3 吉田村

 朝起きて仕事を探しに郵便局へ行くと、商人が買い付けたものを輸送する仕事が入っていた。

 自分のような根無し草にとっては、路銀を稼ぐことも大切だ。仕事がないときは戦闘人形の所に直行して訓練するが、仕事があったときにはできるだけ引き受けるようにしている。


 郵便局ではもちろん輸送人を雇っているのだけれど、輸送に船が使えない村の場合、それだけでは手が回らないこともある。城下への就職を「目指している」にすぎない武芸者にとって、郵便局からまわしてもらえる仕事はありがたい稼ぎの手段だ。


 今回は、吉田村に、炉地村の工房で作られた収納棚を運んでいく仕事。工房で荷物を受け取ってくれという話だったので、郵便局から工房に向かった。


 工房では鈴李が荷車とともに待っていた。


 傷防止のためのワラにつつまれているのでわかりにくいが、ひざ丈ぐらいまでの横に広い収納棚が重ねて4つ、荷車に縛りつけられていた。


「この仕事があるんなら、木刀、わざわざ注文する必要なかったわ……」

「あはは。手数料分、損したね。じゃ、なるべく優しくよろしくー」

「わかった」


 鈴李に見送られて荷車を引き始める。

 村の表通りの一本道は平べったく固められているので、すいすい歩ける。

 村の門柱の所にいつも通り座っている戦闘人形に、


「おはよう」


 と声をかけると、彼女は顔を上げて久瀬を見たあと、頷いて、また地面に視線を戻した。無視されたとは思わなかった。いつ声をかけても反応してくれるようになっただけで進歩だ。

 運ぶのが大変になるのはやはり、村を出てからだ。


 道は補修しなければ雨風にさらされどんどん傷んでいくが、そこに人手が追いつかないことも多い。郵便局の場合は、手が足りなくなっても、金が関わっているから人も寄ってくる。逆に道は補修しても金にならない。もちろん輸送のやり取りが早くなればそのぶん、経済は活性化するのだが、そんな先のことを見越して行動する人間はなかなかいない。領主から派遣された役人やお目付け役人たちも、村が豊かになればなにか報酬があるわけでもないから、後回しにしがちになる。


 車輪をがたがた揺らしながら、吉田村への道をひたすら荷車を引いて歩く。


 山の中なので、当然、坂もある。上りのときはそのまま気合で引ききり、下りの時は荷車を支えながら後ろ向きにゆっくりとくだる。


 途中でなかなかの急坂きゅうはんがあり、物の輸送ではそこが一番つらい。


「おおおおおお!」


 久瀬は声を出しながら顔を赤くして荷車を引いた。わらじで一歩一歩、強く地面をつかみながら、坂を駆け上っていく。体が後ろに引っ張られて行きそうになるのを、鍛えた足腰でこらえきる。


 てっぺんまでついたところで、久瀬は一息ついた。荷車の取っ手をつかんだまま、その場にしゃがみこんで息を整える。


 立ち上がり、坂の終りまで普通に歩き、下りに差し掛かったところで今度は進行方向に背を向ける。上る時とは逆に、荷物の押してくる力をこらえながら、後ろ歩きをする。ゆっくりとした後ろ歩きは疲れるし面倒だが、焦りは禁物。慎重にいくのが結局は面倒ごとにならない。

 このルートの難所はここだけ。それから吉田村までは特に気を遣う場所はなかった。




 吉田村はこのあたりでは最大規模の村だ。西の黒江村経由で、城下と直に河でつながり、東の炉地村や北の土山村から木材や鉄や農作物を得ている。人口も、天津原区でもかなり多いほうではないだろうか。


