第3話 皇国との戦い1

 ここはパルゲア皇国の南西部に位置する帝都、天子おわす場所。その宮殿で御前会議が行われていた。


「西部の穀倉地帯で干ばつが発生しており、二年続けて不作となる見込みです」

「天子様におかれましては、なにとぞ地鎮祭のおり、雨乞いの儀式も行なっていただきたく」

「相分かった。そのようにしよう」


 神の子孫とされるオオカミ一族の長たる者は天子の位に就き、この皇国の軍事や司法だけでなく祭祀に至るまで全てのまつりごとを司る。

 現在の天子は、二年前より代替わりし後を継いだ三十を過ぎた男。


「続きまして北東部に現れました魔族についてですが、新たに二つの領地が奪われました」

「魔族の事については、先代より聞いておる。根絶やしにすべきであるとな」

「されど、この帝都からは遠く離れておりまして、援軍もままならない状況でございます」

「全軍を持って、魔族討伐はできぬのか?」


 天子の非常識な言葉に、その場にいる者は皆黙る。実際のところ、辺境の五つの小さな領地が魔族に渡っただけで、損失的にはそれほど大きくはない。


「恐れながら、敵は五千にも満たぬ軍勢。この帝都付近の守りもあり、全軍は無理かと」

「それもそうじゃな……。今出せる軍はどれくらいじゃ」

「現在、南の国境付近で交戦中でもあり、それほど多くは。国境紛争を先に決着された方が良いかと思われます」


 魔族の侵攻速度は遅く、帝都に向かう様子もない。優先度は低いと、後回しになっていた案件である。


「魔族とは、我ら神の子孫であるオオカミ族とは似ても似つかぬ生き物ではないか。そのような者どもを、この皇国内に放置するつもりなのか」


 それを言われては如何いかんともし難いが、大軍を出すとなると膨大な戦費が必要となる。


「天子様。この件に関しては、前向きに検討する事といたしまして、別の案件も数多くあります。先に進めてもよろしいでしょうか」


 会議は粛々と進んでいく。



「天子様。まだ魔族が生きていると、お聞きいたしましたが」

「セグノ、すまんな。早々にケリをつけたいのじゃがな。許してくれ」

「あのような化け物が、この皇国の中に居ると思うだけで虫唾が走りますわ」


 正妻であるセグノは魔族を嫌い、度々天子に進言をしている。大奥にあっては絶対的な権力を握っており、十歳年上と言う事もあり、その意見は天子を動かす事もある。


「弟のサザンドラに任せてみてはどうでしょうか」

「確かにサザンドラ将軍は国境の紛争にも参加しておらんし、適任かも知れぬな。次の御前会議で推薦しておこう」


 その後の御前会議で、全兵力の三分の一に当たる約五万人の戦力を南東部に集中して、魔族討伐軍を編成する事が決定された。


 ◇

 ◇


「南にいる、皇国軍が動いたそうだな。ピキュリア」


 危惧していた、皇国の大軍に関する情報がもたらされた。早速、ピキュリアとメディカントとその対応策を検討する。


「魔王様。わたくしたちは皇国軍に兵力で劣ります。基本、防御に徹する形となります」

「それでいい、無駄な損耗は防ぐべきだからな」

「今、南部の敵軍近くにいるリカールスからの情報だと、敵軍は北部の首都、魔王城を目指しているそうだ。魔王様、途中の砦は放棄しても良いと言う事だが、本当にいいんだな」


 軍を指揮するメディカントには、敵が進軍してくるルートで戦わないと伝えてある。

 後から領土に併合した東部地区には工業地帯があるが、皇国軍はそれらを無視し魔王城のみを目指しているようだ。それはこちらにとって好都合。本土決戦の形となるが産業構造は残され、武器生産や補給物資の運搬も可能になる。


「ここらあたりが、この世界の戦略の未熟さというところか」


 敵は五万の兵を集め一路魔王城のある首都を目指している。さながら異教徒に占領された聖なる土地を奪還するという、十字軍の遠征のようだな。

 それを迎え撃つのは、各地からかき集めた我ら六千五百の兵だ。


「だがその兵の大半は、徴兵による獣人の兵士だ。要職にはオレ達眷属を配置させているが働きは良くねえぜ」

「こちらの指示に従い、兵器を取り扱ってくれればそれでいいさ。で、この平原に皇国軍をおびき寄せればいいと言う事だな、ピキュリア」

「はい、あれだけの大軍ですと通れるルートも限られます。誘導は容易かと」


 以前より皇国軍への対抗策は練っている。このピキュリアの考えた策ならば、勝利する可能性は高いだろう。とはいえ相手は大軍。俺のヴァンパイアの力だけで勝利する事は難しい。


「この川と、こちらの峡谷では、オレが攻めてもいいんだよな」


 地図を見ながら敵軍の予測ルートを指差し、メディカントがピキュリアに問う。


「その場所なら、こちらが損耗する事もないでしょうから、メディカント将軍のお手並み拝見と言う事になりますわね」

「それなら任せてくれ。首都決戦の前に敵の数を減らすようにしておく」


 作戦は決まった。

 敵の侵攻に合わせて、損耗を防ぎつつ前線を後退させていく。


 予定通り、城まで森一つという場所まで敵を誘導してきた。背後には深い森、前方の広い平原の先に敵陣が見える。敵軍は約四万四千。


「ほう、メディカントの手勢だけで、よく六千もの兵を減らせたものだな」

「奴らは割と単純ですぜ。ちょっとした戦術でもすぐ引っ掛かりますからね」


 六千減らせたとはいえ、我が軍の七倍以上の兵力が集結している。

 空から見ると草原の奥に陣を築き、その前に連隊ごとに分かれた兵が整然と並ぶ。ゲームのような光景だが、あれが我らを殺そうと攻めてくる。気を抜くことはできない。


「では敵が動いたと同時に、こちらも攻めようか」


 敵はまず騎馬隊で攻めてくると予想されている。こちらは森を背に、岩の城壁と城門を備えた砦を築いている。半円形で簡易型の砦ではあるが、騎馬程度であればそう易々と突破できない構造になっている。


「魔王様。飛行部隊整いました。いつでも出陣できます」


 水素ガスを用いた巨大な飛行艇。これを十機用意している。投下用の爆弾を目一杯積み込み、その内の五機を第一陣、その後に第二陣を飛ばす予定だ。


「敵が出てきたようだな。では飛ばしてくれるか」

「はい、承知しました」


 動力は蒸気機関のプロペラではあるが、馬よりも早い速度で移動できる。戦場の真上に音もなく移動させ、地上の騎馬隊には、射程外に位置する大型迫撃砲による砲撃を浴びせる。

 敵は空と地上からの猛攻に反撃する事もできず、一掃する事ができた。戦場となった草原には、敵の馬と兵士の遺体だけが転がる。

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