第64話 努力
「ご主人様、こっちが弟の幸次です」
「は、初めまして。幸次です。姉がいつもお世話になってます」
翌日の夕方。真由と連れ立ってきたのは真由の弟である幸次だ。小学5年生にしては妙に礼儀正しいその姿に武藤は一人感心していた。
「武藤武だ。よろしく」
そういって武藤は幸次をリビングへと招き入れた。
「すっげえ!! なにこれ!?」
そこには古今東西、ありとあらゆるゲーム機とソフトが飾られていた。元々ほぼ全てのハードは父親がそろえていたので、それをおしゃれに飾ったのだ。
「こ、これはなに?」
「ジャガーだな。花札を作る会社の前にゲームの一時代を築いた老舗メーカーを壊滅に追いやった罪深いマシンだ」
「?? こっちは?」
「3DOだ。業績悪化で権利が超有名な家電メーカーに売却されたやつだ。出来そのものはよかったんだけどソフトが少ないわ、本体高いわ、洋ゲーばっかだわと人気はいまいちだった。しかも次世代ハード戦争真っただ中に出たからなあ」
まるで見てきたかのように武藤は語るが、3DOが撤退したころに武藤はまだ生まれていない。全て父親の受け売りである。
「すごい、見たこともないのがいっぱいある」
「本当はアーケード筐体も置きたいんだけど、さすがに家に置くものじゃないんだよなあ」
幼い頃から父親にゲームセンターに連れていかれていた武藤はアーケードであるあらゆるゲームを嗜んでいた。田舎の為、レトロなゲームが現役で置いてある場所が多々あり、それらを通い詰めてやりこんでいたこともある。
ちなみに基盤やコントロールボックス等は既に父親が買っていたため、家で一部アーケードゲームはプレイ可能である。だが武藤は筐体そのものが欲しいのだ。3画面のダライアスを部屋に置くの武藤の夢である。
「その……武藤さんは姉ちゃんの彼氏なんですか?」
「……なんでそう思ったの?」
「だって、そうでもなきゃこんな高いゲーム機ポンと渡すわけないから……」
「安心して。確かに彼氏だけどあげたのはそうなるより前だから」
「……なんで?」
「真由がいい子だってのもあるけど、真由から君がいい子だって聞いてたからね。友達の話題についていけないのは辛いでしょ。お姉ちゃんやお母さんに迷惑もかけずにいい子でがんばった君へのご褒美だと思えばいい」
「!? あ、ありがと」
そういって幸次は照れたように俯いた。
「あ、あの!!」
「なに?」
「に、兄ちゃんて呼んでいい?」
「ん? 別にいいけど」
真由と結婚したら義理の兄だし別にいいか。武藤はそんなことを考えながら即答で了承した。
「幸次はお兄ちゃん欲しいっていってたもんね」
そういって真由は武藤の腕に抱き着きながらしなだれかかる。
「でもそれだとお姉ちゃんがいっぱいになっちゃうなあ」
「?? どういうこと?」
「真由以外にも恋人がいっぱいいるから」
「えっ? 恋人って一人じゃないの?」
「責任が取れるなら一人じゃなくても問題ない……っていってた」
もちろん言ったのは香苗である。
「責任て?」
「生涯愛し続けることができて、尚且つ子供が生まれたとしても生活に困らない程度に養えることかな」
「じゃあお金持ちじゃないと無理じゃない?」
「そうだよ。お金持ちだけに許されることだよ」
武藤は躊躇なくそう答えた。
「別にお金が無くても付き合うこともできるし、結婚することもできる。でもどうやって生活するの? ってなるとやはりお金の存在が関わってくる。現代社会でお金のない生活はほぼ無理だからね。今の世はお金に縛られてるんだよ」
身もふたもない話を聞いて幸次は絶句する。
「じゃあお金がない人はどうすればいいの?」
「自分で稼げばいい」
「どうやって稼ぐの?」
「やり方は人それぞれだよ。宝くじで当てるもいいし、地道に働くのもいい。犯罪でなければ別にどんな手段だっていいんだ。結局自分は自分の持っているもので勝負するしかない。だからしゃべりがうまかったら動画配信者になったりアナウンサーになったり、サッカーが上手ければプロサッカー選手になってもいい。成れるように努力することが大事だからまずは明確な目標を探すことから始めるといい」
「目標?」
「サッカー選手でもプロゲーマーでも公務員でもいい。とにかくなんでもいいから目標を持つ。すると今度はそれに対して何をすればいいのかがわかるから、まずはそこからだね。幸次は将来何になりたい?」
「何? ……わかんない」
「まあ、普通はそうだろうね。俺だってわからん。この年でそんな明確に目標持ってるやつなんてそうはいないよ。それに目標があって努力をしても報われるとは限らないし。というか報われる奴の方が少ない」
「そうなの?」
「そうだな。例えば高校野球やってる人がみんなプロになりたいって思ってたとする。高校球児は全国で凡そ13万人近くいるって言われてる。それが全員プロになれるかって言われてもなりようがない。どうしてかわかる?
