第174話 レディ・ラング


(別視点:フロス)



 ロウ族とコウ族には獣族女性を土産に渡して帰ってもらった。土産と言うと生々しく聞こえるが、運動会で出来上がったツガイの雌雄が村から出ていっただけだ。


 ああした盛り場を設けることで部族王には一定の求心力が生まれるらしい。甚だ迷惑な戦略だが、事前に集めた情報の中には無かった。


「…………」


 シキとアニェスの2人に狙いが集中したおかげで深刻な被害を出さずに済んだものの、問題は他所者の熱気に当てられたラング村の獣族までもが便乗したことだろう。


「フロス様。私は大丈夫ですから、気に病まないでください」

「いや……僕の見立てが甘かったんだ……」


 リュカ個人の貞操がどうのという次元の話ではないのだが、ここは真摯に反省しておかなければならない。実際のところ、僕は獣族を甘く見ていた。


 アレが獣族の本質だとすれば、そのポテンシャルは他種族を併呑しかねない爆弾になり得る。


「…………」


 妖精族の対極にあるような獣族の生態。


 生殖能力を持たない僕らに直接的な害は無いとしても、極めて危険と言わざるを得ない。


 数は力だと知った。知識もまた然り。しかし、焦る必要は無いとも思った。


 僕らには時間があるのだから、本来ならその優位性はMPだけに留まらない。シキのような知恵は無くとも、学び育む力は他のどの種族より勝っているはずだと、とても長い目で先を見据えていた。


 妖月の子を拾い集め、育て上げ、知識を授け、継続的に学ばせ続ければ、いずれシキにも追いつける。


 そして、その頃には彼女も亡くなっている。長寿に裏打ちされた知識の牙城を崩せる者はいなくなるだろう。


 それが僕の目指す遠い未来の在り方だったが、しかし、獣族の本能は知識なんか足蹴にして腰を振るのだ。バカバカしい事だと思うが無視はできない。


 そんな彼らの在り方を、僕は恐れているのだから。


 少しずつ、少しずつ個体数を増やして……それで間に合うのか?


「何か対策を考えなきゃね……」

「対策ですか? えっと……無理じゃないですか?」

「はは……妙案が浮かんだら教えてほしい……。今日はもう休んでいいよ……?」


 お茶を給仕してくれたリュカを下がらせ、執務室で1人、頭の中に盤面を描いて策を練る。


 妙案など無い。対策なんか1つしかない。結論は既に出ていて、あとはどのように状況を導くかだ。


「…………」


 幸いなことに、いつも盤のど真ん中に居座っている巨大な駒の意識は西の海へ向いている。


 僕の細腕で動かすには重すぎる駒の動きに注意を払い、その周りに他の駒を並べていくと――、


「――」


 不意に、この機を逃してはならないと悟った。


 これ以上大きくなってからでは手が付けられなくなる。整えるなら今を置いて他に無い。


「完成は5日後……すぐに出航するだろうから……」


 惜しい駒は同じ船に乗せてしまおう。きっと喜んで働いてくれるに違いなく、シキの作る新しい船を実地で学び、見識を持ち帰る人材は絶対に必要だ。


 強い駒はありったけの装備と一緒に豊かの海の備えに回して……それでも護りが固すぎるか? もし狼鳥連合が出しゃばってきたら……はぁ……今は好きにさせるしかない。


 どれほど練り上げて策を弄したところで、現実には為るようにしかならないことを今回の一件で学んだ。そういう意味でも強い駒には残ってもらった方がいい。


 地政学的な事情から亜人族に手伝ってもらうことになるだろうが、ちょうどいい駒が手元にある今ならやり様はある。


 ただし、アニェスの意向は知っておく必要があるだろう。真っ向から対立したら捻り潰されるだけだが、おそらくそうはならない。


 そもそも僕らや獣族の事なんか眼中に無いし、シキがイニェスを連れてきてからはそちらに目が行っている。先回りされる心配は無いと考えていい。


「うん……こんなところかな……」


 僕には僕の負うべき責任があり、6種族の中で特に異質な同胞が数を増やして生きていくためには、何よりもバランスが大切だ。


「あっ……。『正義』のレベルが上がった……」


 この凍てついた思考を『正義』と呼ぶのなら、この世に正義など存在しないのではないだろうか。



**********



 レヴィアタン級潜水艦一番艦『レディ・ラング』が完工を迎えた。


「「「かっけぇえええ〜っ!」」」


 全長222m、全幅45m(潜舵を除く)、排水量32500t/48000t(水上/水中)を誇る大型の艦体は元祖リッヴァイアサンに負けずとも劣らない威容を見せている。


