第二十一話 水沼、不貞疑惑アリ?
『次のニュースです。関東で平年より二日早い梅雨入りを迎えてから早三日。気象庁によりますと、現在東京二十三区では一時間に20㎜以上の大雨となっており、今後一週間以上は雨が降り続ける見通しです……』
ラジオが静かに流れる
「梅雨になってからお客さん減りましたね」
探偵助手・
「そりゃまあ、この雨っすからねぇ……」
コーヒーを啜りながらぼやく東
「でもまだ数日っすから、客は寝て待てっていうっしょ?」
東、打
「それを言うなら『果報は寝て待て』ですよ、東さん。あ、それロンです」
「あ、果報だっけ? って、え!?」
四四五五六六③④⑤⑥⑦22 立直 ロン⑧ ドラ表示1
「
「うひゃぁ……またやられた」
二人が行っていたゲームは「十七歩」。
東が退屈しのぎのために断腸の思いで購入した麻雀セット、そして麻雀牌を利用したゲームである。詳しくは福本信行先生著「賭博堕天録カイジ」を読み給へ(これはコマーシャルではない)。
麻雀のルールも知らない香菜であったが、東に教えられるとともにすっかりハマってしまった。
「フフン♪ これで東さん飛んじゃいましたね!」
「クソ!! もう一回! もう一回っす!!」
東がヤケになっているとき、東のスマホに着信が入った。
「あれ、この番号……」
訝しげな顔をしながら応答する東。
「はいもしもし」
『東さん、こんにちは。
「あー茉莉さん! お久っすね。どうしたんすか?」
「はい……はい……え? なんすか? それホントっすか?」
東は何か驚いたような表情をしていた。
「はぁ……確かにそう思うのも無理はないっすけど」
『私だって裕基さんを疑いたくはありませんが、最近の裕基さんの態度はあからさまにおかしいんですよ』
「まあ、そこまで言うんだったら、直接会って依頼の手続きするっすか? ……はい……わかったっす、失礼するっす」
スマホをテーブルに置き、頭を抱えてため息をつく東。
「どうしたんですか?」
麻雀セットを片付けながら聞く香菜。
「なんか……その、アレみたいなんで」
「何ですか東さん、なんでそんなに歯切れ悪いんですか?」
「みっちゃんが……その……」
「東さん? ちゃんと聞こえるようにはっきりしゃべってください!」
東の声をしっかり聴こうと、東の隣に座る。
東は苦しそうな表情をするも、やっとの思いで言葉をひねり出した。
「みっちゃんが……浮気してるかもしれないって」
「えぇ!? 水沼さんが浮気!!?」
香菜は驚きのあまり飛び上がっていた。
「シー! 近所迷惑っすよ!」
あまりに声が大きいので東のほうが冷静になっていた。
「信じられない……あの水沼さんが浮気しちゃってるなんて」
「あくまでかもしれないっすからね? 『疑わしきは罰せず』っすよ?」
「そうですけど……それでこれからどうするんですか?」
「明日午後三時、みっちゃんが家にいないときに向かうっす」
「私もご一緒しましょうか?」
「そうっすね……よし、香菜さんにも来てもらうっす」
こうして、明日の予定は決まった。
しかし、今日は暇であることに変わりはない。
というわけで……
「あっ香菜さん! 麻雀セット片付けちゃったんすか!?」
東は先ほどまでおかれていた麻雀セットがなくなったことに今更気づいた。
「はい。もういい加減飽きちゃいました。何度やっても私が勝ちますし」
「それは今日に限った話っしょ!? 昨日は僕が勝ってたし、もう一回! 十七歩なんて永遠にやってれば勝率も半々に……」
これ以上の言い争いは大変見苦しく、読者の諸君にも悪影響であろうから割愛する。
翌日、午後三時。
「こんちゃーっす」
「おじゃましまーす」
東と香菜は北東部にある水沼宅にやってきた。
「あらお二人ともおそろいで、ようこそいらっしゃいました!」
「あれ、
長男・義人が東の膝にしがみついてこないので聞いてみた。
「まだ学校ですよ。それに子供のいるところでは話しにくい内容ですし……」
と、茉莉は顔に影を落とした。
「初めに怪しいと感じたのは、つい一週間ほど前のことでして」
と、茉莉が話し始めた。
「帰りが遅くなったんですよ。普段は遅くても十時には帰ってきてくれたのに、一週間前から急に日付が変わるまで帰ってこなくなったり……」
「フム、一週間前……」
東は一週間前と聞いて、とある心当たりがあった。
「一週間前って言ったら、ねぇ……」
と、香菜のほうに同意を求める。
「はい、あの事件ですよね?」
一週間前といえば、二人にとっても胸糞悪いあの事件が起こっている(File.4参照)。
「あの……何かあったんですか?」
