雲外蒼天~嫁入り先は神の国!?ウソでしょ?~

桔梗 浬

選ばれし者

第1話 プロローグ

 この物語は…。


 最強で最高の神になることを期待された一人の神(見習い中)と、そこに嫁ぐことが定められた人間の娘の成長物語である。


 ………?


 ……うん? うん?



「ちょっと待ったーーーっ!」


 先ほどまで大人しく話を聞いていた男が、今にも暴れだしそうな勢いで抗議する。


「俺は既に最強の神だし、嫁をもらうなんて聞いてない!」

獅童しどうさま。今更何をおっしゃっているのです? 貴方さまは次期酒神バッカスさまとしてこの国をまとめ、昔のようにこの国を素晴らしい国に復興させるのがお役目。そのために人間の娘を嫁に迎え、最高の酒を生み出すことがお努めでございす!」


 獅童しどうと呼ばれたこの男、様々な酒の神として君臨している天満てんま(推定年齢2000歳)の息子であり、将来は天満てんまの後を継いで全世界の酒の神となることを期待されている人物なのである。


 が…実際のところ酒造りに興味もなく、ましてや人間に対してこれっぽっちも興味を持っていない、ダメダメ神(見習い)なのである。今も不貞腐れて頬づえをついているのが何よりの証拠。


雷狐らいこ、作り話はその辺で止めておけ。そんな話、俺は聞いてない」

「またそんなお戯れを。先日お辞めになられた蘭丸さまが、お教えしておりましたよ。どうせ寝ていらっしゃったのでありましょう?」

「むむ…」


 蘭丸とは、先日まで獅童しどうの家庭教師を行っていた綺麗な顔立ちの神の民である。しかし、獅童しどうのヤンチャぶりに嫌気をさし田舎に戻ったと聞いていた。明日は我が身。獅童しどうの側近は常に不安と緊張の背中合わせの中にいるのだ。


「それでは、私めがもう一度・・・・ご説明させていただきましょう」


 獅童しどう雷狐らいこのそばに胡座をかいて座り込み、真剣に話を聞く姿勢を見せる。

 長い尻尾を自分の腰に巻き付け、酒の壺を胡座をかいた足の中央に乗せる。壺の中身は今年人間から献上された日本酒が入っているようだ。


「よろしいですかな? ここ神の国では100年に一度、人間界から嫁をもらうのがならわし。そして二人が協力して最高の酒を作り、天満てんまさまに献上するのです」


 獅童しどうは一人盛り上がっている雷狐らいこを横目で見ながら悪態をつく。


「父上はただの酒飲みだ。もう酒の旨味もわからないだろう? 最高の酒など造る意味はないじゃないか。そもそも、人間が定期的に送ってくる酒で十分ではないか!? ということで嫁をもらう必要もない」

獅童しどうさま。何をふざけたことを言っているのです。もうすぐ全世界の酒が集められ、天満てんまさまのご決断が下されるのですぞ。次期酒神バッカスさまをお継ぎになられる方は、酒の良し悪しで決まるのです。お兄さま方に負けたくはないでございましょ?」


 獅童しどうは苦虫を潰したような顔をしている。何も言い返せないのだ。


「そうでしょうとも。そうでしょうとも! さぁ次の満月の時、人間界から姫となられる方が来られるのです。しっかり準備いたしましょう。あ…」

「なんじゃ?」


 雷狐らいこは湖面をじっと見ている。獅童しどうは何が見えるのかと思い、身を乗り出してみた。

 そこには人の子と思われる少女たちが、ゆらゆらと映り込んでいた。


獅童しどうさま。忘れておりました。この湖は人間界の様子を伺うことができる湖。この中に獅童しどうさまのお相手、姫がいるかも知れませぬな」

「ふん」


 獅童しどうは興味ない風を装い、湖面に目を向けていた。


 そこには、3人の少女が楽しそうに花を摘み籠に入れている風景が見えた。その中でも一際ひときわ目を引く、花の様に美しくまだ幼さも残る少女が、獅童しどうの目に飛び込んで来た。


雷狐らいこ。お前…湖面のことを知っていて、俺をここに呼び出したな?」


 雷狐らいこは嬉しそうにもふもふの白い尻尾を振っている。何も言わないところを見ると図星だろう。


雷狐らいこ、まずはお前が人間界に降り様子を見てこい。俺は嫁をもらうか決めてないからな。お前の目に叶う女かどうか俺に報告せよ」

「かしこまりました」


 そういうと獅童しどうは屋敷に戻っていった。

 人間の年齢でいうと獅童しどう20歳。そろそろ春が訪れても良いお年頃なのだ。


 雷狐らいこはしてやったりの面持ちで、人間界への扉を開いた。



 人間界は今、春まっさかり。綺麗な花々に包まれて、新たな出会いが生まれる予感がプンプンしている。

 さきほどの湖面に映った少女、りん獅童しどうの嫁として見初みそめられるのは、もう少し先の話である。




「わ、私としたことが…人間界の出口を間違えてしまった! はぁはぁ…はぁはぁ…」


 ここは人間界。


 綺麗な水脈のある川辺を、雷狐らいこはひたすら走る。

 大きなもふもふの白い尻尾をピント伸ばし、りんが暮らす村まで約10マイルほど。


 雷狐らいこよ走れ!

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