 主機に大型サレンリアクター3基を搭載し、シキ粒子の擬似超伝導を活かした電磁流体制御システムにより、この艦には通常の推進機関やプロペラが存在しない。


 したがって、限りなく無音に近い航行が可能となっている。その最大速力は55knotにもなる上、理論上はあらゆる方向に並行移動できるという船にあるまじき機動性を備えるに至った。


「族長! これホントに潜れるのか!?」

「深度1000mまでなら潜れるよ」

「スゴい! まるでリッヴァイアサンだ!」

「勝てる! これなら勝てる気がする!」

「元祖のスペックはよくわからないからね。治癒スキルを加味すれば向こうに軍配が上がるだろう」


 もちろん正面からまともにやり合えばの話だ。潜水艦なのだから魚雷くらい積んであるし、おそらく使うまでもない。


「ここが艦橋……かっけぇ〜」

「床下に水底が見えてるんですけど?」

「スゴいなんてもんじゃねぇ……オレたちに見せていいのか?」

「キミたちが作ったものなんだから完成品を見る権利はあるさ」

「ガワだけな。中身がヤバいんだよ」


 ダンゴムシの感音モジュールと全天周囲モニターを組み合わせ、艦橋を囲った有視界ソナーが秀逸だった。おかげで無明の深海でも視覚的に操舵できる。


 さすがわたし。温め続けたアイデアが形になると気分がいいね。


 通常のソナーと同じようにアクティブ・パッシブの2種類があり、アクティブは周波数を下げるほど探知距離が伸びて、最大1000km以上にもなるが、代わりに解像度が落ちる。


 パッシブの探知距離は数メートルから数100kmと大きなブレがあり、精度に応じて映像の焦点距離と被写界深度に反映される。自ら動いて音を発する物体を見つけるには非常に有効だが、地形などの動かないものはパッシブだけでは捉えきれない。


 水質や周囲の状況、探したい対象によって使い分ける必要はあるものの、大型の海洋生物を想定するならパッシブだけで事足りるだろう。


 もしリッヴァイアサンを見つけたら、見つかる前に迂回すればいいだけだ。


「イザという時の切り札もあるし、何の問題も無いさ」

「「「それは一体!?」」」

「場合によっては中の人間が挽き肉になる。可能なら温存したい奥の手だよ」

「「「永遠に温存しといてください!」」」

「失敬な。もちろんそうならないように対策はしてある」


 脳内で創意工夫と試行錯誤を重ね尽くし、わたしの技術の粋を凝らして限界までコンパクトに設計したのに、それでもこれほどの大型艦にせざるを得なかった理由でもある。


 お披露目したいな。リッヴァイアサン襲ってこないかな。できることなら生身で実験……もとい体験してみて欲しいな……あはっ。


 すぐにでも出港したいところだが、フロスの頼みでレディ・ラングの進水式が行われることになった。


 ラング艦隊司令長官というド派手なポストにアニェス様を迎え、あるかもしれないヤマト国との戦争に備えて再編されたラング村海軍は精鋭揃いでめちゃんこ強い。


 全艦艇を揃えた観艦式も同時開催し、新造艦の勇姿と併せて士気高揚を図る狙いがあるらしいけど、わたしには今一つ意義が見出せなかった。


 フロスの発案にしては乱暴というか安直というか、とにかく彼に似合わない気がする。


 潜航中はわたしと連絡が取れなくなるので、ラング村に限り、デフコン発令の権限を貸してほしいとも言ってきた。


 あれはマッシーとマッツンとラッシーが合議して決めているのであって、わたし個人が何をしているわけでもないと説明したのだが、彼は頑として譲らなかった。


 強引にドライを大量購入した帝国が俺の国に求めている緩和策と似たようなもので、やはりフロスらしくないと思ったものの、彼が言うには、わたしが居ない状況でSHIKIシリーズに決定を委ねたくないのだとか。


