第75話 初詣

「全く、カナちゃんもやめとけばいいのに」


「旦那様に適うわけないのにねえ」


「5分もしないうちに泣いて謝らせるとかご主人様鬼畜すぎるんですが」


腰が砕けてお姫様抱っこで運搬されている香苗を見て、女子高生組は各々で感想を述べる。


「でも今のは香苗が悪いよ。だから甘んじて罰を受けなさい」


「まさかとは思うが……このまま境内まで!? 正気かい!?」


「偶には香苗も甘やかしてあげないとね」


 そういってにやりと笑う百合に香苗は今年初めての恐怖を感じた。

 

「さ、さすがに私も恥ずかしいのだが……」


 色々とぶっ飛んでいる香苗だが、羞恥心は一般レベルだったようだ。

 

「歩けないんだから仕方ないでしょ」


「歩けなくしたのは誰かねえ……」


「そうさせるようにしたのは誰かなあ」


 必死の抵抗もむなしく、香苗はお姫様抱っこで普通に運ばれていった。下半身には武藤の上着がかけられてあり、下着を見られるようなこともない。独占欲の強いこの男は意外と気が回るのだ。

 

「いくら強いっていっても中学生1人持って1km歩いて100段以上ある階段を平然と上るって、ダーリン色々ぶっ壊れてない?」


「まあ旦那様だし」


「まあ武だし」


「段々その言葉で全部納得してきてるのが怖いんだよなあ」


 真由は洋子と百合の言葉にただそれだけで納得してしまう自分が、色々と感化されてるなあと感じていた。

 

「中学生とはいっても香苗は羽のように軽いからなあ」


「!?」


 香苗は何気ない武藤の一言で顔を真っ赤にし、武藤の胸に顔を埋めてしまった。

 

「あっ珍しい。香苗が本気で照れてる」


「ダーリンは何気ない一言でえぐってくるんよねえ」

 

「わかる!! しかも悪気も他意も何にもなく、純粋に言ってくるから余計にくるよね」


「そうそう!! もうなんていうか……女心を直接しとめにくるというか」


「それな!! もうきゅーんてなってどうにでもしてってなっちゃう」


 姦しい少女たちの会話を聞いても武藤は何を言っているのか理解していなかった。武藤は女心を理解するのは当分先――いや、この先もないのかもしれない

 

 途中にあった休憩所で香苗が回復するまで休んでから武藤達一行は境内へと上がった。

 

「あっ!! おみくじある!! やろやろっ!!」


 美紀のその言葉で全員おみくじを引いた。その結果……。

 

「ダーリン元気だして」


「私が後で慰めてあげるね」


 必死に恋人達が武藤を慰める。恋人達が全員大吉なのに対し、武藤はたった一人大凶であった。

 

「しかし、よりによって女難とかまるで私達が厄のようではないか」

 

 そういって香苗は一人憤る。

 

「まあまあ、後で増えるのかもしれないし。っていうか絶対増える気がする。武、向こうで女の子ひっかけてきてないよね?」


「?? 俺の素顔を見た女性は1人もいないよ」


「……ならいいけど」


「絶対武くんが思ってない所で落としてる気がする」


 香苗の予想通り、顔は見せてないけど命は何人も助けている。もちろん彼女達の心は既に武藤へと傾いていた。

 

 その後、みんなで初詣をして武藤宅へと帰る。帰りは猪瀬の車が迎えに来ているのでそれで帰宅である。

 

「……」


 行きとは違い、急な階段を下って帰る帰り道。武藤は一瞬だけ香苗を見た後、すぐに香苗の前に出て歩き出した。

 

「武くん?」


「なに?」


「……なんでもない」


 2人のそのやりとりに百合達は首を傾げるも理由がわからない。だが香苗が妙に嬉しそうなのが気になった。

 

 帰りの車の中。行きは殆ど独占していた為、香苗は武藤から離れた位置に座っていた。

 

「カナちゃん帰りの階段の時どうしたの?」


「なんかご主人様と視線でやり取りしてたね」


 美紀と真由の指摘に香苗は顔を若干赤らめて視線をそらした。

 

「そ、その……実は今……履いてないんだ」


「え?」


 驚愕の事実だった。

 

「その……下着がヤバいことになってて、とても履いてられなくて、トイレで脱いだんだ」


 あんなことをされれば当然そうなるのも無理はない。美紀達は無言で納得した。


「その状態であの急な階段を? その短いスカートで?」


「ああっ!! だから旦那様が香苗ちゃんの下にまわったのね」


「ご主人様はなんで気が付いたんですか?」


「香苗がちょっとモジモジとして可愛かったからな。ピンときた」


 その言葉に香苗は再び顔を赤らめて俯いた。普段クールぶっていてもやはり好きな人が自分の細かな変化に直ぐに気が付いてくれるのは嬉しいものなのである。何せまだ香苗は中学3年生。恋を始めたばかりの少女なのだから。

 

「……ずるい」


「え?」


「香苗ばっかりずるい!!」


 やばい。武藤は心の底からそう思った。百合のだだっこモードである。こうなると百合は非常に面倒くさい。収まるまでは構い倒さなければならないのだ。ただ百合ラブを地で行っている武藤にとってそれは単なるご褒美に過ぎなかった。イチャイチャとしていれば自然と収まるのだ。ただ問題はその状態を見た他の子の嫉妬が凄まじいことになるのである。

 

(さすがに三が日から泊まらないだろう。……泊まらないよな?)


