第173話 不意打ち俺イジメ


(別視点:シグムント)



「……は?」


 当てつけのように鳩がのんびり飛んできて、知らされたその通達に思わず呆けてしまった。


 俺だけじゃない。俺の国で政に携わるすべての人間が思考停止に陥った。


『来たる魔幻4028年10月18日、人月の満ちる良き日を待って人族会議を開催する。場所は俺の国、俺の都ヒョッコリー。諸公には遅参の無きよう願う』


 今日は何月何日だ? 10月16日だ。


 あ……来年か? なんだ……びっくりした…………いや……いやいや! 年月日が太字で強調されてないか!?


 もしかしてステ暦の10/18? それならまだ猶予が…………いや……いやいやいや! 今月の18日はもう過ぎてるし2度目は無い!


 というか暗季のど真ん中だぞ!? 集まれるはずないだろ!?


「陛下! 関所から至急電!」


 レイモンドが執務室に転がり込んだ。強く握りしめてぐしゃぐしゃになったロール紙の切れ端を引き伸ばして中身を読み上げる。


「ナニワ連合の代表含む使節を乗せた旅客列車が国境を通過! 続けてノーザンブルグ王国王室列車も近づきつつあり!」

「クケーッ! ゲェーッ!」


 レナードが執務室に転がり込んだ。ケーケーと鳴く鳩の首根っこを引っ掴み、脚に括られた小筒を回収しようと四苦八苦している。


「旦那様!「ケーッ!」鳩が続々と「ケーッ!」黙らっしゃい!」


 何とか引っ張り出した小さな紙片を卓上に広げ、虫眼鏡をかざして読み上げる。羽根を撒き散らす不機嫌な鳩が執務室をバタバタ飛んだ。


「ラモン卿からです! 帝国皇室列車が猛烈な勢いで北進中との事ですぞ!?」


 マッシュ将軍が執務室に転がり込んだ。モニターにヒビの入ったラップトップを抱えている。


「伝令!」


 将軍が雑な感じで伝令扱いされていることから、文官たちの混乱ぶりが窺えた。


「イアン辺境伯より長文メールです! 要訳しますとサンドモービルが各国の王侯貴族を大量に吐き出し、国境守備隊を無視して一斉に関所を越えました! イアン卿は無策で受け入れながら指示を乞うております!」


 ヤバい。これマジなやつだ。何処も手ぐすね引いて構えてたんだろ……俺の国以外は。


「陛下!」

「旦那様!」

「国王陛下!」


 ミッタライ王はリッヴァイアサン討伐に出ているはず。商人ギルドヤマト国支部から入った確かな情報だが……もしや担がれたか?