 ラッシーは上手く活用しているのにと不思議に思いつつ、確かにSHIKIシリーズに頼りきるのも良いとは言えない。


 というわけで、フロスには拒否権をあげることにした。


 3機の高性能SHIKIの決定に異議を唱えてデフコン発令を差し止めたり、逆に要求したりできる裏コードだ。


 わたしが施したセーフティーを外せる鍵のようなものだが、念のためアニェス様にも同じ裏コードを渡しておくことにする。


 まさかフロスとの間でこんな腹の探り合いみたいなことが起こるとは思っていなかったが、何となく楽しい気分になれた。



**********



(別視点:ラフレシア2世)



 もうのう……どの子が何世やらわからんのう。


「「「「「「「「「「「「わぁ〜」」」」」」」」」」」」

「こりゃこりゃ。待たんかこりゃ」


 12人も一片に育てたことなんかありゃせんしのう。本当にあっちゅう間に育つしのう。


 この子らは今年……いくつんなった? 一瞬じゃて、ようわからんのう。


「どこ行くどこ行く。こりゃいかん……バラけてしもうた」


 元気なのはええ事じゃ。ええ事じゃがのう……暗季は妙に元気じゃて。


 日向ぼっこすれば大人しゅうなるんじゃが……肉食うとるからかの?


「――ウィンド〜」

「「「「「「「「「「「きゃあ〜」」」」」」」」」」」


 魔法でポイポイっと幼児籠ん中へ放り込んで。


「ひぃふぅ……ひぃふぅみぃ……よぉ……いつ……むぅ…………わからんのう〜」


 全部で12人じゃもん。見た目なぁんも変わらんしのう。


「ほれほれ。大人しゅうせい」


 マジックでおでこに1、2、3と書いて。


 5、6……ありゃ? 4どこ行った?


「きゅう〜。じゅう〜。じゅう〜い〜ち〜……ありゃりゃ? もっぺん数え直しじゃ」


 何べん数えても11人じゃ。ヤンチャなのがようけ居るからのう。


「どっち行った?」

「「「「「「「「「「「あっち〜」」」」」」」」」」」

「こっちか?」

「「「「「「「「「「「あっち〜」」」」」」」」」」」

「そっちか?」

「「「「「「「「「「「あっち〜」」」」」」」」」」」

「どっちじゃ?」


 なんかようわからんが、遠くまで行ってしもうたようじゃ。


「――ホバ〜」

「「「「「「「「「「「きゃあ〜」」」」」」」」」」」


 シキちゃんにもろたコレ便利じゃのう〜。歩かんでええし。


「「「「「「「「「「「もっとあっち〜」」」」」」」」」」」

「もっとか? ありゃ〜、山越えちゃって〜」


 同い年の子らは変な感じで繋がっとるみたいでのう。ワシも3世もひとりっ子だで、ようわからんがの。


「ひゃ〜、もうすぐ海じゃ〜」

「「「「「「「「「「「うみ〜」」」」」」」」」」」


 こりゃいかん。塩っぽいのは体に悪い。


「いいか? ここで待っとるんじゃぞ?」

「「「「「「「「「「「は〜い」」」」」」」」」」」


 早いとこ探してやらんとマズいんで、一度戻って、子らを壁の内側に戻して、もう一回ホバーで海際へ……めんどくさいけど楽しいのう〜。


「やや? おったおった」


 少しばかり萎れて並んだ妖月モンの隙間に緑色のちんまいのが見え……あ。逃げよった。


 何から逃げとるんじゃ? しゃ〜ない子じゃのう〜。



**********



(別視点:イニェス)



 冒険だ! ウネウネが襲ってきた!


「ドッカーン!」


 ウネウネを倒した! 『戦車』がレベルアップ!