 武藤の予想正しく、中学生コンビは暗くなる前に帰宅した(させた)が、女子高生組は予想に反して一旦帰ったと見せかけてその後、3人で武藤宅を襲撃し、普通に泊まっていった。もちろん武藤はねられなかった。おおむね満足する姫はじめ×3だったが、唯一武藤が残念だったのは、着物組が着替えてきた為に夢のあーれープレイが出来なかったことである。

 

「ダーリンそんなことしたかったの? 言ってくれればよかったのに」


「でも美紀着付けできないっしょ? 裸で帰ることになるよ?」


「あっそっか!! 着付け覚えようかなあ」


「そんなプレイの為に覚えるの美紀くらいじゃない?」


 ベッドの上で下着をつけながらそんな会話が女子高生の間で繰り広げられる。下着は以前武藤が買った高級なやつだ。そのあまりの煽情的な様子に途中で武藤が襲っては回復したら着るということを繰り返していたために気が付けばもうお昼をまわっていた。

 

「今日は百合ちゃん達は来ないっていってたよね」


「うん。なんでも親戚巡りしてお年玉を集めるっていってた」


「ああ、それは重要ね。私も後で社長のとこ行こう」 


「私もいっていいのかな?」


「勿論いいっしょ。真由ッちもダーリンの嫁なんだし」


「……娘の私より先に許可与えるのおかしくね?」


 シャワーに行くことでなんとか武藤に襲われることを回避した3人組は一路お年玉をもらいに洋子の家である猪瀬家へと向かった。

 


「おおっ武藤よく来たな!! あがれあがれ!!」


「婿殿。明けましておめでとうございます」


 猪瀬の家は三が日は配下のいろんな組の者が集まってくる。中でも武藤はそのトップでありVIP中のVIPである。何せ昨年の猪瀬の稼ぎの大半は武藤が一人で稼いでいるのだから。正確には一人で稼いだという訳ではなく、武藤のお陰で色々なところにコネができ、その結果あらゆる業界での地位が格段に増したという話である。まあ武藤が稼いでいる部分も大概ではあるが。何せ殆どコストがかからないのに利益が莫大なのだ。猪瀬としては武藤は金の卵を産む鶏である。それはもう下にも置かない扱いなのは当然であった。

 

 しかし、そんな扱いをしていれば不審に思うものも出てくる。折角一部の者にしかその正体を知られないように清明というコスプレをしているのに、TOP2人がそんな態度をとればモロバレである。まあそんなことは歴戦の猪瀬夫妻にとっては当然の懸念事項の為、現在は清明の正体を知っている身内しかいない状態である。

 

「社長お年玉頂戴!!」


 美紀は挨拶も疎らに一言目にお年玉の催促をした。自分に正直すぎる。武藤は美紀のそんな所も好きだった。


「おまえは相変わらずだな。最近は女優としての仕事までしてるし、お年玉なんていらないくらい稼いでるだろ?」


「仕事のお金は全部お母さんが握ってるから、私にはお小遣いしか残らないんだもん」


 意外に美紀の家庭はしっかりしていた。まああの父が管理していないだけ安心だろう。

 

「まあいい。ほらっ」


「やった!! 社長大好き!!」


「あ、ありがとうござい――ほわあああ!?」


「ん? 真由ッちどしたん?」


「ななな、なんか分厚くない?」


「110万以上は贈与税がかかるからな。それだけですまんな」


「ひゃっ!?」


 真由は剛三のその言葉に卒倒しそうになる。1万もらえたらラッキーくらいに思っていたらその100倍だったのだ。それはパニックにもなる。

 

「さすがに多すぎない?」


「それだけ昨年武藤が稼がせてくれたんだよ。その恋人であるお前達に還元するのに何の問題がある?」

 

 堂々とそう言い張る剛三を女子高生達は尊敬の眼差しで見ていた。が、それ以上にそれだけ渡しても全く問題にならないレベルで稼いでいる自分達の恋人に対する思いも跳ね上がっていた。


