第66話 恋人の権利

「ご主人様これはどうですか?」


「……いいんじゃないかな」


 関谷姉弟が武藤宅へくるようになった最初の土曜日。武藤は約束通り恋人達といつものショッピングモールへとデートに来ていた。そして現在、下着売り場にで真由が下着を武藤に選んでもらっているところである。むろんその場に男は武藤一人だ。

 

「やっぱり大きいのはかわいいのがないね」


「やっぱり遠出して専門店に行った方がいいかも」


「通販だとはずれた時悲惨だからねえ」


「高いからやっぱり直接確かめたいよね」


 3人寄れば姦しいと言われる女性が5人である。それはもう騒がしいどころではない。が、武藤は一言も文句を言うこともなく黙って会話を聞き続けていた。

 

「じゃあダーリンいこっか」


「え?」


 あまり理解できない会話が続いていたため、他ごとを考えていた武藤は急に話を振られ混乱する。そして言われるがままに連行され気が付けば都心部に近い場所まで連れて来られていた。

 

「ここなら絶対いいのあるっしょ」


 連れてこられたのはこの地方最大の都市にある一番大きな駅の目の前にあるビルである。50階を超えるビルの地上から10階付近までは超高級店も入っている巨大な百貨店になっている。

 

 その中に婦人肌着売り場を集めた階があった。恐らく武藤には一生縁がない場所である。が、現在武藤は若い女性がにぎわうその階において、ただ一人存在する男になっていた。

 

(なんていう居たたまれなさだ)


 メガネにマスク姿の武藤は周りの視線を独り占めしていた。それもそのはず。女性の下着ばかり売っている場所にただ一人男がいるのである。通報されてもおかしくないくらいには怪しい存在だ。唯一の救いは周りに親しい女性たちがいたことである。

 

「ねえダーリンこれどう?」


 そういって美紀は服の上からブラジャーを自身の胸に当てる。黒い大人っぽいそれは非常に煽情的で美紀にとても似合っていた。

 

「……いいんじゃないかな」


 武藤は興味なさげに答えるが、一瞬の間があったことで彼女である美紀は、すぐに武藤の好みであると正確に見抜いていた。

 

「じゃあこれセットで買っちゃおっと」


「あっまって美紀」


「ん?」


「今日のは全部俺が払うから全員分まとめておいて」


「え? いいの?」


「好きなだけ選んでいいよ」


「でも悪いよ。自分の下着なんだし」


「でも見るのも脱がすのも男は俺だけだろ?」

 

「!? あはっ確かにそうだね。それじゃここはダーリンのお言葉にあまえようかな。みんなに言ってくるね!!」


 そういって美紀は駆け出し、他を見て回っている百合達の元へと走っていった。

 

「こんなところに一人取り残されても困るんだが……」


 非常に居心地の悪い視線と空気にさらされながらも、武藤は恋人達がどんな下着を選ぶのか楽しみにその場で空気になるのだった。

 

 

 

 

(女性ものの下着って高いんだな。まさか普通に30万を超えてくるとは……)


 その後、同階にあるいろいろなお店をはしごして、気に入った下着を躊躇なく買いまくった結果、総額がものすごいことになっていた。


(ブラジャー1つで3万以上とかなにそれこわい)


 自身は3枚1000円しないトランクスばかりの武藤としては信じられない値段だった。


(まあ彼女たちが喜んでくれているなら安いものだ)


 そうは思っているが、実際一番楽しみにしているのは武藤自身である。


「ありがとねダーリン。夜を楽しみにしててね!!」


 購入時に見ないようにして金だけ払った武藤は、みんながどういう下着を買ったのかまでは見ていない。レシートに記載された表記の値段だけで驚愕していた。

 

「誰が一番旦那様を誘惑できるか勝負ね!!」


「ふっ武くんの性癖は既に掌握済みだ。私の勝ちは決まったようなものだな」


「くっ胸の勝負じゃ勝ち目がない……」


 姦しい恋人達の会話を楽しそうに聞く武藤の両手には袋いっぱいに詰まった下着があった。恋人に荷物を持たせないようにするくらいには武藤は女性の扱いに長けているのだ。

 

 その後、下着以外にも服やら靴やらを買い込みまくった女性達は非常に満足げだった。もちろん稼いでいる美紀はしきりにお金を払いたがったが、武藤は頑なにそれを拒んだ。恋人を着飾るのは男の権利である……と。

 

 その言葉に渋々とだが全員納得し、武藤に言われるがまま大量に買い物をした。結果、とても全員でも持ちきれない程の荷物となった。

 

