第二十四話 日比谷公園の決闘
「なるほど、全て初耳だ」
「そうっすよね……元々みっちゃんが昇進するのがおかしいなと思ったんすよ。それで警察庁内で何かないかと思って捜査したらこれっすよ」
「そうか……俺も元々おかしいと思ってたんだ。俺が警視監なんてなれるはずがない」
武蔵金山跡自然公園のベンチで話し合う二人。
「どうするんだ? 俺は殺される気は全くないぞ?」
「そうっすよね……でもそうならなきゃ香菜さんが殺される」
「その通りだ。ではどのように
「一応、対やばい奴用の兵器は揃えておいてあるっす」
と、東が鞄の中を裕基に見せた。
「うーむ、飛び道具で何とかなるっすかね……」
「東、お前は警官ではないんだ、無茶な行動はするな。お前まで逮捕されかねんぞ」
「わかってるっすよ。ただ今回は、みっちゃんの忠告も聞けないかもっす」
「……とにかく、二十三時に日比谷公園か」
「そうっす。拳銃を持ってくるように言われたっす」
「なぜ拳銃を所持することを望むのか……俺の射撃センスを知らないのか?」
「そうなんすよね……いくら相手に人質があるとはいえ……自殺させる気っすかね?」
「なるほど、それはあるな……」
こうして数時間に及ぶ作戦会議(途中の昼休憩はあった)の末、作戦が決まった。
二十二時三十分、警察庁。
今は使われていない倉庫内に、香菜は拘束されていた。
口をガムテープでふさがれ、麻縄で胴体を椅子に縛り付けられているが、その目は決して恐怖に屈せず、犯人たちに対する憎悪の気持ちに満ち溢れていた。
「おい、そろそろ時間だ。移動するぞ」
AがBに指示を出す。
「そうだな」
Bが香菜の縄を解きにかかった。
「……!!」
近づいてきたBに犯行の思いを向ける香菜。
「おいおい、そんなに興奮するなって。ただ縄を解くだけだって」
「
「わあってるよ、ったく……」
渋々香菜の拘束を解くB、もとい、飯田。
「さあ、ついてきてもらおうか、桃山さん」
拘束を解かれた、というのはあくまで椅子から縛り付けられた状態ではなくなったということであり、その両腕にはしっかりと手錠がかけられている。香菜はガムテープで口を塞がれ、文句の一つも言えない状況下、ここからどの様に状況を打破するかについて必死に考えていた。
(その気になれば走って逃げられるかもしれない……でも相手は銃を持ってる。逃げようとしても私が傷ついたら意味ない。もし東さんが助けに来てくれたら、私が負傷している状態じゃかえって迷惑に……あれ?)
「ほら、さっさと乗れ!」
思考により足が止まってしまった香菜をAの方が無理やり引っ張って連れて行く。
屋外。
香菜は実に三十六時間ぶりに外の新鮮な空気を吸った。
しかし、それはほんの一瞬のことであり、すぐに車に乗せられた。
「しかし、本当に奴らは来るのか?」
飯田がAに問いかける。
「来るさ」
Aは自身ありげに答えた。
「奴らは『誰も死なない』ことさえ達成できれば何でもいいんだ。そこの女を死なせないために必ず来る」
「でもよー、来たら水沼を殺すんだろ? ていうか元々それが目的だろうが」
「当たり前だ。水沼裕基は我々の敵、我々の計画を邪魔する存在だ」
車はすぐに目的地に到着した。
「よし、さあ! 降りろ!」
飯田が香菜を下すために助手席から降りた。
その刹那、夜の日比谷公園に発砲音が響いた。
「まさか!?」
飯田が銃声の聞こえた方向を向く。そして既に飯田の右足から出血していることに気づき、
「ああっ……!! 足が……!?」
と、負傷部分を抑えてうずくまった。
「どうした!?」
一緒に車から出てきたAが驚くのも無理はない。しかし、Aが驚いてしまったが為に東と裕基の作戦は成功した。
動揺して動きが鈍ったAは、後方から音も無く現れた東にタクティカルペンを後頭部に叩きつけられ、大きく体制を崩した。更にその状態で尻を蹴られ、地面に這いつくばったところを捕縛されてしまった。
一方飯田の方も、なんとか立ち上がろうとしたところで裕基による顔面への膝蹴りが命中し、為す術もなく倒れてしまった。
勝利した裕基は既に意識のない男の身分を確認する。
「この男は……飯田! ということはもう一人は……」
「みっちゃん! 犯人の正体がわかったっすよ!」
運転席側の方から東の声が聞こえた。
「
「えっ、なんでわかったんすか?」
「一緒についているのが飯田だからな。二人とも警視庁時代に私と面識がある」
「また過去の話か何かっすか?」
「まあな……」
遡ること十三年前。
警視庁捜査一課に三人、二十四歳の刑事がいた。
一人は水沼裕基、一人は飯田
裕基は既に若くして警部まで出世しており、その手腕を上層部にも高く評価されていた。
一方、キャリア組である飯田と永山は自動的に警部に昇格した。
飯田と永山は、水沼を羨んでいた。自分たちが厳しい努力を重ねて東大を出、難関中の難関である国家公務員試験に合格し警察庁に就職したのに対し、裕基の出身は、東大生が滑り止めで受けるような難関私立大学。勿論、それでも世間的には十分であろう。
しかし、ノンキャリアである裕基とキャリア組である飯田・永山が、同じ年に警察学校を卒業し、同じ年であるにもかかわらず、同じ階級であることがキャリア組の立場としては納得いかなかった。
警察学校時代からその実力を評価され、交番勤務をパスし捜査一課に配属されるという特例を受けた裕基。そして瞬く間に検挙率第一位を記録し、日本警察史上類を見ないスピード出世。
飯田と永山の不満は増していくばかり。
そんな中、事件が起きた。
永山の父親である当時の副総監、すなわち警視庁のナンバー2にあたる人物が、五億円以上の所得を申告していないという事実が判明した。
東京地検特捜部が永山邸に家宅捜索に入る。だがその頃には、永山父は誰にも気づかれずに東京を抜け出し、成田国際空港へとたどり着いていた。
目的は言うまでもなく、高飛びである。
そこに、永山父を捕まえんと行く手を阻む男が一人。
水沼裕基であった。
「副総監! 貴方はもう逃げられない。大人しく降伏してください!」
「水沼君、だったかな? 息子が世話になってるね……」
怒りに燃える裕基に対し、永山父の態度は飄々として事態をわかっていないようだった。
「貴方は警察官として、いや一人の大人として最低な行動をとろうとしている!! ただの申告漏れなら追徴金を払えばよい。それを高飛びしようということは、この国の司法に唾を吐くということになるのですよ!!」
「今更何を言っても結果は変わらんよ、水沼君」
永山父の目が、闇に染まったどす黒い目に変化した。
「この国はひどい国だよ。金持ちからより多くの税金を取る。馬鹿の考え方だ。金持ちに金を使わせずして一体どうやって経済を動かす? 私のほかにもあまりにも高い税金から逃れるために海外へ移住した、あるいは移住を計画している金持ちはいくらでもいる。私はただ当然のことをしているまでだ」
スピーチが終わった永山父は、前触れなく拳銃を懐から取り出した。
発砲。
そして撃たれたほうは倒れ伏し、空港の床を鮮血に染める。
立っていたのは、裕基であった。
永山父は直ちに救急搬送され、病院で死亡が確認された。
世間は裕基に対し猛烈なバッシングを浴びせた。当然といえば当然、裕基が撃ち放った銃弾はまっすぐに、永山父の大動脈を貫いていたからである。
元々、水沼祐樹を上層部に認めさせた要素の一番が、射撃能力だった。
引き金は最低限しか引かない、尚且つ急所を狙わず相手を無力化する。それが裕基のやり方だった。彼の銃弾が人の命を奪ったことなど、一度もなかったのだ。
それが、相手が銃を持っていたとはいえ、裕基が人を撃ち殺した。この事実は上層部にも裕基を優遇することを難しくさせてしまった。
そして現代、日比谷公園の状況に戻る。
「あの時、俺が狙ったのは急所じゃない……『腕』だったんだ。だが、銃を今まさに抜かんとしている相手の腕を、自分が相手より遅く銃を抜いている状態で、うまく命中させられると思うか……?」
裕基はあの時を思い出し、やりきれない思いであふれていた。
それに対し、東はこう語った。
「世間はよく勘違いしてるっすけど、腕とか脚っていうのは的としてはすっごくちっちゃくて、いくら訓練した警官だろうと正確に打つのは難しいっすよね。普通に撃てるみっちゃんが普通じゃないんすよ」
東は苦笑いした。
そして、この事件に踏み込んだ根本的に原因に踏み込む。
「それより……ちょうどいいや。みっちゃんここ数日遅くまで外出してるっしょ?」
「そうだが……なぜそれを知っているんだ!?」
裕基は大きく目を見開いて驚いた。やはり、裕基は東の尾行に全く気付いていなかったようだ。
「ハァ……僕の尾行に気づかないまでに悩みこんでたんすか?
「何、茉莉が? そうか……そこまであいつに心配かけていたのか……」
「……僕は家族もいないし、偉そうな立場はできないっすけど、僕だったら今の立場を捨ててでも家族との時間を増やすっすよ」
「今の立場を……捨てることは……」
「じゃあずっと警視でいいじゃないっすか。昇進も多分これで白紙っしょ!」
「だが、茉莉はそれで……」
あまりにも煮え切らない態度をとる裕基に、東もついに
「みっちゃんねぇ!!」
と、声を荒げた。
「今までずっと上手くいってたじゃないっすか!! 茉莉さんより年収が低いからなんだっちゅうんすか!!? 茉莉さんはそんなことどうでもいいからみっちゃんと結婚したんじゃないんすか!!!?」
皆が寝静まった夜の日比谷公園に東の叫びが響き渡る。それ以外には、微かに車の走る音が聞こえたのみであった。
また、雨がポツリ、ポツリと降り出した。
第二十五話 貴方が愛してくれるなら に続く
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