第69話:串職人・
「やっぱりキャンプのだいご味はさ……バーベキューだよね!」
不木崎は良い焼き加減になった串を私に手渡してくる。肉と野菜が交互に刺されていて、肉汁が滴ってとても美味しそうだ。
なぜか女勢が一切焼きに参加させてもらえず、不木崎が串焼きの職人みたいなことになっている。鉢巻までして……。
「あ、ありがとう」
恐る恐る受け取り肉を頬張る。
ジュワっと肉汁が口の中ではじけて、一緒に食べたたまねぎが程よい甘みを演出してくれる。焼き加減も完璧で、あまりの美味しさに頬を抑えた。
「おいし~!」
「まっ、当然!」
そう言いながら不木崎は鼻頭をかいて、新たな串を投入している。
キャンプをしたことがない、と言っていた割にものすごい手際である。
椿も感心した様子で串2本を頬張っていた。
その後ろで、火の扱いをしている不木崎をおっかなびっくりの様子で霞さんが見ている。
……思った以上に過保護だよね、霞さん。
「た、拓斗?料理はお母さんに任せてくれれば……」
「いいから食べな」
慌てる霞さんに不木崎は串を差し出す。
霞さんには一瞥もくれず、ただ串と対話をしていた。なんだこの職人…。
目の前にきた串を霞さんはとっさに受け取り、不木崎と串を何度か見てから口に運ぶ。
「~~っ!!!!」
声も出ないのか、幸せそうな表情で身をよじらせていた。
「で、感想は?」
「あ、えっと……とっても美味しいです」
「だろ?もっと食べな」
ニヒルに笑みを浮かべて、汗を拭いながら焼きの作業に戻る不木崎。
そんな不木崎を霞さんはぽーっと顔を赤くさせて見つめていた。
あー。この間、霞さんが言っていたのはこの顔なのか。
恋する女の子の表情。確かにこんな顔で不木崎を見ているのがバレたら一発で好きだというのがわかる。これで恋をしていないと言ったら人間不信になるレベルだ。
「霞さん、顔、バレますよ?」
霞さんに耳打ちをする。
「ひゃい!」
ビクッと体を震わせて私の方を見てくる。その表情は、それ以上のことは言わないでね、と語っている。だから……そんないじめたくなる顔をしないで欲しい。
椿は串を2本とも食べ終えたのか、物足りなさそうにお腹をさする。
あいつ何で私より食べるくせに私より細いんだろうか…。
「ふっきー!椿ちゃんウインナー食べたい!」
「はいよ!」
そう言って不木崎はウインナーを焼き始める。
流石に私も男の子にご飯を作ってもらう、ということに気が引けていたのだが、この妹はそんな気遣いを全くしない。
しかし、嬉しそうに注文に応じる不木崎の姿を見ると、それが正解なのだろうとも思う。
だが、私たちのご飯ばかり作って肝心の不木崎が食べられていない気がする。
気を遣われるのは嬉しいけど、こっちだって心配くらいさせて欲しい。
「ふっきーは食べないの?」
「いや、さっきからちょくちょく食べてるよ。心配してくれてありがとな」
「……心配してねーし」
「今選択肢間違えました?」
「私もウインナー!」
「へいへい」
仕方なしそうにウインナーを焼く不木崎を少し睨む。今のは不木崎は全く悪くない。悪いのは私だ。意地悪ばかりされているせいか、優しい言葉がいつもの何十倍にもなって私の心に積もっていく。
今日は特に椿にばかり構っていて、私には意地悪ばかりしてくるから…なおのこと。
これを計算でやっているのなら、絶対に責任を取らせる。もう引き返せる地点はとうの昔に過ぎているのだから。
しばらく、焼きに専念していた不木崎だが、皆がお腹いっぱいになったとわかったのか、鉢巻をとって私たちのところへ歩いてくる。
手にはお盆があり、4つコーヒーカップが湯気を立てていた。
小皿には炭火で焼いたマシュマロまである徹底ぶりだ。
この男……本当に男なのか疑う場面がいくつもあるが、こういう気づかいに関して言えば女でもなかなかいない。女子力の塊のような男である。
「はい、母さんは砂糖多めにしといたよ」
「あ、ありがとうなんだけど、ここでは……」
霞さんがそう言いながら私たちをチラチラとみる。
甘いコーヒーを飲むのが恥ずかしいと思っているらしい。見た目相応の子ども舌にむしろほっこりするんだけど。
霞さんがそんな顔をするもんだから、不木崎は案の定オモチャを見つけた子どものような表情で口の端を広げる。
「えー?この間淹れたときにもっと入れてくれないとヤダー!って駄々こねてたじゃん」
「た、拓斗!?何で今言うの!?」
「うわー、霞さん羨ましいー。私も駄々こねたーい!」
「椿ちゃんはいっつも駄々こねているよね?」
駄々っ子を日常的に…?なんと羨ましいプレイをしてるんだろうか…。見損なったぞ霞さん……!
