第45話:不木崎霞は遊びたい・


「それじゃ、今日はありがとな。今度は春の誕生日会もやろう」

「はいはい!私の誕生日は7月7日です!彦星様募集中でーす!」

「ちょっと椿!……さ、最後バタバタしちゃってごめんね。誕生日は……楽しみにしてる……」


 玄関前で美少女二人にお見送りされる。

 本当に仲の良い姉妹で微笑ましい。


 あの後、頭痛が続いて体がだるさを感じていたので、少し休ませてもらった。

 おかげで体調的にもかなり回復できたと思う。


 ……にしても、なんで城は着替えてるんだ?

 いつの間にか、あのムチムチホットパンツではなく、普通の半ズボンに変わっていた。最後まで堪能したかったのだが…。


 かく言う俺も着替えている。

 何せ今からランニングだ。全力でお腹を空かせなければならない。あれだけ張り切った母さんに対して、お腹いっぱいとか口が裂けても言えないだろうし、そういうそぶりを見せるだけで悲しい顔をするだろう。


 城家を出てスマホで時間を確認する。今は15時過ぎ。18時には帰り着くから、今から2時間強、カロリーを消費するぞ……!


 ……正直さっきの城とのやり取りで大分カロリー消費されたんだけど。



―――――――――――――――――――――――――――



「た、ただいま……」


 肩で息をしながら、家路に着く。

 結論から言うと、成功した。脚は生まれたての小鹿のようにガクガクしているが、腹は無事ペコペコだ。


「おかえり。拓人」


 母さんはお玉を片手にエプロン姿で出迎えてくれる。

 まだ、準備の途中らしい。


「ちょっとランニングしてきてさ。先にお風呂入ってくるね?」

「ちょうど沸かしてるから、ゆっくり入ってきて」


 母さんは嬉しそうに微笑んで首を傾ける。

 どうして俺はこの人と結婚できないのだろうか…?


 少し長風呂して、リビングに出ると、机の上には城家に負けないくらい料理が並んでいた。2人しかいないため量は少ないが、種類が多い。俺が好き、と言ったシチューや、自家製のパンなど、匂いだけでお腹が空いてくるラインナップだ。


「御馳走だね」

「お、お腹いっぱいだったら、無理しなくていいからね…?」

「母さんの料理を堪能するために2時間以上ランニングしてこちとらお腹ペコペコなんだ……全力で楽しませてもらうよ!」

「ありがと…」


 スマホを取り出し、仕上げの料理をしている母さんを撮影する。

 チラチラとコチラを見ながら警戒している様も愛らしい。


「ま…また、撮った?」

「撮った」


 一瞬、母さんの口から『かわっ』という謎擬音が飛び出したが、首を振って我に返る。


「た、食べましょ」


 俺の誕生日第2ラウンドがスタートした。



「……そ、そういえば……なんだけど……」


 シチューをパンに浸していると、母さんが少し伏し目がちにこちらを見てくる。なんか恥ずかしそうだ。


「どうしたの?」

「その……急だったから、誕生日プレゼント……買えてないの」


 なんだ。そんなことか。もっと深刻な話かと思った。

 ただ、母さんにとっては深刻らしい。

 祝ってくれるだけでもありがたいんだけどなぁ。


「それで、拓人の誕生日プレゼントはちゃんと別で用意するんだけど、今日渡すプレゼントは拓人が欲しがってた『こと』をしようかと思って……」


 俺が欲しがってる『こと』?……え、結婚してくれるの?母さんだったらエッチなことしてこないだろうし、最高なんだが?

 なんかめちゃくちゃ恥ずかしがってるし、ひょっとしたら……ひょっとする……?




「あ、あくる日の便り」




 母さんは反応を見るように、チラチラ見てくる。


「つ、つづき……か、書こうかなって…」

「マジで!?」

「ひゃっ!」


 俺は机に手を当てて立ち上がる。

 あれだけ頑なに嫌がってた小説の続きを書いてくれるらしい。最近、態度が軟化してくれたし、ちょっとは心を開いてくれたみたいだ。

 これで、俺の引きこもり期間に何があったか聞けるぞ!……まぁ、院長先生はやめとけって言っていたが。でも今日の城見た?ヤバない?あの子成長止まんないんだけど。おっぱいだけじゃなくて、総合力がどんどん上がって俺が我慢できなくなりそうだし…。


 まあ、それ抜きにしても普通にファンとして楽しみでもある。


 だが、母さんの様子がおかしい。

 こちらを伺うような目でチラチラ見てくる。まるで何かを求めてるようだ。

 最近、母さんも自分の我儘を言ってくれるようになってきたから、きっと俺に何かして欲しいことがあるんだと思うんだけど……。


 何で、そんな恥ずかしそうにして―――、


「ああ、そういうことか」


 俺は表情をニヤりと変えて、席に着く。

 対する母さんは察したのか、顔を赤くしている。


 唇をまごまご動かして、明後日の方向を見ている。

 俺の顔を一切見ない。今から何を言われるかわかっているみたいだった。


 ……恥ずかしいのを一生懸命我慢しておねだりしたんだねぇ。


「物欲しそうな顔でしてるのって……多分なんだけどさ」

「あ……そ、その……」

「『俺と楽しい思い出いっぱい作りたい』ってことだからかな?」

「あ……あ……」


 図星らしい。耳から煙が出ている。

 なんとまあ、本当に可愛い人だ。やっぱり今からでも結婚できないだろうか。

 今日の件で抑えていた息子愛が爆発してしまったらしい。知らない女の子に誕生日のお祝いを奪われてしまって、激しい焦りが生まれたのだろう。まあ、ちょいちょい駄々っ子になって小爆発はしてたみたいだけど。


