第175話 鏡
翌朝。徹夜明けで武藤が登校すると、竹山の姿が見えない。電車の時間を変えたのか、はたまた気まずくて休んでいるのか。武藤は別に興味もないのですぐに竹山の存在を忘れた。
「報復はしたのか?」
「まあ素直にデータを消したから今回だけは許してやった」
「武が!? 男を許すなんて珍しいな」
「風評被害やめろ」
実際武藤が男を許すのは珍しい。女には甘いが知り合いでもない男が相手なら普段は徹底的に叩くのだ。
「盗撮とはいっても着替えとかパンチラとかあるわけじゃなく、百合の自宅についていくこともしてないし、素直にこっちの指示にしたがったからな。これでどれか1つでも引っかかってたら社会的に殺してた」
竹山はたまたま運良く武藤の考えるギリギリのラインを超えることがなかったのである。これでパンチラの1つでも映っていたら竹山は社会的に死んでいただろう。
「武藤!! 昨日のマーちゃんの放送見たか!?」
教室に入るなり光瀬が武藤の元に飛び込んできた。
「見ねえよ」
恋人の放送なので見たいとは思っているが、昨日はそもそも地球にいなかったのである。
「マーちゃん超美少女説が出てるぞ」
「は?」
なんでも昨晩、生配信で「甘い卵焼きを作る」というライブ配信があったそうで、そこで近くにあったボールにその姿が映っていたということらしい。
「アーカイブには残ってないんだけど、見た感じすげえ美少女だった」
それはそうだろう。小鳥遊弥生は女神と呼ばれてるくらいの美少女である。武藤は俺の彼女だぞと自慢したかったが、そこは我慢した。
「Vは中の人はどうでもいいとか言ってなかったっけ?」
「……それはそれ!! これはこれ!! 美少女のがいいに決まってんじゃん!!」
彼女持ちのくせに光瀬はどうどうとそうのたまった。
「まあその気持はわからんでもない」
「武藤!!」
まるで同士を見つけたかのように光瀬は武藤の手を取る。
「こういうのは理屈じゃないからなあ」
「そう、そうなんだよ!! やっぱお前はわかってんなあ」
そういって光瀬は武藤の背中をバンバンと叩く。
「ちっ陰キャ野郎が」
不意に聞こえた声に武藤達はそちらに視線を向ける。
「何か言ったか?」
「オタクが調子にのんなって言ってんだ!!」
「光瀬調子に乗ったの?」
「いや?」
「乗ってないらしいぞ? あっその靴とか椅子に調子って書いてあるんじゃ?」
「それか!! さすがに気づかんかったわ」
「そうじゃねえだろ!!」
何故か絡んできた越智がツッコんできた。
「そもそもなんでお前はいつも会話に入ってくるんだ? 寂しがりか?」
「!? 誰が!! お前らみたいな童貞臭いオタクと一緒にするな!!」
「光瀬童貞臭いらしいぞ。なんか臭うのか?」
「武藤なんかこの世で一番童貞から遠い存在だろうが」
光瀬の言葉に周囲の女子生徒たちがうんうんと無言で一斉に頷いた。
「俺からしたらお前のほうがよっぽど童貞くさいけどな。俺は童貞だー女こいーって叫んでるようにしかみえん。お前は蝉か」
「ぶふっ」
武藤のツッコミに女子生徒たちが一斉に吹き出した。
「蝉……蝉って……」
「確かに考えたら鳴いてる蝉って童貞で女子寄ってきてーって言ってるんだよね」
「!?」
越智は武藤の言葉に顔を真赤にしていた。
「少なくとも貴方様が童貞なわけがありませんわよね。だって私を女にしたのですから」
「!?」
ガタっという音と共に思わず椅子から立ち上がったのはかつての陽キャグループのメンバーである玉木であった。その視線は皇を捉えている。
「綺羅里ちゃん!?」
「綺羅里なんてことカミングアウトしてんだよ」
綺羅里の発言に知美は驚き、真凛は呆れていた。
「女子生徒はみんな知ってることではないですか」
「それはそうだけど」
「男子に教える必要もなくない?」
「有象無象が寄ってこられても困りますから」
「ああ、それは言えてるか」
「私の身も心も武藤武唯一人のものだと、私は自信を持って言えますわ」
綺羅里のその言葉に玉木は驚愕し、そしてすぐに絶望の表情を見せた。
「な、なんで……」
「え?」
「なんでそんなやつに!!」
普段クールな玉木が初めて教室で絶叫した。
「純……」
そんな姿を初めてみて、先に憤って興奮していた越智は逆に落ち着いてしまった。
「そんな? 武様の価値もわからぬ有象無象が……恥を知りなさい!!」
「!?」
「武様は覚えてすらいない女の為に素手で熊と戦う方ですわ。私達を見捨てて真っ先に逃げ出す貴方がたのような人たちが、そんななんて言葉で言っていいお方じゃありませんわ!!」
綺羅里の言葉に玉木も越智も反論できずに黙り込む。
「あちらの世界では大変でしたわ。特に女子達は自分たちの弱さをよく理解したことでしょう。でもよかったこともありますの」
「え? 綺羅里ちゃんそれなに?」
「それは男は顔や親の肩書じゃないってわかったことですわ」
それを聞いて周りの女子達があーと納得した声を上げる。
「1組と2組の女子生徒達全員にいい男のアンケートを取ってみなさい。断言します。必ずこの3人がトップ3ですわ」
そういって綺羅里は武藤達3人に視線を向けた。
「あんな体験はもうしないかもしれません。でもいざというときの行動にその人の本質が現れますわ。この3人の行動は似ていますの。それは自分より他人を優先するということ。大して親しくもないのに命をかけて守られてご覧なさい。しかもそれを恩に着せることもないのですよ? こんなの惚れるなっていうほうが無理ですわ」
その言葉に吉田の横にいる岩重と光瀬の隣にいる佐藤は首が分身するかのように頷いていた。
「やっぱりいい男の周りにはいい男が集まるんじゃない?」
「ああ、そうかも」
知美の言葉に真凜が賛同すると、周りの女子生徒達もうんうんと頷き、吉田と光瀬は照れくさそうに顔を赤らめていた。
「あちらに行くまで私はうわべだけを見て、全く本質を知るということができていませんでしたわ。今ではあちらに行けたことに感謝していますの」
「あー確かに。でも武藤くんありきだよね」
「当然ですわ!!」
武藤がいなければまともな生活が不可能だったのは全員わかっている。
「病院経営者の息子だとか、議員の息子だとか、そんなことはあちらでは何の価値もありませんでしたわ。まあ私を見ていた人たちも私のことを皇の娘としか見ていませんでしたが。つまり他人への評価は自分への評価と同じ。今考えるとまるで鏡を見ているかのようでしたわ」
「……綺羅里ちゃん」
「貴方方の価値観や考え方を否定はしません。でもその鏡を壊さない限り、同じような人たちしか貴方方の元には集まりませんわ。少なくともその中に私達はおりませんわよ?」
綺羅里の言葉に玉木は悔しそうな表情をみせ、うつむいてしまった。その手は血が出るんじゃないかと言うほどに握りしめられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます