プチざまぁ回② 容赦を知らない有名配信者
有名配信者――ユリア。
彼女を有名人たらしめている理由は、“圧倒的な実力”や“圧倒的な美貌”とはまた別に、そのキャラクター性にある。
天真爛漫でドジっ子で……人の懐に入るのが上手というか。
回復アイテムを使いたい場面なのに、間違えて攻撃アイテムを自分に使ってしまったり……。
せっかくレアモンスターを見つけたのに、間違えて《匂い玉》を投げてモンスターを追っ払ってしまったり……。
素なのか計算なのかは知らないが、まさしくそういったドジっ子なところが、男女問わず多くのファンを獲得し――。
いまではもう、日本人なら誰もが知っているというほどの有名人だ。
現在は髪を後ろに束ねた上で、サングラスに帽子を被っている状態。
おそらくは著名人ならではの“姿の隠し方”だと思うが、しかしまさか、こんな大人数が見ている前で正体を晒してしまうとは。
というかそもそも、どうして彼女がこんなところに……?
そんな俺の疑問をよそに、ユリアは依然として厳しい視線を鬼塚に向ける。
「あんた……なにやってるの? 私の大事な
「え……っ?」
いきなり爆弾発言をしたユリアに、鬼塚が目を白黒させる。
こいつだけではない。
状況を見守っていた生徒たちさえも、大きなどよめきをあげた。
「私の大事な……って、ど、どういうことですか? ユリアさん」
ヘラヘラと問いかける鬼塚に対し、ユリアは厳しい表情をまるで緩めようとしない。
「質問に質問で返さないでください。いま聞いてるのは私ですよ?」
「……へ、は、はい……」
「で、どうなんでしょうか? あなたが今やっているそれは、立派な苛めでは?」
「…………」
「そして、そんな苛めをただただ呆然と見守っている観衆たちも。人間として最低だと思いませんか? こんなにボロボロになってるんですよ、怜くんは」
シーン、と。
鬼塚を含め、この場にいた誰もが静かに押し黙る。
そりゃそうだよな。
普段はドジっ子キャラとして知られるユリアだが、いまは――なぜかめちゃくちゃ怖い。
口元は緩んでいるが、とにかく眼光が鋭いというか。“圧倒的な陽キャ”として認知されている彼女の、知られざる闇の部分が放たれているというか……。
「……なにも言えませんか、情けないですね。そもそも理由なくして人を傷つけるなんてゴミ以下の最低野郎です。私の大事な怜くんを傷つけたあなたにはそれ相応の説明責任が生じますが、まあ私は優しいので許して差し上げましょう感謝しなさい」
なんだ。
早口すぎてなにを言っているのかわからなかったぞ。
ただ一つ明確なのは……なぜか俺がいじめられていたことに激怒していることか。
俺なんて好きで殴られていたのに、いったいどこに怒る理由があるというのか……。
そんな思索を巡らせつつ地面に這いつくばっていると、そんな俺に対し、ユリアが同情するような視線を向けてきた。そして再度、厳しい視線を鬼塚に向ける。
「……あなたたちの悪行は、さっきまでリアルタイムで配信していました。本当は怜くんを探す動画にしたかったんですが、こんなにひどい現場を見てしまった以上、こうせざるを得ません」
そう言って、ユリアは自身のポケットをぽんと叩く。
さっきまでの暴行を、なんとネットに流していたということか。
「へ……?」
鬼塚はたっぷり数秒間、口を開けたまま放心すると。
「リアルタイムで配信中って……。ど、どういうことですか?」
「なにわかりきったことを聞いてるんです? そのままの意味ですよ、誰でもわかるようなことを聞くのはやめてください本当に気持ち悪い」
やはり早口すぎてなにを言ってるのか聞き取れないが、物凄くキレてることだけは伝わってくるな。まさか有名配信者たるユリアに、こんな一面があったとは。
……っていうか、ちょっと待てよ。
そもそも今回の
ユリアを助けたのは俺じゃないということにすれば、また平凡な毎日に戻れると思ったのだ。
しかしまたこうしてユリア名義で動画が流れてしまえば、その目論見はパーとなってしまうではないか。
「ま、待ってくれ、ユリア」
ふらふらと立ち上がりながら、俺は彼女に向けて言う。
「俺は大丈夫だ。だからその配信、できれば打ち切ってくれないか」
「れ、怜くん……。あなたはいったいどこまで優しいの……」
もちろんそんなわけはないんだが、なぜかユリアの目にハートが浮かんだような……そんな気がした。
「いや違う。優しいとかじゃなくてな……」
「大丈夫、配信自体はもう打ち切ってますよ。……こいつらの悪行はもちろん、ばっちり世界中に配信されてますけど」
「え……」
駄目だ、それじゃあ意味がない。
「……ささ、こんなところからはさっさと離れましょう。怜くんまでこの腐れ切った空気に触れている必要はありません」
「お、おい……!」
訳わからないことを言い出すなり、ユリアは俺の手を引き、校門の外へと連れ出すのだった。
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