「いいじゃん。思い出づくり。……夏休み来月だし、どっか行こっか」

「い、行く!」


 ブンブンと必死な顔を縦に振る30歳児。


 多分、お出かけも母さんがしたいことのほんの一部なんだろう。

 お祝いしたいのもお出かけしたいのも全部拓人くんの為に我慢させてきた。

 精一杯愛情を向けて育ててきた息子が離れていくのは耐えがたいことだったろう。…それこそ精神を病んでしまうほどに。


 だから、俺が拓人くんの代わりに母さんを全力で甘やかそう。……ちょっと意地悪もしたくなるほど可愛いらしいけど。


「行きたい場所ある?」


 多分その頃には、助成金も入っていることだろうし、お金には余裕がある。というか家の財政状況ってどうなってるんだろう?


「……拓人は行きたいところない?」

「えー、母さんの行きたいところがいい。俺来月には精役の助成金も入ってるし、初の助成金は母さんに使いたい。だからどこでも好きな場所言って?」

「…………」


 黙ってしまった。真っ赤な顔でシチューと睨めっこを始めている。

 やがて、決心が着いたのか、母さんは俺の方を見た。


「きゃ、きゃんぷ」

「キャンプ?夏だしいいね!」

「おばあちゃん家の近くにキャンプ場があるから…」

「へぇ!いいじゃん。行こうよ!」

「……お、お母さんとテント一緒でも嫌じゃない?」

「え?まったく」

「そ、そう……」


 まさか一緒に寝たいからキャンプに……?寝袋越しだったら抱き枕くらいいけるか……?今回の旅は母さんを全力で甘やかすのが目的だから、俺も全力で臨む所存だ。

 にしてもキャンプだったら、10万もあれば豪遊できそうだ。

 色々道具も買い揃えたいし……シーズンの恒例イベントにしても良さそうだな。


「そうと決まれば道具揃えないとね!家にキャンプ道具ってある?」

「ううん、ない。キャンプしたことないし……」

「人生で一度も?」

「うん……」

「しょうがないな……俺がキャンプのだいご味ってやつを叩きこんであげるよ」

「えっと、拓人もしたことないんだよ?」


 俺は席を立ち、母さんの隣まで行く。

 何だろうか、とコチラを見ている母さんの小さな肩を掴み、こちら側へ引き寄せた。

 瞬間、軽い頭痛が襲ってくるが、城の時ほどのものではなく、全然我慢できる範疇だ。意外とあの荒療治が効いているのかもしれない。…二度目は我慢できる自信がないが。


「た、拓人!」


 悲鳴のような声を上げて、母さんがもぞもぞする。


「写真撮ろ!写真!第4巻執筆開始記念と初キャンプ決定記念に!」


 そういえば、母さんの写真ばかり撮っていたが、母さんとの2ショットは撮っていなかった。思い出作りの第一弾としてはこのくらいがいいだろう。

 ちょっと画角に入ってこないため、母さんをもっと引き寄せる。

 恥ずかしいのか、少し抵抗して距離を取ろうとしている。しかしこういう時の母さんは、多少強引に行った方が喜ぶのだとここ2か月で理解した。


 より強く力を込めると観念したのか、されるがままにこちらに身を委ねてくれる。


「ふ、ふあぁ……」

「はいじゃ、行くよー」


 インカメラで写真を撮る。

 母さんの肩を開放して、写真の出来栄えを確認する。

 ふむ、不木崎くんはカメラ目線だとやはりとんでもないイケメンなんだが……


「母さん、見すぎ」


 以前、似たようなことがあった気がするが、俺の顔を真っ赤な顔で見つめる母さんの姿が映っていた。


「ちっちちちちがうの!」


 コンロかな?というくらい盛大に嚙んでいる母さんにラインで写真を送る。


「ん~?何が違うのかな?」

「い、今!からかってる顔してる!」

「え~?してないけど~?ほら、こんなに俺の顔見てるじゃん」

「ひゃあ……!」


 母さんは俺がスマホを向けると、顔を両手で覆い、見ないようにする。

 ただ、案の定指の隙間から見ているのはバレバレである。


「さっきラインで送ったから!記念ごとにどんどん二人で撮って更新していこう!ほら、執筆の助けにもなるし!」

「あ、……う、うん……(もっと早く書くって言えばよかった…)」

「え?なんか言った?」

「ななななんでもない!」

「そう?」


 すぐに待ち受け画面にする。

 うむ、スマホを開くたびに癒されるな、これ。

 ちなみに城からもらった写真は開くたびに股間がイライラするので、待ち受け候補からは外れた。


 にしても、2人とも素晴らしいプレゼントだった。

 城も母さんも『モノ』ではなく『体験』をくれた。……なんかこの2人似てない?

 俺も2人は盛大に誕生日を祝ってしてあげよう。


 ……ふふふ、楽しみにしててな。二人とも。




挿絵-第四五話- 不木崎霞は遊びたい 本当は嬉しいくせに(カクヨムの近況ページへ飛びます)

https://kakuyomu.jp/users/hirame_kin/news/16817330662362852483

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