第196話 準決勝突破(サッカー8)
「やったぞ武藤!! 決勝だ!!」
「鈴木も小林もよくやった!! まさに値千金のゴールだ!!」
試合が終わり、控室に戻ると中央高校サッカー部の面々は試合も終わったのに興奮が冷めやらず、まるで優勝したかのように大興奮状態であった。
「でも小林、あれをよくダイレクトボレーなんか出来たな? ジダンみたいだったぞ!!」
「鈴木先輩のパスが良かったんですよ。ぴったり足元に来たんで、俺は考えずに振り抜いただけです」
本来武藤の提案したオペレーション・メテオは、受けるプレーヤーが後ろを向いたままプレイすることで反則にしにくくしつつキーパーを前に釣り出すことで、ぶつかっても大丈夫というある種危険を孕んだ作戦だった。しかし、さすがにそんな危険なプレイはまずいとの意見が多かった為、一旦後ろに流し、キーパーの頭上を超える、もしくは守備を躱すといった作戦へと変更されたのだ。バックパスならオフサイドはとられない為、最終ラインより奥からパスを切り替えしても大丈夫なのである。そして走り込んでくるフォローは4人いる為、直接受ける選手を止めない限りはどこにボールが出されるかの判断が難しい。受け流す選手側も難しい為、菅野から声がかかる。ボールを受ける前に1から4の数値が叫ばれ、1なら左奥、2なら左手前といった感じで数字に寄って流す方向が変わるのである。
そしてオペレーション・メテオはバリエーションがいくつかあり、今回のはその代表的な1つに過ぎなかったりする。どちらにしろ破る方法は簡単で、守備を減らさなければいいだけである。だがそうなると攻撃に割ける人員が減ることにより、中盤が薄くなり、ボールを奪われやすくなる。また攻撃人員が少ないということは武藤から点を奪うことが非常に難しいということでもある。なぜなら武藤云々の前に4壁の突破が難しいので、そもそも武藤までたどり着けないのだ。なんだかんだといって4壁のメンバーは非常にディフェンス力が高いのである。なにせ武藤抜きでベスト8まで進んでいるのだから。
故に点をとるには中盤まで含めて攻撃人員を増やさなければならず、増やすとカウンターされるというジレンマに陥るのである。これは相手の中盤の選手をひたすら走らせるという効果もある為、非常にえげつない作戦となっていた。
「謙遜するねえ、これでお前2試合連続決勝ゴールだぞ」
小林はこれで1年生にして予選での中央高校得点王タイである。
「武藤に言われて練習してたんですよ。どんな時でもボールの中心を正確に捉える技術はフォワードの最低条件だろうと。それで武藤とボールを落とさずにダイレクトで相手に返すっていうサッカーボールを使ったバドミントンみたいなことをしてたんですよ」
「そんなことしてたのか……」
「最初はゆっくりとしたボールを蹴り合ってたんですけど、段々と白熱して最後には全力シュートの打ち合いみたいになってました」
そういって小林は遠い目をする。もちろん1度も武藤に勝てなかったのはいうまでもない。リアルで反動蹴速迅砲を食らいそうになって死にかけたのは普通ならトラウマになっていてもおかしくなかった。
周りのメンバーは全員それセパタクローじゃないの? と思っていたがあえて何も言わなかった。
「いやあ、でもまさかアレが成功するとは思わなかったな」
「まさか壁を作らないとか言い出すとは」
「オペレーション・メテオとか言ったときは何いってんだこいつとか思ってたけど」
「自爆させるぞ」
菅野達の言葉に武藤は静かにキレる。ノリで作った作戦とはいえ勝ち目のないことは提案しないのだ。
「いやいや、あの安藤って元ジュニアユースのやつだぞ? 今大会のフリーキックも2本中2本ともゴールしてる。それを壁無しで片手でキャッチとか、すごい通り越して頭おかしいぞ」
「確かに今まで一番のシュートだったな。右手でキャッチできないかもって初めて思ったから左手使ったくらいだし。森崎ならゴールされてたな」
「ゴールポストの方がセーブ率たかいやつを比較に出すんじゃねえ」
森崎は武藤が読んでいた漫画のキャラであるが、サッカーをやっているものからしたらバイブルのような漫画であるため、もちろんサッカー部員は全員そのネタ枠ともいえる存在を知っていた。ちなみにゲームだと本当にゴールポストのほうがセーブ率が高い。
「しかし武藤がそこまで言うってことは安藤って本当にすごかったんだな」
中央高校のメンバーは武藤の異常ともいえる身体能力を知っているため、その武藤がこれだけ褒めるということで相対的に安藤の評価がものすごくあがったのであった。