私が霞さんを見つめると、目が合い真っ赤な顔をさせて俯く。うん、可愛い。
「私家では駄々こねてないもんね~!」
「いや、この間つーんとか言ってずっと私の腕にまとわりついてきたじゃん」
「……家では椿ちゃんのほうがお姉さんなんだからねふっきー!」
「今のでどう信用しろと?」
不木崎が呆れた様子で椿を見る。
椿は劣勢になったのか、逃れるようにコーヒーを煽る。
あー、ブラックコーヒー苦手なのに…。
案の定、苦いのか舌を出してしかめっ面になっている。
そんな椿を見て、不木崎は椿からマグカップを取る。
「これちょっと飲むぞ」
「え?ちょ……」
椿の言葉を無視して、そのまま不木崎は椿のコーヒーを少し飲む。
「「か、間接……」」
私と霞さんが同時に呟き目が合う。そのままお互いのマグカップを凝視した。
こいつ…本当に間接キスに関しては抵抗がない…!
お盆に乗ったミルクと砂糖を椿のコーヒーカップに入れて、混ぜてから椿に返した。すっかりコーヒーがカフェオレになる。
どうやら量を減らしてミルクを足したかったらしいが、やり方がドスケベすぎる。
そのまま不木崎は焼きマシュマロを椿の口に押し当てる。
マシュマロが口に入った拍子に不木崎の指が椿の唇に触れて、椿は目をまん丸に見開く。
仕上げに、と言わんばかりに頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「ほい、このくらいだったら美味しく飲めるから、無理すんな」
ぼけーっと不木崎の顔を見ていた椿は、完全にドロドロに蕩けた表情で、珍しく顔を赤くさせている。
なんだ、この1秒で恋に落とそうとするムーブは…。やはり私や霞さんだけでは飽き足らず、椿にまで毒牙にかけようとするこの男はわからせないといけない。まぁ、椿とは協定のようなものを結んでいるからダメではないのだが、私の目の前で見せつけるみたいにするのは許されない。
……ちょっと泣きそう。
しかしまぁ、案の定、椿は盛大にドキドキしていることだろう…。
私と霞さんの鋭い眼差しに気付いたのか、椿はハッとさせた顔をして不木崎を少し睨む。
「す、スケコマシ!」
対抗するように椿が言う。真っ赤な顔で言う椿は明らかに劣勢だった。そして、こんなにもキレのない罵倒をする椿もレアである。
不木崎はそれを鼻で笑う。
「コーヒー飲めるようになってから言うんだな、お嬢ちゃん」
「むむむむむっ!……ズズぅ…うまぁ!」
悔しそうにコーヒーを飲みながら、美味しかったのか目を輝かせている。そんなんだからお子様と言われるのだ……と思ったがしっかり不木崎が飲んだところから飲んでいるから油断ならない。
私も居住まいを正して、コーヒーを一口飲み、不木崎を見る。
すると、不木崎もこちらを見ていた。その瞳は次に私が何をするか完全に予測しています、と言わんばかりに呆れた色を浮かべている。
「春はブラックでも飲めるって知ってるからな」
「まだ何も言ってない!いじわる!」
何だかやっぱり今日は椿にばかり優しい気がする!
挿絵 第69話:串職人 たくさん食べる子
https://kakuyomu.jp/users/hirame_kin/news/16817330663229593151
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