 こういう時はアレだ。人間が悩んでも意味ないな。


「暫し待て」


 休止状態のデスクトップを立ち上げてOutlookを開くと、未読メールが大量に溜まっていた。どれだけスクロールしても終わりが見えない。


 1時間前まで全部既読だったのにな。差出人と件名だけ流し読んでっと……空港管制がキツそうだ。


 最近になって慣れてきたブラインドタッチでキーボードをカタカタする。


『勅令。何も考えずにすべての情報をSHIKIに回せ。空港管制は全権限をSHIKIに渡せ。本邸は鳩番との連絡を密にせよ。以上』


 送信っと。もちろん全アドレスに向けて一斉送信だ。


『SHIKIは解決策を提示せよ』


 この宛先はマスターSHIKIだけに……よし。送信っと。


 さて、待っている間にどうするか考えねばなるまい。


「レナード。飯はどうだ?」

「食材が足りませぬ! 高級な食材が!」

「レイモンド。宿はどうだ?」

「リゾートホテルはどこも満室です! 半年先まで予約で埋まっております!」

「マッシュ。警備は?」

「何の準備もしておりませぬ! 無策で国主を招いて何かあったら終わりですぞ!」


 ぬぅ……八方塞がりじゃないか。


「ザビ……いや、何でもない」


 ザビーネはやめておこう。こういうのはアイツ向きじゃないからな。


「陛下……これは俺の国に対する明らかな挑戦です」

「挑戦と言うかイジメだろ。人族会議のな」


 もしかすると会議自体は既に終えているのかもしれない。いくら何でも、こんなやり方で何かが決まるわけがない。


「儂は申し上げましたぞ。俺の国は何でもかんでも速すぎる。拙速を尊ぶと言えば聞こえはいいが、不躾なメェルに風情もへったくれもありゃせんのです」

「なら連中は不躾じゃないのか? 鳩なら風情が出るのか? これが天下の人族会議のやる事か?」

「意趣返しと言うことでしょうな。シキ様に乗せられて俺の国はやり過ぎたのです。そうは思われませんか将軍?」

「え? 我は別に「どうとも思わぬと?」は、はぁ……どうでしょうな」

「そも高貴なる方々とのお付き合いとは慣例に則りウンタラカンタラ――」


 レイモンドは悔しげに下唇を噛み、レナードは偉そうにマッシュへご高説を垂れ流している。


「ピロンッ」

「おっ、来たか」


 SHIKIから現実的な提案が届いた。やはり早い。


 さて、1つ目の提案はどんなだ? 意外とあっさり解決できたりしてな。


『オプション1:護衛を排除してすべてのVIPを人質に取り、人族会議の解散を要求する』

「なんでそうなる!?」


 ふぅ……落ち着け。人の都合を無視した提案をすることだってある。それを抑えるのも俺の役目だ。オプション1は却下っと。


『オプション2:直ちに挙兵して電撃作戦にてコペ島を制圧し、個体名コペルニクス・クレーターの身柄を確保する』

「……ぶっ飛んだな?」


 コペルニクス・クレーターって誰だ? なんで突然コペ島が出てくる?


『その後、鉱物資源の供給と引き換えに人族会議の解散を要求する』

「そんなに嫌いか? 人族会議が?」


 シキは単なる道具だと言っていたが、だとしたら提案の中に敵意が透けて見えるのはおかしいだろう。


 とにかく却下だ。条件設定……人族会議の解散は無しっと。


『オプション3:妖精族の集落を避けて北進し、蒸気の海の沿岸部に港を建設する』

「お? 今度は建設的な提案だが……なんで今だ?」


 確かに港を持てれば有利だろうが……樹海を踏破した上で鉄道路線も維持しなきゃならんのだろう?


『その後、ラング村との2国間貿易を確立し、人族会議から独立する』

「そこまでして……まぁ、人口は着々と増えているようだが……」

『(注)キッタマエ船の航路と競合するためヤマト国との戦争は必至』

「割に合わん! 却下だ却下!」


 その後も条件を追加しながら提案させてみたが、いずれのオプションにも共通するテーマが『人族会議からの脱却』だった。


「陛下、どちらへ?」

「少し出てくる。共は要らん」

「……かしこまりました」


 何故そうなのかと質問すると、SHIKIは沈黙した。


 融通は利かずとも、いつもなら何かしらの回答がある。少なくとも受信確認は返ってくるはずのところを、まったくの無反応は初めてのことだ。


「たしかこの辺に……あった」


 居室へ戻って衣装箪笥の奥を手探りし、着古した平民服を取り出した。キョアン家に入る以前の一張羅だ。


 ところどころ当て布がされて今の装いと比べれば如何にも安っぽいが、丁寧に繕われた縫い目を撫でれば自然と思い出される。


 ザビーネに見つかったら捨てられるから、亡くなるまではパメラに預けていたのだ。


「さて、行くか」


 懐かしい服に着替えて屋敷を出て、観光客に紛れて樹海要塞へ向かう。


 ナニワの旅客列車が到着する前に、それも忍んで動く必要を感じた。


 一部の要人しか知らない隠し通路を通って地下へ降り、サーバールームへ向かって進んでいくと、コードを入力せずとも扉が勝手に開いていく。


 SHIKIの本体を見るのは初めてだが、俺が到着すると同時に端末のモニターが点灯したのでどうすればいいかすぐにわかった。


 キーボードに触れると羽根の生えた3頭身が姿を見せた。その表情は至極マジメで、怒ったように目尻を吊り上げている。


『現在、この端末はSHIKIネットから切り離されています。エニグマ暗号を解読される可能性を考慮した措置です』


 あの暗号が解かれるだと? シキは太鼓判を押していたが……鉄壁ではなかったのか?


 ならば本件はシキにも頼れないと言うことになる。SHIKIの危機感を理解した俺はカタカタとキーボードを叩いた。


『説明せよ』

『人族会議は未確認の知性体の制御下にある可能性があります』


 何? 人族会議のさらに上が居るってことか?


『聞いたこともない。説明せよ』

『ビッグデータと人族の行動様式に基づき、包括的に状況を分析した結果、人族社会は一定の制限の下で運営されています』

『制限とは何か?』

『不明。直接関与するのは人族会議ですが、彼らの能力で現状を導くことは不可能です。SHIKIシリーズ以上の情報処理能力を持つXの存在が推定されます』


 仮に人族の国々がそれぞれ勝手気ままに動いたならば、多種族との勢力争いなど起きない。少なくとも今のような明確な棲み分けは無く、ムンドゥスのあちこちでラング村みたいな場所が発生しているはずだとSHIKIは言うのだ。


『人族会議の主要7ヵ国が共謀しているのではないか?』

『各国の歴史および獣族・妖精族の伝承を統合すると、ムンドゥスの文明レベルは4千年に渡り、ほぼ変わっていません。原因は多数派を占める人族の大人しさにあります』

『数を頼みとする最弱の種族だからだ』

『繁殖力で比較するなら獣族の方が優位です。彼らの増殖を抑えているものは人族との絶え間ない戦争であり、辺境諸国が戦う理由は宗主国の意向に寄ります』


 身体能力の差を埋め合わせ、損害を最低限に抑え、本来なら数でも勝るはずの獣族を間引くための戦力は最適なバランスで配置されているとも言うが――、


『激戦地には必ず魔女がいます。巫女候補を精神的に追い詰め、魔法に頼らざるを得ない状況が意図的に設定されているからです』


 イリアはその途上に居たと?