「俺達は飯食った後に第二試合見ていくけど、武藤はどうするんだ?」
「興味ないから帰る」
「……まあいいけど、お前目立ってたから気をつけろよ」
中央高校のメンバーは知らなかった。まさか既に全国中継されており、しかも武藤の存在がバレていることを。ただ現地の人間はTV中継を見ていない為、まだそこまで騒動になっていなかったのが不幸中の幸いであった。
「あっ武こっちこっち!!」
会場の外で待ち合わせをした武藤は、恋人たちの待つ場所へと足を運んだ。ちなみにあまりの美少女揃いに芸能人グループかと思われ、一定場離れてはいるが周りに人だかりが出来ている。
「……なにこれ?」
「さあ? 待ち合わせスポットなのかな?」
「次の試合の関係者なのかもしれないねえ」
「ああ、そっか。会場が空くのを待ってるのかな?」
そんなことは露知らず、武藤の恋人たちはただ偶然人が集まったものだと思っていた。
「みんな移動するよ。車乗って」
「はーい」
洋子の先導で全員が車に乗り込む。ちなみに恋人たちは中型のバスで会場まで来ている。既にバスでないと恋人たちが全員乗れない人数にまでハーレムが膨れ上がってしまっているため、猪瀬が社用バスとして購入しているのである。もちろん武藤の恋人たち移動専用として使用されていた。それ以外は社用車での移動で事足りるのだ。
「まさかついにバス移動になるとはね」
「このまま行くとすぐに大型バスかねえ」
朝陽と香苗の言葉に武藤は視線をそらす。武藤が集めたわけではなく、周りの方から集まってきたのだ。武藤としてはどうしようもないと割り切っているが、向けられる視線は決して居心地が良いものではなかった。もちろん冗談とわかってはいるが、自分が多人数に手をだしているという事実は否めないのである。そしてこれからも増えないと言い切れない為、決して反論できる状態ではないのだ。武藤はじっと見つめてくる恋人たちと決して視線を合わせようとせず、ひたすら窓際の席で外を見続けるのだった。
「ついたー」
会場のすぐ近くにある公園はかなり大きく、バス専用の駐車場もある場所だった。
「こちらです、お嬢」
黒服の案内で公園内にある広場に案内されると、そこには既に大きくレジャーシートが敷かれていた。
到着するなりさっそくとばかりに洋子は武藤を中心に座らせると、周りを囲むように恋人たちを座らせ、それぞれの弁当を置いた。完全に武藤は周囲を囲まれ脱出不可能な状態である。
(まさか全部食べろなんてことは……)
一口づつだとしても14人分である。それを1人前づつだとどうなるか。武藤は恐ろしい予想に戦慄する。
(折角作ってくれたものを残すなんてことはありえない。俺の命にかけても食べきって見せる)
和気あいあいとした周囲のピクニックの雰囲気とは一線を画し、武藤は1人、魔王戦のような気合が入っていた。ちなみにただの昼食である。
「武くんこれ食べてよ」
「武様、こちら私が作りましたの」
「タケシこれ食べてデス」
次々に差し出される料理を武藤はニコニコと笑いながら幸せそうに頬張る。ちなみに武藤は食べたものを消化してオーラに変換できるため、食べようと思えばいくらでも食べられるのだが、満腹中枢だけはごまかすことが出来ない。つまり吐いたりすることはないが、食べ続ければお腹がいっぱいという状態で食べ続けるということになるのだ。
そこで武藤は新たな魔法を作った。それは常に飢餓状態になるという魔法である。空腹は最大の調味料というのを再現させた魔法であり、どんなまずいものでも美味しく感じるほどにお腹が空くというある意味無駄の極致という魔法だ。
それを使用している間は常に空腹感が襲い続ける為、どんな料理もとても美味しく食べることができる。すなわち恋人たちの料理を余すことなく美味しく頂くことができるという、まさに彼女達のためにだけに作った魔法である。
武藤は次々に差し出される料理をついにはすべて平らげた。しかもお腹いっぱい感をだすこともなく、常に美味しそうに食べ尽くすその姿は、恋人たちにまた手料理を食べさせたいと思わせるには十分であった。
魔法を解除した途端襲い来る猛烈な満腹感は、吐き出すものがないのに吐き気を催すレベルであったが、武藤は何食わぬ顔でそれに耐えぬいた。すべては可愛い恋人たちの為である。
その後、武藤は食休みと称して恋人たちから順番に膝枕と添い寝をされ、イチャイチャと幸せな時間を過ごしたのだった。
翌月曜日。武藤は電車から降りるなりやたらと視線を感じることに気がつく。
(なんだ? また盗撮か?)