 ただ、人の数が多いぶん、悪意とぶつかる確率も、他の村より大きくなる。

 久瀬も仕事で何度か訪れたことがあるが、あまり好きではない村だ。

 村につくと、門番たちが久瀬のことをちらりと見てきた。


「こんちはー」


 久瀬が挨拶しても、門番たちは言葉を返さない。

 嫌な理由のひとつがさっそく来た。

 戦闘人形と同じ無視なのに、こちらには冷たさを感じるのはなぜだろう。自分の意識の問題か。


「郵便局ってここをまっすぐで合ってる?」


 めげずに聞くと、


「わかっているなら聞くな」


 とつれない返事がきた。


「もう少し会話ってもんをよー」


 小さな声で愚痴ると、


「何か言ったか?」


 と、腰に差している刀に手をかけた。


「いえ、何も」


 ――すぐ刀をちらつかせやがって。

 しかし自分が目指しているのはこのような男たちであふれかえっている世界だ。これからはもっと、うまくあしらえるようにならなければいけない。


 村の中心部に行くのはさらに気が重くなる。なるべく荷車を避けやすいように道の真ん中を歩いているのだが、すれ違う人すれ違う人が、お前の存在自体が邪魔だと言わんばかりの目で見てくる。中には視線だけでなく、「浮浪者が表通りを歩くんじゃねーよ」と悪態をついていく奴までいる。

 ――お前らの生活用品を運んでやってんだぞ。

 呼吸をあえてゆっくりにしてこらえる。


 動きやすいし、荷物を置いてくるだけだから、と考えたのが甘かった。やはり武道服以外を着てくるべきだった。ここの連中は何の後ろだてもない流れものを馬鹿にすることが娯楽の一種となっている。


 遠い昔に何か原因があったのかもしれないが、今では、嫌いだと言うよりも、うさばらししてもいい相手になってしまっている。武芸者が少しでもやり返そうと木刀を手にしたら、村中にいる警備人たちが刀をふるう大義名分となる。武芸者は荒くれものも多いが、木刀1本で、真剣をもった数十人に立ち向かい、わざわざ死にたがるようなやつはいない。この村に来るときには、武道服は着るな、が合言葉だ。


 郵便局の倉庫の入り口には守衛2人が立っていて、事務員1人がそのそばに置かれた野ざらしの木の椅子に座っていた。彼の前にある机の上には各種書類や筆とすずりが置かれている。


「炉地村の工房から、収納棚4つお届けに上がりました!」


 久瀬が近づきながら言うと、事務員は右手で筆をとりながら左手で帳簿をめくり、その中の1行に線を引いた。


「1-4」


 と愛想なく言いながら、受け取り確認の印が入った紙切れを、久瀬の方に置いた。1-4区画に荷物を置いて行け、ということだろう。


「わかりました」


 受け取り確認証明になる粗末な紙切れを手に取り折りたたんで、腰の巾着きんちゃく袋にしまう。荷車を動かしながら薄暗い倉庫の中へ入り、ワラ包装をといていく。収納棚を抱え上げ、ひとつずつ置いていった。




 配達が終わったら茶屋でおにぎりでも買って少し休んで、荷車を引きずりながらのんびり帰ろう。


 そんな風に思っていた久瀬だったが、もういまはそんな気分ではなくなっていた。

 炉地村の居心地の良さに、少し、毒されてしまったかもしれない。


 忘れてはいけない。勘違いしてはいけない。根本的に、世間は「こう」だ。自分は両親から見捨てられ兄弟も頼るものもいない、天涯孤独の人間。体を壊して金が稼げなくなったら、そこですべてが終わる。いくら炉地村に拠点を置こうがそれは変わらない。


