第56話 真由

「やあ、武藤君。先週はありがとうね」


「……どうも」


 次の週の日曜日。今日は恋人達4人そろってのデートの予定だったが、何故か美紀達のギャルグループ最後の1人である関谷真由がその場にいた。

 

「ストーカーを撃退ってダーリンさすがっしょ!!」 

 

「聞いたよ旦那様。真由を助けたんだって? 真由も言ってくれればよかったのに」

 

「そんなこと言えるわけないでしょ。絶対巻き込んじゃうし……」


「巻き込んでよ!! 寧ろ親友としては相談してもらえない方がつらいよ」


「そうそう。ダーリンいなかったら危なったらしいじゃん。真由っちに何かあったら私ら絶対後悔してるし」


「美紀、洋子……ありがと」


 そういって真由は俯いた。目をこすっているので泣いているのだろうと武藤は判断する。

 

「これ」


 そういって武藤はハンカチを差し出した。鈍感な割に気が利く男なのだ。

 

「あっありがとね、武藤君」


 百合に匹敵する美少女に満面の笑顔でお礼を言われても武藤の心は揺らぐこともなかった。恋人とそれ以外の線引きがきっちりしているのである。

 

「……で、武? 何の話なのかな?」


「私も聞いてないねえ、武くん?」


 武藤はストーカーの話は誰にも話していない。美紀達が知っているのは直接真由から聞いたからである。

 

「先週そこの関谷さんがストーカーに襲われて助けたってだけだよ」


「……それだけ?」


「そうだよ?」


「……百合、きっと武くんのことだから重要な情報が抜けているはず」


「ひどい」


 香苗の言葉に思わず武藤の口から声が漏れた。

 

「ははっ確かに重要な情報が抜けてるね」


 そういって涙を拭いた真由が先週あったことを詳しく語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

「武くん。ナイフで襲われたのをただ助けたの一言で済ませるのはどうかと思うよ?」 

 

「勘違いして真由の方から襲ったとか初めて聞いたんだけど? 真由?」


「にゃははっ言ってなかったっけ?」


「真由っちはちょくちょくそういうとこ抜けてるよねえ。追い込まれると喧嘩っ早いのも真由っちらしいし」


「ふぐっ!? そ、そんなことない……よ?」


「あるでしょ!! いきなり飛び蹴りするとか、おかしいでしょ!! ダーリンじゃなきゃ怪我してたかもしれないし」


「す、ストーカーなら怪我してもよくない?」


「関係ない一般人だったらどうするのよ? っていうか旦那様が強くなかったら無関係な一般人が大けがしてたってことでしょ? しかも相手が本物のストーカーだったとしても相手はナイフ持ってたんでしょ? アンタはもっと考えてから動きなさい!!」


「……はーい」


 親友二人に攻められ、渋々とだが真由は反省したようだ。

 

「でも武藤君超かっこよかったんだよ。ナイフを持った相手に全くひるむことなく立ち向かって……」


 そういって真由は両手を胸の前で組んで空を見上げ、その時の光景を思い出して意識が妄想の世界へと旅立っていった。

 

「へえ、ちょっと見てみたかったかも」


「確かにダーリンてばバスケは上手いイメージあるけど、なんか喧嘩とかしなさそうなイメージだからそういうの珍しいかもね」


「ふふふ」


「ん? どうしたんだい百合?」


「武はバスケなんかよりよっぽど喧嘩の方が強いし、むしろ本業って言ってもいいくらいよ」


「「「!?」」」


「喧嘩が本業って……武藤君、洋子の家の仕事でもしてるの?」


「いや、してるっていえばしてるけど、荒事とかはしてないはず……よね?」


「……」


「なんで黙ってるの!?」


 洋子の言葉に武藤は苦笑だけ返した。実は武藤はそれなりに荒事にも参加していたりするのだ。

 

「ゆ、百合っちは何か知ってるの?」


「もちろん。正妻ですから」


 百合が言っているのはもちろん異世界のことである。猪瀬組での荒事の件は知らない。というよりはかかわった猪瀬の社長達ごく一部にしかそのことは知られていないのである。

 

「そうだ武藤君。助けてもらったお礼をしたいんだけど何か欲しいものとかある?」


「関谷さんは美紀達の友達でしょ。お礼なんてもらえないよ」


「でも友達だって知ったのは助けて貰った後でしょ? 武藤君はそんなの関係なしに助けてくれたってことじゃん。だったら助けたのが偶々恋人の友達だったってだけなんだから、お礼は素直に貰っておくべきだと思うの」


「??」


 武藤は真由が言っていることが理解できなかった。そもそもお礼の為に助けたわけではないからだ。

 

