第68話 薬

 その後、若返った芳江を見て洋子の父である剛三が固まったのは言うまでもない。

 

「お、お前その顔は……」


「ふふっどうです貴方? あの頃のようでしょう?」


 顔は娘の洋子にそっくりだが、芳江は体から醸し出す独特の雰囲気というかフェロモンというか、そういった大人の魅力が段違いであった。洋子も天然サキュバスと言われるくらいには魅力があふれているが、能力の継承元はそもそもレベルが桁違いなのである。まあそうでなければ堅物の剛三を落とすことなど不可能だったが。

 

「一体なに――魔法か!?」


「せ・い・か・い」


「あの……なんで服の中に手を入れて――」


「さあ? なんででしょう?」


「俺この後も仕事が――」


「え? よく聞こえなかったわ」


「斎藤!! たす――いねえ!? はかっ……謀ったなああああ!!」


 部下の斎藤に売られ剛三はサキュバスの女王に捕獲された。そして斎藤が目撃したのは翌朝、干乾びそうになるまでげっそりした剛三と艶々で実年齢すらも十代に若返ったかのような芳江だった。

 

 ちなみに武藤達は武藤宅へと戻っている。こうなった母親が止まらないことを知っている洋子が、巻き込まれたくない為、頑なに猪瀬宅に泊まることを拒んだ為である。

 

(ママの邪魔をしたらどんな目にあうか……)


 洋子は危機察知能力が高かった。

 

 

 あくる日曜の朝。いつも通り武藤宅は大変なことになっていた。何せ彼女5人がお泊りである。ちなみに幸次は土日は武藤宅へは来ないことになっている。せめて夕食だけでもという武藤の思いは真由としてはうれしかったが、幸次が馬に蹴られたくないと断った為である。

 

「姉ちゃんも偶には邪魔されずに兄ちゃんとイチャイチャした方がいいんじゃない?」


 弟のその言葉に真由は照れくさそうに弟の頭をひっぱたきながらも、イチャイチャしたいという気持ちはまさに図星であり、その言葉を否定することができなかった。そしてその結果が大乱交スマッシュラバーズである。ちなみに男キャラは一人で体力無限のチート持ちだ。本人は使わないがいつでも1パンKOできるチートも所持している。そんなぶっ壊れに5人の少女が挑んだが、あっけなく返り討ちであった。

 

 現在武藤家の寝室は武藤の自室と完全に別れており、ベッドだけの部屋となっている。ベッドはシングルが5つ並んでつながっており、つなげたサイズはキングサイズ2つ分を超える大きさである。部屋のほぼ一面がベッドであり、部屋の入口からすぐにベッドに乗らなければ入れない程だ。掃除が大変なんてものではなさそうだが、武藤の魔法があるので簡単に元の状態に戻せるので、特に問題はなかった。

 

 その武藤家の寝室は現在大惨事である。夜が明けても動き出す女性陣は一人もいない。何故なら皆幸せそうな顔で気絶したまま寝てしまったからである。

 

(これはいけるな。疲労度が段違いだ)


武藤の感想。それは武藤の行動にあった。武藤は昨晩1度も達していない・・・・・・・・・のである。 

(子供をつくるまでは5人相手の時は出すのを最低限に控えても問題なさそうだ)


 一人二人相手ならまだしもさすがに5人相手に複数回はさすがの武藤も疲労するのである。武藤にとっての現在のセックスは自分の気持ちよさでも子作りでもなく、恋人たちの満足の為の行動である。武藤も正常な男性である為、欲求は普通に存在するが、それを自制するのも得意なのである。女どころか人すらいない場所で何年も修行してきたのだ。それができなければ出会った瞬間に百合を襲っていたはずである。だが異世界での修行の後、百合と出会っても手を出すところか、完全に仕事としてしか付き合わなかった。百合が積極的にいかなければ、魔王を倒したとしても手を出していなかっただろう。

 

 武藤は自分の欲求よりも優先して恋人達を満足させたいという思いの方が強い。そして魔法を使えば恐らく世界で一番女性を気持ちよくさせることができる。そんな男がそう思った結果どうなるか……現在の大惨事というわけである。

 

(そういえば……)


 武藤はベッドの上に脱ぎ散らかされた買ったばかりの女性陣の下着を見てふと思った。アイテムボックスの魔法は自分という存在を基軸に考えたが、異世界に行っていた自分と今の自分は果たして同じなのか? と。

 

 肉体という意味で考えれば完全に別物である。だが精神的、記憶的なものからすれば同一の存在である。これが作られた記憶でなければだが。

 

(あくまで自分という存在が基軸なんだから……)


 そういって武藤は空間に穴をあけて手を入れる。そして手を取り出すとその手にあったのは……。

 

「エリクサー」


 武藤が修行中に潜った迷宮にあったエリクサー。所謂万能回復薬である。

 

(取り出せてしまった)


武藤は竜のはびこる地で偶然にも迷宮を発見していた。人が行かない(行けない)土地にある為、恐らく人類がまだ入ったことのない迷宮である。そこを武藤は一人で4階層まで踏破した。たった4階層なので武藤としては大したことではないと思っているが、実際はその迷宮は全5階層である。そして全階層にそれぞれボスクラスの敵キャラが存在しており、ボスは倒しても30分で復活する。