「まあお前にとっちゃ、はした金かもしれんが」


「いや、基本的に稼いだ金は自分で持ってないから現金収入は素直にうれしい」


 そういって武藤は素直にお年玉を受け取った。

 

「こ、ここここんなに貰っちゃって大丈夫なの?」


「親父がいいっていうんだからいいでしょ。決めるのはあげる方なんだし、うちらは素直に受け取っておけばいいのよ。旦那様のお陰ってことは忘れないようにして」


「そうですよ、洋子。婿殿のお陰ですから。その辺りは忘れないように」


「わかってるよ、マ――お母さま」


 焦る真由をなだめる洋子。洋子の母はそれを当然のように後押しする。その空気は何としても武藤を逃がさないという意気込みを感じさせた。

 

「どうする? 貰うもの貰ったしあーしの用事はもう済んだんだけど」


「貴方は本当に自由ね。でも旦那様の家に戻った方がいいかも」


「ん? なんかあんの?」


「三が日は色々と面倒なやつがくるのよ……」


 現在は一般大企業とはいえ、大元は仁義なき戦いのアレである。そりゃあしきたりだなんだは結構うるさいのだ。

 

「面倒?」


「一応本家の一人娘ってことで、そりゃあもういい寄ってくる奴がわんさかいるって訳」


「ああ、洋子美人だしね。より取り見取りじゃん」


「旦那様いるのに他の男に釣られるわけないでしょ!!」


「まあ確かにダーリンに比べていい男ってなると、あーしじゃ想像できないなあ」


「まあ、顔だけならいいやつはいるかもしれないけどね。ご主人様は内面が一番の魅力だから」


「それな!!」


「俺の顔はよくないと」


「え? あっ違うの!! 顔の作りでいえばダーリンよりイケメンてのはいるかもしれないけど、そんなところは問題にならないっていいたかったの!! ダーリンが不細工とか言ってるわけじゃないの!!」


「ぶさ……」


 武藤はその場に崩れ落ちた。

 

「ご主人様違うの!! ご主人様も十分イケメンだから!! でもそれは顔の造りというよりは内面が輝いてるから、全部が輝いてるって感じで、所詮メッキのやつとは違うなってことなの!!」


「そうそう!! あーしもそれが言いたかったの!!」


 必死にとりつくろう二人に武藤は居たたまれなかった。

 

「もう、二人とも旦那様が落ち込んじゃったじゃないの」


「違うんだって!! ダーリンをけなしてるわけじゃなくて――」


「そうなの。決してご主人様を貶してる訳じゃないの!!」


「んー旦那様。自分自身の顔に百点満点で点をつけるとしたら何点?」


 洋子のその言葉に崩れ落ちた武藤は顔をあげた。

 

「50点はあると思いたい」


「所謂普通ってことね。顔なんて不変的な価値基準があるものじゃないのはわかるでしょ?」


「ああ」


「だから人によって変動するの。そして忖度なしで旦那様を外見だけで見た場合、私の中では70から80点はあると思う」


「私は100点だから!!」


「私も!!」


「嘘つかないの!! 忖度なしっていってるでしょ!!」


「本当だもん!!」


「本当ですから!!」


「それじゃあ旦那様よりイケメンはいないってこと? さっき言ってたことと違わない?」


 洋子のその言葉に二人は黙った。

 

「じゃあこうしよう。外見、内面、財力の3つを採点して、その合計が魅力ってことで。私なら旦那様は80、100、100で300点中の280点ね」


「そんなこと言ったらダーリンなんて後ろ2つ絶対100だから結局最初の顔の点数の問題にならない? 私なら300点なんだけど。なんなら内面が100億点くらいついてもいいんだけど」


「確かにそうだね。ご主人様は内面が100じゃ収まらない気がする」


「それを言ったら平等な採点にならないでしょう? まあそれでも280を超える人なんて世界に殆どいないと思うけど」


「一人だけ300点に心当たりがあるな」


「「「え?」」」


「アイツにあったらみんな俺よりアイツの所に行きそうだ」


 そういう武藤の頭にはつい先日あったイケメンハリウッドスターの顔が思い浮かんでいた。

 

「ダーリンを置いていくわけないでしょ!!」


「いやあ、さすがにハリウッドスターに迫られたらコロっといっちゃわない? 性格もすげえいいやつだよ?」


「ハリウッドスター?」


「アレックスっていうんだけど」


「アレックス? !? アレックス・フェニックス!?」


「あれ? そんな名前だったっけ?」


「つい先日改名したらしいよ。ネットニュースになってた」


 それは武藤にとって心当たりがありすぎる名前だった。

 

「でも性格がどうとかはあくまで噂であって、実際見たことないからわからなくない?」


「実際会ったけどいいやつだったよ?」


「「「はあ!?」」」


 武藤の言葉に女子高生達の叫び声が猪瀬家に響き渡った。

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