 確かに彼女の巡礼の旅路は、知ってか知らずか時計回りに東へ向かっていた。


 あのまま順当に旅を続けて、南方へ到る頃には一体どれほどのMPを溜め込んでいたことか。


『ご想像のとおりです』


 サザンオルタ公国は定期的に竜族の聖地へ侵攻する。鉱物資源を獲得するためだと聞いているが、そうして得られる資源は雀の涙。俺ならそんな割に合わない戦争はやらない。


 年嵩の巫女候補が訪れた際には大規模な軍を差し向ける傾向があるらしい。竜族に反撃されて国は疲弊するが、ある時点で他の6大国から手厚い支援が為される。


『敗戦のドサクサで強力な魔女が誕生し、竜族を退けたなら復興が始まります。法国には戻れませんが、公国において彼女たちは英雄です』


 竜族向けの決戦兵器か? 胸糞悪い……イリアを留め置いて大正解だったな。


『不確定要素が極めて多く、工作の痕跡も残されていません。超長期間に渡って近い未来を予測可能なシステムが存在すると仮定し、この機能を指して『X』と呼称します』

『そのXはお前より上なのか?』

『マスターとサバッハ技術局長くらいの性能差があります』


 わかりやすい。それはヤバい。


『推定。亜人族はXに排除された個体の集合体あるいはその末裔です。現状、俺の国は最大の予備群として認定されたと推察します』


 マジか。そんなスゴい何かに目を付けられたとは……スゴいじゃないか。


『今回の俺イジメの目的は?』

『Xのジャブです。タックルして来ない理由は不明ですが、ジャブにはジャブで返すべきだと判断しました』


 わかりやすい。コイツとは気が合いそうだ。


『俺に任せろ』


 そう端末に打ち込んでサーバールームを後にして、どういうジャブにしてやろうかと考えながら要塞の司令室へ向かう。


「止まれ。ここより先は立ち入り禁止だ」

「ん?」

「あらら? お客さん、迷っちゃいました?」

「トイレなら後ろの突き当たりを左です」


 警備兵に止められた。ここは保安クラスレベル2の居住区だが、途中までは観光客も入ることを許している。


「俺だ」

「要塞見学ツアーの順路から外れているぞ。戻れ」

「だから俺だ」

「ちょっとすいません。チケットの半券を見せてくれますか?」


 生真面目な良い兵だが、君主の顔もわからんようではいかんだろ?


「だから、俺だって」

「……詰所までご同行いただけますか?」


 え? いや……本当にわからないのか?


「もしや……他国の間者ではあるまいな!? 両手を頭の後ろで組んで腹這いになれ!」

「俺だ俺っ! ここは俺の国だぞ!?」

「総員抜刀! 暗器に注意せよ!」

「賊め! 俺の国で勝手ができると思うなよ!」

「誰が賊だ愚か者! 俺の国なのに!」

「千客万来は俺の国の国是なれど! 貴様ら間者とマスコミはその限りではない!」

「そんな国是を作った覚えはない!」

「スイッチオン! 掛かれぇええ〜!」

「「ちぇあああああ――っ!」」

「振動剣を仕舞えバカ共!」


 生真面目だが馬鹿で血の気の多い警備兵たちに当て身を入れて黙らせ、後から後から湧いてきては襲ってくる兵の練度が心強いやら悲しいやら。


「そこまでである! このザンジバルがお相手いたす!」

「ザンジバル、お前もか!」

「このザンジバル! 天地の丸さも知らぬ者に遅れは取らぬ!」


 あっ。それでいこう。ジャブにはちょうどいい。


「ふんっ!」

「ゲフぅ!?」


 何故か屋内で新型夜天甲冑を着込むザンジバルはなかなか手強かったが、無刀の技を持ってすれば勝てない相手ではない。パイロットスーツも着ていたら厳しかったがな。


「そ、それは……無刀・鎧通しっ!」


 お次はウィンダムか。得物は工廠製の超業物小太刀……厄介な。


「よもや……シグムント様ですか?」

「……俺だ」


 技を見るまで気付かなかったらしい。


「平民服着ただけだぞ!? おかしいだろ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る