全く心当たりがない武藤はまた盗撮でもされているのかと警戒する。
「あっ武藤くんおはよう。昨日はすごかったね!!」
「言い方ああああ!!」
傍から聞けば誤解を招くどころか、誤解しか生みようがないセリフをクラスメイトから言われ、さしもの武藤も焦る。
「?? 決勝進出でしょ? すごいじゃない」
あまり良く知らないが、同じクラスにいることだけは知っているこの少女はどうやら天然のようであった。
「夏希。その言い方だと昨日武藤くんとえっちしたみたいに聞こえるよ?」
「え? ……!? ち、ちがっわ、私はさ、サッカーのことで!!」
「はいはい、わかったから。ごめんね武藤くん。この子初心だからそういうことに慣れてなくて」
「いいよ。でも俺のお手つきみたいに思われちゃうから注意したほうがいいよ」
「お手つき!? む、武藤くんのお手つき……」
「おーい夏希帰ってこーい」
その場を想像したのか、夏木と呼ばれた少女は顔を真赤にしたまま妄想の世界に入ってしまい、しばらく意識がこちらに帰ってこなかった。
「それでなんで勝ったの知ってるの? 試合見にて来てたの?」
「TVでやってたよ?」
「!? え……マジで?」
「マジマジ。だって武藤くんのこと言ってたし。バスケの武藤くんと同じかって」
「!? うそやん」
地区予選とはいえ全国中継である。そこからネットで話しが駆け回り、気がつけばネットニュースにもなっていた。それを知ったとあるバスケ部の鬼監督が武藤サッカー転向の話を聞いて倒れたという。
幸いにもまだマスコミは学校にまでは来ていないようで、視線は集めるが普通に武藤は登校することが出来た。
だが、休み時間の度に増えていた武藤探索の生徒がさらに増えており、武藤武はどこだと1年生の教室周りが非常に騒がしいこととなっていた。
「なんでこんなことに……」
昼休み。屋上でいつも通り恋人たちとの昼食をしている武藤がため息を付いた。
「そりゃああれだけ目立てばねえ」
キーパーである。得点に結びつくことも殆ど無ければ、基本が守備のポジションである為、言っては何だが非常に地味なポジションである。しかも高校サッカーの地区予選ともなれば目立つ方がおかしい。
ただし、すべてのシュートを片手でキャッチして無失点を続けるなどということをすればその範疇には収まらない。
しかもそれが全国中継のTV放送され、尚且つプレーヤーが既に有名人である武藤武ともなれば、目立たないはずがないのだ。
バスケ界から忽然と姿を消し、どこの高校に行ったかも不明だった武藤がいきなり表舞台に現れたのである。しかもバスケではなくサッカーで。常に話題を探しているマスコミとしてはこれ以上の題材はない。学校は朝からマスコミ関係者どころか、サッカー業界、バスケ業界からの電話が殺到しており、一部で授業が滞る程の混乱であった。
「ただのキーパーだぞ? しかもマスクにゴーグル帽子と目立つ要素なんてないのに!!」
「全部片手キャッチはやり過ぎだねえ」
「そんなのジノ・ヘルナンデスもデューター・ミューラーも若林源蔵だってできるじゃん!!」
「全部フィクションの存在だねえ」
武藤としては学生でアレだけできるのならプロなら本気でそれくらいできると思っていたのである。
(テニスをするときはあの王子様の漫画だけは読ませないようにしよう)
現役テニスプレーヤーの瑠美は固く心に誓った。テニスの試合中に分身どころか隕石を落とされたりしたらたまったものではないからだ。それこそ試合中に剣で胸を刺すとか本当に死者が出かねないのである。
「それでどこまで出るんだい?」
「もうバレちゃってるらしいから、まあ負けるまでは出てもいいかな。意外にここのサッカー部って全然体育会系っぽくないから結構居心地いいんだよね」
普通に入部していれば多少はあった体育会系の先輩後輩のノリだが、イレギュラーな存在である武藤にはその空気が全く存在していなかった。当初あった2年生とのわだかまりはすっかりと消え失せている。2,3年生は武藤がタメ口でも全く気にしないし、先輩だからといって偉そうにすることもなく、逆に平然と教えを請いに来たりするくらいには、武藤は完全にチームの一員となっていた。
「それは……まあ武くんがいいならいいけど」
「??」
武藤はすっかり忘れていた。サッカーは点をとられなければ負けない。そしてバスケと違い、卓越したキーパーがいると、その1人で守備が完結出来てしまうということを。すなわち武藤がキーパーをする限り
(またTVが騒がしくなるねえ)
わざと点を取らせない限り、どうやっても全国優勝が約束されているという事実に武藤は気がついていなかった。
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