 久瀬は荷台の空になった荷車を引きながら、炉地村に帰りかけた足を止めた。そのまま体を、判定人のいる警備人詰め所に向ける。


 警備人詰め所はいくつかあり、ひとつひとつの建物は、上等な馬小屋のような粗末なものだ。雨風はしのげるが小屋の域を出ない。


 久瀬が立ち寄った小屋は表通りから一本外れた裏通りにあった。誰もいない路地に荷車を一旦置き、小屋をのぞく。


「判定人の資格のあるかたがいたら、木刀5番勝負、お願いします」


 そこで身を寄せ合って花札をやっていた警備人たちに声をかけると、奥からひとりの女が立ち上がった。


「わかった。誰か審判やってくれ」


 髪に白いものが混ざり始めた初老の女は壁に立てかけてあった木刀を手に取ると、小屋を出てきた。若くはないが、体格は筋肉でみっちりとしていて、久瀬より頭一つ分は高い。


 初老の女の後ろから、胴を守る防具を2つ手に持ち出てきた若い男が、片方を久瀬に投げてくる。それを受け取り、体に縛り付ける。


「武芸硬貨をかけた5番勝負。わたしが負ければ武芸硬貨を与える。お前が負けたら100ゴールドをもらう。いいな」


「お願いします」


 荷車を背にした久瀬が木刀を抜いて中段で構える。


 女が上段に構えたと同時に、


「はじめ!」


 久瀬はかけ声と同時に一足飛びに胴に飛び込み木刀を突き出した。両手でなく片手を目いっぱい伸ばしてとらえる。やや遅れてやってきた振り下ろしも、突いたあと地面にわざと倒れ込んで転がり、寸前でかわす。


「挑戦者、1」


 審判の男がつぶやく。

 女が再び上段に構える。1本目の取られ方を警戒して、今度はやや構えの位置が低くなった。

 今度は久瀬も上段に構えた。


「はじめ!」


 構えが低くなったぶん、振り下ろしは早い。早いが、威力が落ちている。久瀬は振り下ろされた一撃を左に払った。払った勢いをそのままに体を回し、胴を薙ぐ。


「挑戦者、2」


 女がひとつ深呼吸をした。

 女は変わらず上段に構える。久瀬も上段に構える。


「はじめ!」


 久瀬は、足の動きを激しくして、前後左右に落ち着きなく動いている。

 相手は間合いがつかめず、なかなか振り下ろせない。

 戦闘人形の動きを頭に思い描きながら、相手が焦れるのを待った。


 先に動いたのは女だった。

 全霊の振り下ろし。まともにくらえば骨折で済まなかったかもしれない。顔の間近を、風がよぎり、空を裂く音がほとばしった。けれど師である戦闘人形の動きを見てきた久瀬は、足の動きでよけた。


 直後、右足を一歩前に出して、振り下ろしの隙を詰めるふりをした。すぐに下がる。囮の右足が、相手の、手首をかえしての切り上げを誘う。久瀬がいた場所をまたも木刀の切っ先がかすめる。


 切り上げをもすかされた女は、胴ががら空きになった。落ち着いて胴をはらう。


「挑戦者、勝利」


 審判の声を聞いた久瀬は、木刀をベルトに戻し、防具を外していく。


「いやあ。小僧にはまだまだ負けんと思ったが、強いな」


 女が悔しそうに顔をしかめ、白髪交じりの髪をわしわしとかいた。


「我流のうえに速い。何をしてくるか全くわからん」

「ありがとう」


 誉め言葉と受け取り、礼を言う。


「登録番号と名前は」

「2429番。三崎村の久瀬」


 女は腰につけた巾着袋から武芸硬貨を取り出し、こちらに爪ではじいてきた。

 球体に見えるほどきれいに回転している武芸硬貨を、空中でつかみ取る。


「登録しておく。もし受かったら吉田村の詰め所を希望しろ。悪いようにはしない」


 久瀬は頷き、防具を審判の男に返して背を向けた。荷車に戻って、取っ手を引いて歩きだす。


 20枚目の武芸通貨を集め終えたが、あまり達成感はなかった。


 まだ始まってもいないからだ。


 全員が腐っているわけではない。中にはさっぱりした性格の人間もいる。きっと少しずつでも、変えていける。頑張っていこう。











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