第170話 置き土産

「ええ、あーしもダーリン無双見たかった!! 誰か撮ってないの?」


「授業中はスマホ取り上げられるから誰も撮ってないねえ」


 昼休み。昨日と同じく屋上で武藤の恋人達全員が集まって昼食をとっていた。特に誰が示したわけでもないが、気がつけば全員集まっていたのだ。

 

「それで朝陽ちゃんはダーリンにどんなご褒美をあげるのかな?」


「!?」


 食事も終わり、まったりと会話を楽しんでいるとき、美紀が唐突にそう告げた。自分がした約束でもないのにいつの間にかそういうことになっていて朝陽は焦る。

 

「……」


 期待するような瞳でこちらを見つめる武藤に朝陽はため息を付きながら机の下に潜った。

 




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「あれ? なんか臭う?」


 午後の授業間の休み時間後。1組の教室で男子生徒が何かの匂いに反応した。そこには何故か顔を赤らめてうつむく朝陽の姿があった。

 

(やったな)


(中に出されたわね)


(まさか学校でするなんて)


(いいなあ朝陽ちゃん)


 女子生徒たちには何があったのかバレバレであった。拠点で夜に何が行われていたのかは周知の事実だからだ。

 

「くっくっく、まさか私がやろうとしていたことを朝陽に先を越されるとは思わなかったねえ」


「!? 元はといえば香苗のせいでしょ!!」


「おっと、立ち上がっていいのかい?」


「!? くっ!?」 


 彼女の中には残っているのである。その匂いの元となるものが。

 

「そういうことに一番遠いと思っていた朝陽が、まさか一番積極的とはねえ」


「あんたねえ」


「えーとちょっと聞いていい?」


「なんだい?」


「学校でいつもその……ああいうことを?」


「そんなわけないでしょ!!」


 一番新しい恋人である瑠美の問いに朝陽は条件反射で答える。


「くっくっくあれでいて彼は意外に律儀でね。自分からそういうことはしないし、ましてやいつも学校ではかかわらないようにしていたから、そんなことしたことないよ。今日が初めてさ。まさか朝陽に彼の初めてを奪われるとはねえ」


「言い方!!」


「おねえちゃんずるい」


「月夜!?」


「ズルイデス」


「クリス!?」


 武藤の恋人達からは嫉妬の、クラスメイト達からは生暖かい視線を向けられ、朝陽はただただ時間が過ぎるのを待つのだった。

 

 

 




「武くんちょっといいかしら?」


 授業が終わり、帰ろうとしていると教室の外で待っていた瑠美が武藤に声を掛ける。

 

「高橋のことなんだけど……」


 昨日の部活の際、瑠美は高橋の被害者と思わしき酒井というテニス部の先輩に高橋のことを話した。酒井はもう2度と高橋は現れないということを知ると非常によろこんだが、撮影された動画が心配で寝られないという話を聞かされたらしい。どうやら高橋は脅すために動画を撮影していたらしく、それが広まらないかと酒井は心配しているという話しだ。

 

「わかった。俺がどうにかする」


 話を聞くなり武藤はすぐさま行動に移った。まず中林に事情を説明すると、高橋の正体を知っている中林はすぐに高橋の住所を武藤へと教えた。武藤はその足ですぐに住所の場所へと向かい、鍵がかかっていようがお構いなしに部屋の中へと侵入した。ちなみに鍵も扉も壊していない。武藤からすればアナログでもデジタルでも鍵なんてないにも等しいのである。

 

 部屋に入ると武藤はパソコンの前に立ち、電源をつけるが、案の定パスワードがかかっていた。しかし武藤は魔法を使うと問答無用でリターンキーを押す。

 

 これは武藤が開発した魔法で、パスワードを強制的に解除する魔法である。特にハッキングに使用する為につくったわけではなく、ただ自分の設定したパスワードを忘れたときに再設定が面倒で作った魔法である。パスワードを探ったりするわけではなく、たとえハッシュ化されていようが暗号化されていようが、必ず判断で正解を返すようにする魔法である。簡単に言うとパスワードをなかったことにする魔法である。あらゆる電子機器に有効な為、アカウント名さえ分かればSNSも乗っ取りし放題である。幸いにも武藤がそういうのに興味がないので安心だが、悪人が使えたら大変な魔法であった。

 

「こいつ……」


 案の定、パソコンの中はその手の動画で一杯であった。そのすべての動画を削除するが、これはフォーマットしたほうが早いのでは? と思った瞬間、突然武藤の脳に電流が走る。

 

「撮影は何でしていた? スマホだ。あいつのスマホはもうこの世にない。ならバックアップは?」


 武藤はアカウントに紐づくクラウド保存のデータを見ると案の定、その手の動画が入っていた。

 

「しかも月額払って容量増やしてやがる」


 武藤はそれらをすべて消し去ると、今度は物理的に残っていないか部屋中を見渡す。

 

「これか」


 無造作に置かれていたUSBメモリやブルーレイディスクをパソコンにセットすると、案の定先程の動画のバックアップであった。高橋は何重にも保存する几帳面な正確だったようだ。

 