「余っちゃう?」
「そう。受け皿がないんだよ。日本は全部で12球団しかない。控えや2軍、3軍を入れたとしても13万人なんてどうやっても無理だ。だから甲子園で活躍したりしてる優秀な人から引っ張っていくんだ。それはつまりどんなに努力をしても大半の人はプロになれない」
「そういう人はどうするの?」
「諦めずにしがみつくか、きっぱり諦めて違う道に進むと思うよ」
「諦められるの?」
「努力した分だけ簡単にあきらめきれないから、余計にしがみつくんだろうね」
そうはいっても武藤にはそんな経験はないので、諦めた人たちの気持ちはわからなかった。何せ武藤は
だが武藤は油断をしない。今でも魔法的に負荷をかけてトレーニング続けているし、魔法もオーラも欠かさずトレーニングしている。不慮の事故が起こった際、なまった体であーしておけばよかったと悔やみたくないからだ。故に武藤は常に全盛期であり、昨日の自分よりも強く、毎日が自身の最強の状態になるようにトレーニングをしているのだ。それは地球上の同年代どころか、全人類を通じてもトップクラスに努力をしているといっても過言ではない程である。
「でも努力が報われないってのはなんか辛いね」
「例えばさ、個人の種目って絶対最後まで勝てるのは一人じゃん? それって報われるの一人ってことじゃない?」
「それは……そうなのかな?」
「2位や3位でもすごいっていっても結局1位を1度も取れない場合って、それは努力が報われていると言えるのかどうかだね。言われないのなら報われるのは一つの大会で一人だけになるし、そうじゃないなら人の数だけ結果に対しての答えがあるってことになる」
「人の数だけ……」
「例えば万年1回戦負けの人が急に2位になったら努力は報われたって思わない?」
「思う」
「毎回2位になる人が、毎日寝る間も惜しんで練習して、それでも2位だった場合は?」
「それは……」
「努力したおかげで2位になれたって思うのか、あれだけ頑張ってもまた2位なのかって思うかは、結果だけ見てもわからないってこと。結局はその人本人の思いだけが正解ってことさ。だけど幸次は努力するなら後悔のないようにしたほうがいい」
「後悔?」
「やらなかった後悔はやった後悔よりもずっと重いんだ」
「どういうこと?」
「やるだけやった負けなら自分が納得できるけど、やらないで負けたらやらなかったことを後々までずっと後悔するってこと。それは別に勝負ごとに限らないけどね」
「??」
「例えば音楽に興味のある人が海外留学のチャンスを得た時に行くかどうか。行っても駄目だったときは自分で諦めもつくけど、行かないで駄目だった時にあの時行ってればって思うんだよ。例え結果が変わらなかったとしてもね。結局可能性があったことがわかるとそれにすがってしまうんだろうね」
もしかしたら? というIFの物語を想像するのが大体後悔につながるのである。
「まあそういう場合はお金も絡んでくるから一概に言えないんだけど」
「そっか。まだ目標は決まらないけど、後悔しないように努力するよ」
そういって武藤の言葉に素直に応える幸次の微笑ましい姿を見てて、真由も武藤も笑みをこぼすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます