第24話 全中地区予選決勝1

「はい、武。あーん」


「武君こっちのも食べてくれ」


「……自分で食べれるんだが」


 準決勝が終わり昼休憩に入ると、観覧席では武藤を挟む二人からの猛攻撃が始まった。左の百合からはおにぎり。おかかとツナマヨというスタンダードな具は武の好みを聞いた百合の事前調査の結果である。右の香苗はサンドイッチ。卵が好きと聞いていたので卵サンドにしてある。


「どう? 美味しい?」


「初めて作ったんだがどうだろうか?」


「いや、どちらも美味しいけどさ……」


 片方づつ食べればの話である。何故かおにぎりとサンドイッチを交互に食べるという人生で初めての事態に武藤の味覚は混乱していた。


「お前!! こんな美少女達の手料理を!!」


「食べさせて貰っておいてなんだその言い草は!!」


 確かに幼馴染二人の言う通りではあるが、せめて普通に食わせてほしかったと思うのは武藤の贅沢な悩みである。




 そして昼休憩が終わり、決勝戦が始まった。


「お前等、ついに決勝だ。あのくそじ――西中の顧問からも「まさか東中が出て来るとは思いませんでしたよ。今日傘持ってきてないんですがどうしましょう?」とか煽られたんだがあの糞爺ぶっころ……がす!!」


「最初は爺というのを我慢したくせに結局最終的には我慢できずに爺呼ばわりしている件について」


「いや、でも殺すだけは我慢して転がすってなんとか言い直したのは成長だと思うぞ」


 東中の面々は、試合そっちのけで顧問の言動について討論をしていた。


「武藤頼む!! あの爺をぎゃふんと言わせてくれ!!」


「ぎゃふん」


「お前がいうんかーい!!」


「ぎゃふんて何なの? 俺初めて聞いたんだけど」


「俺だって初めていったよ。意味わからんけど」


 決勝の直前だというのに結局バスケのことには一切触れない東中はある意味平常運転だった。




 そして試合が始まる。


「野田!!」


 ジャンプボールを奪ったのは西中センターの佐々岡。すぐにキャプテンである野田にボールが渡る。ゆったりとしたドリブルは王者の貫禄すら出ている。


「やな!!」


 野田は武藤が対峙するより早く、素早くSGである柳にパスを出す。さすがに武藤もマークに付くよりもかなり遠くでパスを出せれたら追いつけない。柳にパスが通ると柳は普通に対峙する奥田をまるで無視するかのように3Pシュートを放った。


「!?」


 なんの躊躇もなく放たれたそれは綺麗にリングを通り、まずは西中の先制となった。実は東中が今大会で初めて許した先制点である。


「なるほど。ミスマッチか」


 身長が160cmの奥田と175cmはありそうな柳ではその身長差から奥田が抑えるのはきついだろう。武藤並の身体能力があれば別であるが。


 西中は全員170cmを超えており、全体的に背が高めである。つまり170cmに届いていない下村と奥田はどうやっても狙われる可能性が高いのだ。


(さてどうす――!?)


 試合が再開し、武藤にボールが渡るとすぐさま二人がマッチアップした。


「ダブルチーム!?」


 それは北岡中がやってきた武藤対策であった。


「認めてやるよ初心者。お前は天才だ。一人では俺達の誰もお前に勝てないだろう。だけどこれはバスケットボールなんだ。お前に勝てないのなら勝てるところで勝負するだけだ」


 そういってキャプテンの野田とSGの柳が武藤へと付いた。その瞳には試合前に遭遇した時にあった驕りも蔑みもなく、ただ只管に勝ちたいという執念のみを宿していた。


「おもしろい。それでこそ王者だ」


 武藤は不敵に笑った。そんなことで勝てるものかという侮りではない。どんなに力量差があろうとも真剣に勝ちに来る王者の姿に嬉しくなったのだ。その姿にかつて勝ち目がないとまで言われた魔王に挑む自分の姿が重なって見えた。


「!?」


 ほんの一瞬だった。ドリブルをやめて後ろを振り向いたと思った瞬間。歓声が上がった。


 二人がそれに気が付いて自軍を振り向いたときには既に石川原がゴールを決めていた場面だった。


「な、何が起こった?」


 野田と柳はお互いを見るが二人とも何が起こったのかわかっていなかった。


「パスだ」


「え?」


「お前達二人の視線が外れた瞬間に背中からパスを出してた。あいつはボールを持ったふりをしていただけだ」


「……嘘だろ」


 あまりのことにマークについていた二人は驚愕した。急にドリブルをやめて後ろを振り向いたと思ったら既にボールはなかった。パスの瞬間すら見えなかったのだ。これでは抑えようがない。


「少し間合いを取った方が……いや、ピッタリくっつくくらいでいい。それでボールがあるかはわかるはずだ。スタミナが持つ限り抑えるぞ!!」


「おう!!」


 野田の指示に柳が答える。それを聞いて武藤も嬉しくなった。ある程度手を抜いた北岡中ですら、武藤のマークに付いた相手は最終的には諦めモードになっていたからだ。力量差のある相手に諦めずに向かってる相手に、武藤は試合前のいざこざを忘れて純粋に試合を楽しみだした。


