その③

「お嬢様!」

 しまった…と思う。

 まさか、お嬢様を誘拐しようとする者が一人で襲撃してくるはずがない。

 別にもう一人いたのだ。

「お嬢様から離れろ!」

 明美はそう叫ぶと、天音を押さえつけている男に向かって突進していく。

 その背後から、ナイフを拾うのを諦めた男が走り込んできて、明美の横腹に蹴りを入れた。

「きゃあっ!」

 あばら骨から胃にかけて響く激痛に悲鳴をあげて吹き飛ぶ。

 そのまま、ざらついた石畳の上を数回跳ね、転がった。

「佐藤!」

 メイドの危機に気づいた天音が声をあげるも、明美は痛みに悶え、返事をしなかった。

 偽タクシーの運転手が、動けないでいる明美に馬乗りになる。

 もう一人の男が、天音の顔に袋をかぶせ、きつく縛った。

「ちょっと! 何すんのよ! 私を誰だと思ってんの? ちょっと! 放せ! これを除けて! 佐藤! 佐藤! 助けて!」

 天音は浜に打ち上げられた魚のように暴れたが、簡単に手首足首を縛られ、黒塗りの車に放り込まれた。

「お嬢様!」

 動けない明美は、必死に叫んだが、それも虚しく、天音は車に放り込まれた。

「おい! 田中! 先にお嬢様を連れていけ!」

「了解」

 天音をさらった男は、颯爽と車に乗り込むと、粉塵をあげながら急発進し、明美の横を通り過ぎて行ってしまった。

「お嬢様ああああああああっ!」

 断末魔のように叫んだが、その声は空に吸い込まれて消えた。

 一瞬の間の後、明美に馬乗りになっていた男が彼女の頬を叩いた。

「ほら、次はお前だ。諦めて、縛につけ」

 そんなことはどうでもいい。

 明美は動けない状態で、キッ! と男を睨んだ。

「お前たち! お嬢様を怖がらせて、ただで済むと思うなよ!」

「威勢がいいね。たかがメイドの癖に」

 男は勝ち誇ったように笑うと、明美の頬を殴った。

「お嬢様を安全に病院に連れて行きたかったら、従者の一人や二人でも同行させるべきだったな。そうしたら、また違ってきたかもしれねえ」

 その言葉に、やはり何か違和感を覚える明美。

 だが、考えている暇は無く、男は明美の控えめな胸に手を伸ばした。

「まあ、すぐにお嬢様と一緒のところに連れて行ってやるよ。そこで二人仲良く…」

 男がそう言いかけた時だった。

 ゴンッ! と鈍い音がして、明美に馬乗りになっていた男の首が右にのけ反った。

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