武藤が何故4階層までしかクリアしていないかといえば、4階層ボスのレア報酬がエリクサーだったのである。やりこみ派の武藤はそれはもう狂ったように4階層を繰り返した。数百本のエリクサーと千を超える多種多様な薬を手に入れて、漸く武藤は自分が修行しに来ていたことを思い出し、修行に戻ったのだ。何せ4階層のはずれ報酬に食料が出てきたのである。見た目はただのカロリーなんたらのような棒状のものだが、恐ろしいことに食べた本人の味覚に最適な味になるというとんでもないやつだったのだ。栄養的にも問題ないらしく、3階層で同じように得た無限にわく水袋と合わせて食事に困らなくなってしまったのだ。それまでその辺りに生えている草を毒除去しながら食べていたのが、いきなり自分の味覚に最適な味である。


その結果、武藤は修行を忘れまるで自宅のように迷宮に住み着いてしまったのだ。凡そ半年近く住み着いてしまったが、迷宮は地上よりも敵が強く、かつ時間の進み方も違ったので、修行的には問題なかったことは幸いである。


(そういえばあの王女様喜んでたな)


 勇者として旅立つ前に百合と仲良くしている王女が会って欲しいということで会うこととなった。武藤としてはエリクサーなんぞ数百本のうちの1本である。王女様に会うのに手ぶらはまずいかとおもい、適当なお土産として王女に何本かプレゼントしたのだ。

 

 ちなみにエリクサーは数年に1本出るか出ないかという貴重な迷宮産アイテムとして非常に人気が高い。普通は王に献上されるくらいの物である。それをいくら王族とはいえ継承権もない下っ端の王女に何本も渡したのだ。1本でも政治的な戦略兵器としても考えられそうなそれを複数本である。どうみてもその王女が欲しい、とプロポーズしている以外に見えない。

 

 そうなると送られた王女の方が大変である。これから魔王を倒すといわれている勇者(代理)が懸想している(と思われる)のだ。今まで王女としての扱いすら殆どされなかった王女は一気にその価値が押しあがった。一人しかつけられなかった侍女が数十人規模でつき、王族としての教育もよりレベルの高いものとなった。それにより王女はその眠らせていた才能を次第に開花させていった。


 適当な派閥貴族に政略結婚として嫁がされる未来が、ある日突然覆ったのである。その後、武藤が作った人脈も王女に紹介され、王女はより一層影響力を強めていった。武藤が魔王を倒すまでの間に、気が付けば次期国王を狙える3大派閥の長として数えられるようになっていた。

 

 ここまでくるともう武藤の影響も関係なく、武藤が帰った後に今更下っ端王女に戻そうとしても、もう戻せなくなっていた。真っ先に地盤固めを完璧にした王女の思惑通りである。

 

 そんな立場になっても王女は武藤への恩は忘れることはなく、気が付けば狂信ともいえる程の思いを武藤に抱くようになっていた。それは武藤が帰った後も続いていることを武藤は知る由もなかった。

 





(ってことは……やっぱり)


 武藤はエリクサーをしまい再び空間の穴へ手を突っ込むと、そこから多種多様な瓶が出てきた。


(よく確認してなかったけどいろんな種類があるな。毛生え薬に若返りの薬に解毒薬。耐性薬に筋力増強薬、妊娠薬に避妊薬。睡眠薬に麻痺薬、毒薬。豊胸薬に美肌薬、やせ薬に回復薬。それに透明化薬に覚醒薬? 快感薬?)


 もはや薬と呼ぶにはおかしいものまで混じっていた。


(覚醒薬は……飲むと一定時間運動や勉強の効果が跳ね上がるのか。潜在能力が解放されるかと思ったらトレーニングとか受験勉強用だな)


 ちなみに何故薬の効果がわかるかというと、瓶を持つだけでその効果が頭に浮かんでくるのである。どう考えても明らかに人の手で作られていないやばい代物だ。

 

(透明化薬は……姿が消えるわけじゃないのか)


 透明化薬は一定時間周りが認識しづらい状態になるだけであり、姿が実際に消えるわけではない。だが所謂透明になる薬と違い服を脱ぐ必要がないとう利点がある。その分、カメラには映るし、武藤のように気配に敏感なものなら普通に気づけてしまうというリスクはある。


(水にそういう魔法を込めたらこの薬達作れるんじゃないか?)


 武藤は毛生え薬をじっくりと調べてみるが、その成分はよくわからない。だが、魔法が使われていることだけはわかる。


(試すのには危ない薬が多すぎる。一番安全そうな毛生え薬を作ってみて誰かで実験してみたいな)


 武藤は知り合いに毛が薄い人物を思い浮かべようとしたが、誰一人思い浮かばなかった。

 

(社長に頼んでみるか)


 考え方がどうみてもマッドサイエンティストのそれであるが、そもそも武藤はこの薬の効果の殆どを全く同じではないが似たようなことを魔法で再現できてしまう為、武藤にとって薬を作れるかどうかは完全な趣味なのである。

 それをしてしまうことがどんな結果につながるのか深く考えもせず、己の欲のまま行動するのがマッドサイエンティストの気質だが、武藤は罪もないあかの他人を無駄に傷つけるようなことを考えないだけまだましな部類なのである。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る