 そこからは一進一退の攻防だった。西中は攻撃時には徹底的に武藤を避け、ミスマッチを利用して確実に点を取りにくる。対する東中はダブルチームを意に介さず、圧倒的なプレイで西中ディフェンスを翻弄する武藤の活躍で点を取り続ける。それは今大会でお互いが初めて見せた接戦であった。


 第1クォーターが終わりスコアは13-12と西中リードであった。




「野田、柳。あいつはどうだ?」


「はあ、はあ、化け物……です」


「はあ、はあ、はあ、マジやべえっす」


 情報としては何一つ増えていないのだが、試合を見ていた者にとっては何よりもわかりやすい説明だった。


(我々のチームはレギュラーだけでなく補欠まで含めて、1試合を走り切れるスタミナを保持できる練習をしてきてある。その中でもトップ2の野田と柳が、たった8分間でこれほどまでに消耗するとは……これは総力戦になる)


 西中バスケ部顧問、室井はここで思考を切り替えた。負けてもブロック大会には行ける。ならばどうするか? 怪物の情報収集である。来るべき時に勝てればいい。この試合は暴けるだけ暴いてやろう。但しこちらも全力で挑まなければならない。何故ならそれによって現時点での力量差がわかるからだ。


(攻めも守りも柱となっているキャプテンの野田は変えられない。得点源ポイントゲッターである柳もだ。ならば他をあの怪物のディフェンスに回すか……)


 情報収集に切り替えたと言え、室井は負けるつもりは毛頭ない。


「森崎、菅野。第2Qからはお前らがあいつに付け」


「「はい」」


「攻めは今のままでいい。ディフェンスだがあいつはアウトサイドがないから外が打てる4番と6番に注意を払え。外とリバウンドさえ抑えれば勝てる」


 ここまで武藤は3Pを封印していた。それをやってしまうと技量も何も関係ない、一方的な蹂躙にしかならないからである。試合前はそれをしようと思っていたのだが、試合の楽しさに武藤はそれを忘れてしまっていた。


「ここまで比較的4番にボールが集まってる。10番と4番のラインを要注意だ」


「はいっ!!」


 そもそも中学バスケではゾーンディフェンスは禁止である。その為基本的にディフェンスはマンツーでつくしかない。にもかかわらず2人つけても意にも介さず突破される武藤はまさに中学では抑えようのない化物であった。


(全く……あんな化物どこに潜んでたんだ。ミニバスに一人だけ高校生が混じってるのと変わらんぞ……)


 あまりにも唐突な天才との遭遇に全国制覇経験もある名将、室井も頭を抱えた。


(1年の時から出会わなくて助かったと考えるべきか、現3年の最後の時に現れたことを嘆くべきか)


 名将をして中学であそこまでのスペックの選手は今までに見たことがなかった。敵チームではあるが、一人のバスケファンとしては、そのあまりの才能に興奮が抑えられない。


(俺が私立の名門にいたら、いくら積んででもスカウトしただろうな)


 勿論直接金銭を渡すのはアウトである。が、特待生制度やその他費用の免除などはその類にはならないのである。その為、名門と呼ばれる学校にはスポーツ特待生という制度が存在するのだ。


(まさか中学生のプレイを見てこんな気持ちになるとはな……まるで初めてNBAを見た時のような気分だ)


 冷静沈着。名将室井がよく言われる言葉だが、今日、今この瞬間の室井の内心はそれを全く感じさせないくらい、まるで初めて憧れの選手に出会えた少年のように心が揺れ動いているのだった。





「ムト、調子はどうだ?」


「絶好調だ。お前の言った通り野田ってやつは上手いな」


 武藤の動きにわずかばかりではあるが、野田は反応して動こうとしているのを武藤は感じ取っていた。


「あいつは小学生の頃から別格だったからな」


「なんで嬉しそうなんだよ」


 ライバルが褒められ嬉しそうにする石川原に武藤も苦笑する。


「このままいくとうちは負けるぞ」


 武藤のその言葉に緩んでいた空気がピリッと引き締まる。


「……3Pの差か」


 ここまで石川原も奥田もまだ3Pを決めていないのだ。だが西中はたった1本とはいえ決めている。それが差となって現れると武藤は指摘しているのだ。


「西中の得点源は主に野田と柳の二人。だがこの試合野田は完璧にムトに抑えられていて無得点だ。となれば後は柳を如何に抑えるかだが……」


 武藤を野田のマークから外してしまうと、もっと大量に離されていた可能性が高い。何故ならキャプテンでもあり得点も取れるエースが自由になるのだ。攻撃にも守備にもいいリズムが作られてしまう。そうなると西中の必勝パターンである。


「ムト。俺にやらせてくれないか?」


 石川原のその言葉は圧倒的に主語が足りなかったが、それだけで何を言っているのかはチームメイトは理解していた。


「やれるのか?」


「やってみせる」


 武藤はその言葉に石川原の覚悟を感じ取り了承した。キャプテンの野田へ石川原が付くことを。

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