「まあまあ、ダーリンは深く考えなくていいの。今日真由っちにおごってもらうってことでいいんじゃない?」


「そんなことでお礼になんてなるの?」


「お金貯めてる真由からしたらかなりのことでしょ?」


「それはそうだけど……」


 美紀と洋子の言葉に真由は渋々と納得する。


「お金貯めてるって何か欲しいものでもあるの?」


「うちは母子家庭だからさ。そんなに裕福じゃないんだ。だから弟の修学旅行とか部活に掛かるお金の足しにしたいかなあって。後、自分のものくらいは自分で稼いで買いたいし」


 真由の家は父親が事故で亡くなり、シングルマザーとして母親が一人で姉弟二人を育てている。


「普段の生活に困窮してる訳じゃないんだけど、余裕があるわけじゃないから。いつも弟には我慢させちゃってるからね」


 小学5年生にして、はやりのゲームもスマホも持っていないが、文句ひとつ言わないできた弟らしい。ゲームなんかは弟の方が遠慮する為に買ってあげられてないが、せめて修学旅行くらいはいかせてやりたいという姉の思いからバイトをしているそうだ。

 

「授業料は掛からなくても給食費や修学旅行費、部活に掛かるお金とか、学校って結構お金がかかるんだよね」


 近年、学費が無償化されたといっても基本的に無償化されたのは学費と呼ばれるものの中でも授業料だけである。

 

「そうか。関谷さんはすごいな」


「そう?」


「ああ。未成年でも家族の為に働けるってすごいことだと思う」


「へへっありがとっ」


 そういって照れて笑う関谷を武藤は好ましく思った。この歳で家族の為に働けるというのはなかなかないことである。

 

「そういえばゲーム機あまってるけどいる?」


「……え?」


「前クレーンゲームでロッカーのカギを取るやつで取れたんだ。もう持ってるから1台あまってるんだけど」


「ほんとに!? あっでも悪いよ。使わなかったら別に売ればいいんだし……」

 

「俺はどんなにつまらないソフトでも使わない本体でもゲームは売らないんだ」


「……なんで?」


「いつかやりたくなるかもしれないから。売っちゃうともう手に入らなくてやれなくなっちゃうかもしれないでしょ? だからあげるけどいらなくなったら売らないで返して欲しい」


「……ありがとう、武藤君」


「ちなみにソフトも何本か被って買ってるからそれもあげるね」


「なんで被ってるの!?」


「通販予約してたのに店舗で見た時になんかそのお店専用の特典がついてて……」


 武藤は店舗特典等は特に調べない為、まずネットで予約をする。その後、偶々ゲームショップに行ったときに忘れて衝動で買ってしまうことが多々あるのだ。

 

「いやあ、あんまり発売まで間が長いとネットで注文したのすぐ忘れちゃうんだよねえ」


「確かに予約から発売が長いとそういうこともあるのかもしれないけど……本当にいいの?」


「がんばってる弟さんにご褒美ってことで」


「ありがとう武藤君!!」


 そういって真由は武藤に抱き着いてきた。

 

「ああっ!? 真由っちずるい!! 私も!!」


「あっこら美紀!!」


 正面から抱き着く真由に嫉妬し、美紀が武藤の左から、洋子が右からそれぞれ抱き着いた。美少女女子高生3人に抱き着かれる武藤はそれはもう目立っていた。

 

「はいはい、そこまで。こんなとこで目立つマネしないの」


「さすがは百合。正妻の貫禄だな」


 はっちゃける女子高生3人に対し、中学生2人の方が余程落ち着いて貫禄があるのは、恋人になった時間の長さ故なのか、はたまた本人の持つ資質と性格か。

 

「「はーい」」


「……あの美紀と洋子がこんなに素直に従うなんて……百合ちゃんてすごいね」


 美紀と洋子は年上にもかかわらず百合の指示に素直に従う。それは百合を正妻と認めているからでもあるが、百合が間違ったことを言っておらず、なによりも武藤を優先していることを理解している為だ。そして側室にあたる自分達を排除するようなこともなく認めてくれており、積極的に武藤に対して後押ししてくれた恩人でもあり、さらに性の師匠でもあるのだ。絶対に逆らえない存在でありながら、なんでも話せる親友でもあり、師匠でもある百合の存在は武藤の恋人たちにとってもかけがえのない存在となっていた。


「あのってなによあのって!!」


「真由、ちょっとお話しようか」


「ちょっ!?」


 口が滑った真由は美紀達二人に攻められることとなった。いつも通りのじゃれあいに自然とみんなの頬が緩む。そんな美少女達のごく自然な光景を見て、武藤もマスクの下で笑みが零れるのだった。

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