驚いておりまして……」
「なんだと……?」
「……あまり大きな声では言えませんが、組全体がなにやら不穏な空気です。これから何が起こるか、はっきり言ってわかりません」
……おかしいな。
俺は組そのものとは関わらないようにしてたから、そのへんの事情はよくわからないけどな。
それほどの大組織がこんな失態を晒すなんて、普通に考えておかしい。
なにか見逃している事実があると考えるのが道理だが……。
――でもまあ、はっきり言って組のことはどうでもいいこと。
子どもの頃から、俺は一般の住宅で過ごしてきた。義務教育を終えて高校生になってからは、ちょっと早い一人暮らし生活を満喫しているからな。
父に頼み込んで、団員とも関わらない生活をしているし――今回みたいな面倒くさい戦いなんて、それこそ死んでも御免だ。
だからこれ以上の追求は辞めておく。そういうのは父や刃馬の仕事だからな。
「申し訳ございません、怜様。これは私の不手際です。どうかお許しを」
そう言って深々と頭を下げる刃馬に、俺は手をひらひら振って応じる。
「もういいさ。……それよりも、これを機に鬼塚への肩入れはやめろ。こいつの顔を見るだけで怒りが湧く」
「もちろんです。元より本意ではありませんでしたから」
刃馬は再び頭を下げると、俺の顔色を窺うように言った。
「……お詫びと言ってはなんですが、ダンジョン管理省から回ってきている《裏アイテム》などはいかがでしょうか。怜様はダンジョン探索に力を入れているとか……」
「《裏アイテム》だと……?」
なるほど、やはり国とも癒着していたか。
鬼塚が使っていたであろう《経験値ジュース》も、おおかたダンジョン管理省が預かっているのかもしれないな。
……そんなレアアイテムを大量に確保できれば、場合によっちゃ悪用できなくもないが。
「いらねーよ。どうせ真っ黒いアイテムなんじゃねえか」
「そんなことはありません。きっと怜様にも気に入っていただけるかと」
「……ふん」
俺はそっぽを向くと、刃馬に背を向けつつ言った。
「……そんなことより、親父はどうしてる。元気なのかよ」
「ええ、それはもう。怜様が鬼塚に殴られている動画を見て、《うお~~~ワシの大事な怜がぁぁぁあああ~!》と叫んでおりました」
「……はっ、相変わらずだなほんとに」
父は昔から俺を溺愛しまくっていた。
部下には超絶怖い表情を浮かべているくせに、俺にだけは超甘い顔をしてくるんだよな。
……となるとやはり、父親が俺の始末を命じたとも思えない。
刃馬の言う《不穏な空気》がなんなのかは知らないが、組織のなかでもなにかしらトラブルが起きているのかもしれないな。
「どうしますか、怜様。組長はかねてより、《やっぱり部下に怜を守らせたい~~~!》と叫んでおりましたが」
「いらねえよ。あんな奴の暴力で、俺がダメージ受けていると思ったか」
「……はは、それは失礼致しました」
刃馬はそう言ってお辞儀をすると、残り二人の部下たちに撤収を命じた。倒れている鬼塚も含めて、後処理をすべて担ってくれるらしい。
「それでは怜様。後日、あなたの気に入りそうな《裏アイテム》をお送りしたいと思います。鬼塚が50万を奪っていたという話も聞いておりますので、それは倍にして、兄のほうに落とし前をつけさせましょう」
「いいんだよ、余計な気をまわすな。詩織の――こいつの配信道具がたぶん全部壊れた。明日までにまったく同じものだけ届けにこい」
「かしこまりました」
刃馬は俺の倍近くはあろうかという巨体で深いお辞儀をすると、そのまま部下を連れて立ち去っていくのだった。
★
……終わった。
後には俺と詩織だけが取り残され、暴力団たちは綺麗に後始末をして立ち去って。
あれだけ騒がしかったこの場所は、すっかり元通りの静けさを取り戻していた。
「…………」
いつもは天真爛漫な詩織も、このときばかりは何も言えない。
まあ、無理もないか。
自分の追いかけていた男が、やばい組織と関わりがあったなんて……。普通だったら引くよな。
――ごめん怜くん。ママから、怜くんとはあまり遊ばないでって言われて……――
――え、どうして? まだあのゲーム途中だよ? あんなに楽しかったのに……――
――と、とにかく駄目なんだって。ごめん……!――
――あっ、待って……!――
これまでもそうだった。
今まで多くの人が、俺から逃げていった。
まだ幼かった当時の俺にとって、それはなにより辛いことで。昨日まで仲良かったはずの友達が、急に態度を変えてくるのが悲しくて。
だからいつのまにか、《平凡になること》にこだわるようになったんだと思う。
人と関わりを持たず、ゲームの世界に逃げ込んで。そのゲームに飽きてからは、このダンジョン探索に明け暮れて。
ただ自分の出自を呪い、人を避けるだけの空虚な人生だった。
そしてそれは――今後とも続いていくんだと思う。いくら平凡な毎日を望んでいたって、どうせ今日のようなことがあるのだから。
「……ごめんな詩織、怖かっただろ?」
だから俺は彼女のほうを振り向かず、あくまでそっぽを向きながら言った。
「いまのでわかったと思う。俺はおまえが思ってるような、立派な人間じゃねえんだ。今回は無事に切り抜けられたが、またいつ巻き込まれるかもわからねえ」
「…………」
「だからおまえも、俺とは縁を切れ。俺なんかと一緒にいたって、いいことなんて一つもねえんだから」
「――ううん、そんなことないよ」
しかし詩織から返ってきた言葉は、今まで俺が投げかけられてきた言葉とはまるで異なるものだった。
「は……?」
あまりに予想外な返答に、俺も思わず素っ頓狂な声を発してしまう。
「なに言ってんだよ。俺と一緒にいたら、おまえも巻き込まれることになるかも――」
「ふふ、忘れたのかな、怜君」
こちらが言い終わらないうちに詩織は俺の目前まで回り込むと、いつも配信者に見せているような、可愛らしいピースサインをしてきた。
「私……あなたのことを追いかけたいのよ。どこまでも」
「…………」
「あはは……。なんか呆れてるって顔してるけど、でも私、最初から勘付いてたよ。鬼塚が怜君に襲いかかったとき、《暴力団》の名前を出されてもあなたは全然動じなかった。……しかもそれどころか、ナイフを構えられても平気でさ」
「…………」
「そういうわけだからさ、正直に言うと全然驚いてない。怜君かっこいいな~って、そう思っただけよ」
「お、おまえは……」
「――だからさ」
詩織はなんと俺の胸に飛び込むと、ごく小さな声で呟いた。
「あんまり自分だけで抱え込まないで……? ほんとは怜君が優しい性格だっていうの、私はわかってるから」
「…………」
「私はそんな怜君を大好きになった。命知らずって思われても、馬鹿って思われてもいい。だから……お願い。これからも、一緒にいさせて?」
出会った当初は、こいつを変な女だと思っていた。
有名配信者ではあれど、ヤンデレをこじらせた変人であると。
絶対に俺とは合わない人種であると。
――だがもしかしたら、俺はもう手に入れていたのかもしれなかった。子どもの頃から、ずっと欲しくて欲しくてたまらなかったものを。
「ふん……馬鹿野郎が」
「ふふ。馬鹿でもなんでもいいの。怜君と一緒にいられたらね」
今この時だけは、久しぶりに心の底から笑うことができたような――そんな気がした。
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