 データの日付から高橋が犯罪に手を染め出したのは2年前からのようで、きっちりと生徒ごとにフォルダを分ける几帳面さであった。その数から被害者は全部で5人であり、6人目のフォルダは空ではあるが既に作られていた。次のターゲットにしていたであろうその名前は……長谷川瑠美であった。まだ手を出してもいないにもかかわらずフォルダを作っているあたり、相当執着して狙っていたのだろう。

 

「これくらいか」


 一通り回収をすると武藤は部屋を結界魔法で囲んだ。そして再び魔法を使った。その瞬間、部屋内にあった電子機器がすべて破壊された。これも武藤が作った魔法で電磁パルスと呼んでいるものだ。実際に電磁パルスを発生させているわけではなく、電磁パルスを発生させたと同じ状況を作り出す魔法である為、危険性はない。ただ電子機器を破壊する為だけに作った魔法である。正体がバレたくない武藤が局所的にスマホを破壊したい場合に使おうと思っていた魔法である。

 

「これでいいいか」


 武藤は部屋の内側から鍵をかけると転移で自分の部屋へと戻った。

 

「もしもし、瑠美?」


「武くん? 電話初めてだね」


「ああ、全部終わったよ」


「え?」


「ネット上にある動画もパソコンにある動画も全部消しといたから」


「もう!? ありがとう!! これで先輩も喜ぶわ」



 喜ぶ瑠美の声を聞けただけで武藤は満足して電話を切る。そして武藤とその恋人のみが入れるメッセージアプリのグループにメッセージを打ち込む。


 内容はこの5人を知ってるか? と、被害者5人の名前を入れたものであった。

 

 その結果、磯貝、田辺、安藤の3人は3年生であり、西、酒井の2人が2年生ということがわかった。連絡が取れる人は明日の昼休みにバレないように屋上に連れてきてくれとメッセージを入れて、武藤はアプリを閉じた。

 

 

 

 


 次の日の昼休み。件の5人は屋上に来ていた。そして何故か超絶美人な武藤の恋人達に囲まれて気後れしている。

 

「こんなところに呼び出して何のようかしら? 小鳥遊さん?」


「さあ? 私も知らないの」


「!? 貴方何を言っ――「はいはいそこまで」」


 そういって興奮する女性を武藤はなだめる。

 

「単刀直入にいいます。高橋は死にました」


「!?」


「あいつの彼女だって人はいる?」


 武藤の問いに誰も答えない。

 

「ほんとに死んだの?」


「死んだ。間違いなく。警察は行方不明で捜索してるけどね」


 その言葉を聞いた4人は手で顔を覆って涙した。「これで」とか「やっと」とか色々と聞こえてくる。ちなみに1人だけ泣いていないのはおそらく瑠美が教えたであろう酒井だと武藤は予想する。

 

「ちなみに動画もネットにあるバックアップも全部消しておいたから」


「!? い、一体どうやって……」

 

「ほらっ俺って何でもできるから」


 武藤が自信満々にそういうと後ろからは「でも子供は作ってくれないよね」と、物騒な声が聞こえてきたので武藤はあえて気づかないふりをした。


 

「なんで」


「ん?」


「なんでここまでしてくれるの?」


「瑠美が頼んだから」


「え?」


「可愛い恋人の頼みを断れるわけないだろ」


 そういって武藤は瑠美を抱き寄せる。

 

「瑠美が酒井先輩が苦しんでるっていうからさ。理由はそれだけ。別にあんたらに興味はない。ああ、もう行っていいよ。用事はそれだけだから」


 そういって武藤は椅子に座り、何事もなかったかのように恋人特製の弁当を食べだした。


「もう大丈夫ですよ先輩。もう脅される心配はないんです。だからいつもの先輩に戻ってください」


「瑠美……ありがと」


 そういって酒井は涙を流し、瑠美と抱き合う。

 

「なんかしらんけどよかったね。ごめんね西っち、昼に呼び出しちゃって」


 事情を全く知らない美紀は、理由もしらないままクラスメイトということで西を屋上へ呼び出していた。


「ううん、いいの。お礼を言いたいのはこっちよ。そこの彼。せめて名前を聞かせて欲しいな」


「え? ダーリン知り合いじゃないの?」

 

「いや? 誰かも知らん」


「じゃあなんでよんだの!?」


「名前があったから」


「名前?」


「フォルダに名前がつけてあってな。個別に管理してたみたいなんだあいつ」


「!?」


 その言葉に5人は武藤が何を言っているのか理解し、体が震えた。

 

「ファイル名しか見てないから安心して。ちなみにフォルダは6個あった」


「……ここには5人しかいないけど?」


「多分次のターゲットだったんだろうな。ちなみにフォルダの名前は長谷川瑠美だった」


「!? 私!?」


 その言葉に一番驚いたのは瑠美本人だった。

 

「だから瑠美は本当に危なかったんだぞ?」


 武藤のその言葉に瑠美はまるで極寒の地にでも降り立ったかのように体が震えた。まさに間一髪だったことに瑠美は今更ながらに恐怖を思い出した。

 

「大丈夫? 瑠美?」


「だ、大丈夫です。私には頼もしい恋人がいますから」


 そういって瑠美は武藤に視線を向ける。武藤はそれに優しい視線を返すのだった。

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