顔を見合わせる東と香菜に茉莉が問いかける。
「まあ、こっちも色々とあってっすね……でもまあ一週間前は大丈夫っしょ! アリバイもあるし」
「そうですよね! 私たち二人が証人ですから」
と、二人は水沼の潔白を信じていた。
「そうなんですか……でも、その一週間前の日だけじゃないんです」
「「ヘッ?」」
予想外の発言に二人は変な声が出た。
「ここ一週間ずっとですよ! 私が問い詰めてもはぐらかすし、浮気かどうかはわからないけど何か隠しているのは確かです!」
「え~……東さん、水沼さんから何か聞いてますか?」
「いや、僕は何も……」
「……帰りが遅くなったのを心配して電話しても出ませんし、帰ってきてから問い詰めてもはぐらかされるだけで……」
果たして水沼祐樹は不貞を働いているのか、それを確かめるべく東は細かな質問に入る。
「みっちゃんは酒でも飲んでたんすか?」
「はい……飲んで帰る時もありますし、そうじゃないときも……」
「女性と会っていた、と認識できる発言かなにかはあるっすか?」
「それは微妙なところですね……何を訊いても『僕は大丈夫だ』しか言わないんですから」
「なんすか、それ……」
今度は香菜が口を開いた。
「さすが水沼さん、酔っても口は堅いってことですか……朝帰りはあったんですか?」
「いえ、昨日午前三時に帰ってきたのが一番遅くて、それ以上は……」
「なるほど……東さん、もしかして水沼さんは浮気してるんじゃなくて……」
「まあ、なんか悩んでいるってことは確かっすね」
「あの、裕基さんは浮気してないんですか!?」
「う~ん……」
東はかなり悩んでいた様子だったが、決断した。
「よし! 僕自らみっちゃんと飲んでくるっす!」
「え、東さんお酒飲めるんですか?」
香菜は一度も東の飲酒場面を見ていない。水沼宅に御呼ばれしたときも、彼だけは烏龍茶を飲んでいた。
「そりゃ飲めるっすよ。何なら頑張って酔わないように訓練したっすからね! お酒を飲まないのは単純に好きじゃないからっすよ」
「そうですか……裕基さんも東さんと二人なら本音で話しやすいはずですもんね……!!」
「それじゃ、僕が今度会いに行くってことで。それで報酬なんすけど……」
「ええ……茉莉さんからお金とるんですか?」
と、香菜は顔をしかめる。
「そりゃそうっすよ、これも仕事っすから」
「でも、茉莉さん個人がそんなにお金持って……」
と、香菜が言いかけたとき
「お金なら準備してあります」
と、茉莉が通帳を差し出した。東がそれを取って中を確認すると、
「え!? 三億!?」
思わず驚きの声を漏らした。
「私が独身時代に貯めたお金です。こう見えても世界的ピアニストなので」
水沼茉莉は職業ピアニストである。現在も定期的にリサイタルを開催しており、総合的な稼ぎでいえば夫よりも高いだろう。流石は黄金区民と言ったところである。
「ま、まあこれだけあったら大丈夫……ですね」
香菜もその金額に驚いていた。
「じゃあ、前金500万、達成量1000万ってところでいいっすか?」
「はい、もちろんです。あの……」
「ん? なんすか?」
「裕基さんの潔白……どうか証明してください」
「……はい! もちろんっす!!」
東は直ちに警察署の近くに張り付き始めた。
雨はとめどなく降り続けた。黄金色の太陽が地平線を通り過ぎ、更待月が東の向こうから顔を出す様子すら、雨雲に防がれて見えなかった。
水沼はまだ出てこなかった。東は待ち続けた。
そして、午後十時も過ぎたころ、ついに水沼が警察署を出てきた。
「来た……!」
東が動く。
水沼はバスで通勤している。しかし東が目撃したのはバス停とは反対側へ行く水沼の姿だった。
異変を感じた東はすぐさま尾行に取り掛かる。
水沼は歩き続けた。
歩き続けること三十分以上、雨の降る中を、まるで見えない力に引き寄せられているように歩いていた。
東は一定の距離を保ったまま水沼を追い続けた。
(どこ行くんだろ……もう中央部も過ぎそうだし……)
水沼は北西部と中央部の境に位置する警察署から、まっすぐに南に向かっていた。
その時、東は水沼がどこへ行くのか察した。
(そうか! 南西部だ! あそこは工場街だけど、区内の労働者たちが集まる場所だから居酒屋や風俗店なんかが多い!! みっちゃんはどっちを目当てに……?)
果たして水沼はどこを目的地としているのか。
時刻は二十二時四十五分、雨は次第に勢いを強めていた。
第二十二話 葛藤 に続く
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