「ニャハハ!」


 ウネウネはまだまだ沢山いる。母上に見つかる前にいっぱい倒してレベル上げしよう。


 母上はカイグンの偉い人になったらしい。シキちゃんはスゴい船を作ったらしい。お見送りのついでにカンカン式をやるらしい。


 母上に『イニェスも見よ』って言われたけど、船が並んで浮いてるだけで見ててもつまらない。


 だから、ヨーゲツモンに大砲の弾を投げつけて遊ぶことにした。


「ニャ?」

「……」


 次に狙いをつけたヨーゲツモンに緑の小さいのが抱きついてプルプル震えている。


「あっ! 逃げた!」


 何かわからないけど鬼ごっこなら得意だ。


「ニャ!? 邪魔するなウネウネっ! ドッカーン!」


 大砲の弾は強いけど爆発すると変な臭いがして鼻が効かなくなる。おかげで鬼ごっこが隠れんぼになった。隠れんぼも得意だ。


「見つけた! 待てぇ〜!」


 緑の小さいのは結構すばしっこくて、なぜだかヨーゲツモンに狙われない。ズルい。


「イニェスから逃げられると思うな!」


 臭いが邪魔だから大砲の弾はその辺に捨てた。ウネウネを避けながら緑の小さいのを追い掛けていると――、


「なんじゃ?」


 どっかで見たことのある緑のおじいさんが現れた。座ったままフヨフヨ浮いて動いてる。


「誰じゃったかのう?」

「イニェスだよ!」

「いにゃ……いにぇ……なんじゃて?」

「イニェス!」

「イニャス。そうじゃったイニャスじゃった。大きゅうなったのう? いくつんなった?」


 両手の指を折って数えて教えてあげた。


「10さい!」

「ほうかほうか」


 緑のおじいさんはうんうんと頷いている。


「……はて? ワシゃなんでこんなとこに居るんじゃっけ?」

「知らない!」

「ステ見てぇ〜……意味ないのう〜」


 このおじいさん変だ! 面白い!


「イニェスと遊ぼ!」

「遊ぶて……遊んどる場合じゃ……おお〜。思い出した。あの子を探しとったんじゃ」

「誰を探してるの?」

「何世かわからんが、ラフレシアホニャララ世じゃ」

「ラフェニャララ?」

「こう〜、緑色での〜。こう〜、ちんまいんじゃ」


 緑色でちんまい……あっ! 緑の小さいの!


「イニェス見たよ!」

「ほうかほうか。そりゃええ。どっち行った?」

「あっち! 匂いは覚えてるからついてきて!」


 ヨーゲツモンに魔法は効かないはずなのに、イニェスを襲ってくるウネウネが小さい『ウインドカッター』で細切れになっていく。


「スゴい!」

「ちぃと遅いのう〜。潮風で弱っとるからかのう〜」


 緑のおじいさんを仲間にした! おじいさんは大魔法使いだった!


 洞窟の奥からラフェニャララの匂いがする。さっきまで見張りの筋肉が立っていたのに今は誰もいない。


「冒険の匂いがする!」

「ここはアレじゃ。え〜……なんじゃったかのう?」

「しぃ〜! 静かに! こっそり行くの!」

「うるさい子じゃのう〜」


 こっそりと奥へ進むと、でっかい変な形の船が浮いていた。


「ニャンだアレ!?」

「うるさい子じゃのう〜」


 登りたいのをぐっと我慢して近づいてみれば、お尻に空いた穴を通って木箱を運ぶ大人たちが船の中へ消えていく。


「あの中に混ざってしもうたんかのう?」


 ラフェニャララの匂いはしないけど、冒険の匂いがする!


「行こ!」

「忙しない子じゃのう〜」


 普通に入ったら放り出されるに決まってる。大魔法使いと一緒に箱の中に隠れることにした。


 中身は乾かした果物! ラッキー!


「ニャハハハ……」

「……はて? ワシゃなんでこんなとこに居るんじゃっけ?」

「しぃ〜……だよ」

「しゅぃ〜……」


 食べながら待っていたら箱が動き出した! 冒険のはじまりだ!


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