「あれ? ダーリン荷物は?」


「ちゃんと持ってるよ」


 凄まじい量の荷物のはずなのに持っていたはずの武藤は手ぶらである。

 

「?? どういうこと?」


「こういうこと」


 そういって武藤は階段の方へ向かうと扉の陰に隠れた瞬間、手には大きな袋を持っていた。

 

「え? そんなとこにおいてたの?」


「おいてないよ」


「?? どういうこと? わかんない」


「わからなくていいよ。持ってることだけわかってれば」


 これは武藤が開発した所謂アイテムボックスの魔法である。これは本人のすぐ傍にあるが、位相をずらしているといった感じで、その場にあるがその場にない。そんな魔法である。絶対座標ではなく、あくまで基準となる本人の傍にあるという認識だ。その為、移動しても問題はない。絶対座標にしてしまうと星の自転と公転においていかれしまい取り出すのがほぼ不可能になってしまう為だ。そもそも絶対座標じゃなくても移動したら使えない魔法だと倉庫くらいにしか使えないので、武藤にとってはあまり意味がないのだ。

 

「?? ダーリンがそういうならいいけど……」


 渋々とだが美紀は納得し、女性たちの買い物は続いた。

 

「もう一生分買い物したかも!!」


「ご主人様本当にいいんですか?」


「ダーリン本当にいいの? あーしもお金出すよ?」


「それは駄目。俺の楽しみを奪っちゃ駄目だ」


 傍から見れば完全にお金に群がる悪女達だが、実際には逆である。寧ろ女性陣は自分たちに武藤を依存させたいため、武藤が働きたくないでござるなんて言おうものなら喜んでヒモにする女達である。


 女性たちは物が欲しいのではなく、それを着ている自分を見てみたいと武藤が思っていることを正確に認識している。それをまた武藤も知っている為、寧ろ進んで買い物に付き合っているのだ。

 

「化粧品もいっぱい買ってもらっちゃったけど、私化粧なんてよくわからないよ」


 異世界では化粧品なんてなく常にすっぴん状態だったが、スキルの恩恵か百合は全く肌艶が衰えることがなかった。その為、化粧なんて殆どしたことがないのだ。それはこちらの世界に戻ってきてもそうで、百合も香苗も化粧とはまだ馴染みのない行為であった。

 

「大丈夫。あーしが教えてあげるし」


「百合はそのままでも十分だけどな」


「駄目よ!! お化粧は女の戦闘モードなんだから。外では常に戦い備えないと駄目なんだよ!!」


「お、おう」


 美紀の謎の気迫に押されて武藤はそう答えるしかなかった。男である武藤には理解できないのだ。

 

「お肌なんて手入れを怠ったらあっという間に駄目になっちゃうんだからね」


「魔法でいつでも戻せるけど」


「!? どういうこと!?」


 ギョロンという擬音が文字で現れそうなほどの視線が恋人達から一斉に武藤へとむけられた。

 

「肌年齢? みたいなのは魔法でいつでも赤ちゃんくらいまで戻せるよ?」


「!?」


 武藤の何気ないその一言で美紀どころか女性たち全員が固まった。

 

「そ、それは危険なこととかは?」


「? 何もないよ。実年齢も戻そうと思えば戻るかもしれないけど、やったことないからなあ」


「!?」

 

 女性たちは信じられないものを見た表情で固まっていた。


「そ、それやって見てもらってもいい?」


「お前に必要ないだろ」


「だってそんな神の魔法があるならやってもらいたいじゃん!!」


「神の魔法ておおげさな――」


「おおげさじゃない!!」


「!?」


 それは美紀だけではなく、女性たち全員が同時に叫んだ言葉だった。いきなり四方八方から叫ばれ武藤も驚く。

 

「そうだ。お母さんに試してもらえば!!」


「お前のお母さんはお姉さんて言っても通じるくらい若いだろうが」


 武藤は知らないが、美紀の母親は武藤の魔法で肉体年齢が実際に若がえっている。みずみずしい肌は大学生でも通じる程には若々しかった。

 

「そ、それじゃうちのママは?」


「洋子のお母さんも若いでしょ」


 化粧をした姿しかしらない武藤からすれば、洋子の母も十分若いと思っている。

 

「でもでも、どんな効果か知りたいし。ねっいいでしょ?」


 普段聞き分けのいい洋子がこんなにも熱心に言ってくるのは珍しい。

 

「まあ、いいけど」


 恋人にあまい武藤はあっさりと洋子の頼みに陥落した。

 

「よしっじゃあ直ぐに行きましょう!!」


「え? いますぐ!?」


 あっという間に猪瀬の車に乗せられ、武藤達一行は猪瀬家に連行されていくのだった。

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