第168話 隠遁のツケ


 居住区画のホールには懐かしい面々が出揃っていたのだが、わたしの顔を見るなり、三々五々に、それぞれに割り当てられた控え室へ引っ込む人間が続出した。


 どういうこと? ねぇカリギュラ? どういうことかな?


 まぁ、まずは普通に残った人たちを数えてみよう。


 シグムント、アニェス様、サニア、イリア、モモ、メイデン、サバッハ、マッスル卿、マッカラン……へ?


「マッカランさん? スッッッゴイお久しぶりですね? 草ドラゴン以来じゃないですか?」


 旧別邸時代に森番として働いていた元使用人のマッカラン。大勢の犠牲者を出してしまった過失の裏には悪意があったのではないかと疑われ、本人も否定しなかったために懲役刑を食らったと聞いていた。


 刑期を終えて出所してきたらしいが、あまりにも久しぶり過ぎて最初に声を掛けてしまった。まだシグムントに帰参の挨拶もしてないのに。


「陛下の御厚情を賜り……森番に復帰させていただき……樹海新地の開拓に微力を尽くしております」

「なんでまた? こう言っちゃなんですけど……針の筵じゃないですか?」


 マッカランに率いられて敷地から逃げ出した人間は、ほぼ全員がはぐれモンの餌になってしまった。彼以外に生き残ったのはアニキンたちに助けられた旧ナイラ、現プレタだけだ。


「実はあの時……人神様から『死神』の烙印を……」

「……あー」


 なるほど。ステに『死神』が生えたのね。アレは本当に心にくるから。


「ずっと隠してきましたが……シキ様も『死神』をお持ちだと知って……スキルレベルも私より上で……救われました。ありがとうございました……」


 なんか微妙に失礼な言い分で納得いかないけど、わたしが正直に申告したことで救えたものがあったのなら、とりあえず良かったとしておこう。


「ちなみにわたし、最近『死神』がレベル6になりました」

「「「「「…………」」」」」

「誰も殺してないんですよ? なのに一挙に2レベルも上がっちゃって」

「……どうかマッカランと呼び捨ててください。敬語もご勘弁願います」

「あー、うん。わかった」


 あの称号スキルも一般的な死神のイメージとはニュアンスが違うと思うのだが、ならどういう意味かと問われると首を傾げるしかない。


「そんな事よりシキ様! この不詳サバッハ! 人神様より『魔術師』の称号を賜りましたこと! ここにご報告申し上げます!」

「あー、うん。頑張って新たなものを生み出してたからね。おめでとうと言っていいのかな?」

「恐悦ぅ! 至極ぅううう〜!」

「……なんかキャラ変わってない?」


 まぁ、なんだかんだで1番変わってるのはマッスル卿の筋肉なんだけどね。骨格まで変わってるような……気のせいかな?


 口数は極めて少ないのにビジュアルが騒がしいマッスル卿に昔の面影は無い。筋肉が本体の純然たるマッスルになっていた。


 うわっ……全身のお肉がピクピクしてる……シュワちゃんも真っ青のマッスルだよ。シュワちゃんが誰かは知らないけど。


 この中では間違いなく物攻No.1のマッスル卿を視界に入れないように、背を向けて立つシグムントはと言えば、王である自分を差し置いてグイグイ前に出てくるサバッハにゲンナリしたジト目を向けていた。


 別に俺の国でなくとも専門知識と技能を持つ人間が台頭するのは当然だと思うが、どうやらここではその傾向が顕著に現れているらしい。


 色々と苦労してそうだし、ここはわたしが大人になってきゃつの顔を立ててやるかな。


「旦那サマ。少し遅くなりましたが、ただいま帰参いたしました」

「よく戻った。成人おめでとう」

「はい。今後ともよろしくお願いします」

「ナニワでのことは気になるだろうが、細かい事情はあとで支部長から聞いてくれ」


 エッチゴーヤの代わりに残ったモモは軽くフォーマルなカーテシーを送ってきただけ。相変わらずの年齢不詳ロリで、見た目がほとんど変わっていない。


 意外と堅実な隙の無い経営でギルド支部をまとめ上げているらしく、マッシーの相対的人物ランキングの中でもかなり上位にランクインしており、商人として着実に成長しているようだ。


 アニェス様、サニア、イリア、ついでマッスル卿にも順番に挨拶を述べて、気になっていたことをメイデンに聞いてみた。


「ところで……他の皆さんはどうされたんですか? まだご挨拶できてないんですけど?」

「後ほど、晩餐の席でよろしいでしょう。縁故のある方々は全員招いてあります」


 そそくさと引っ込んだ人たちを思い出してみる。


 ザビーネ、カリギュラ、ヒラリー、カルラ、レナード、レイモンド、ウィンダム、バネッサ、エッチゴーヤ、ハッサン……多いなぁ。


「技術局長。ハッサンの奴は一体どうしたのだ? 礼を失するような人間ではあるまい」

「王よ。まことに申し訳ございません。不詳の父ハッサンは、畏れ多くてシキ様の御尊顔を見ていられないとのことでした。気持ちはわかりますが遺憾なことです」

「何それ? どういうこと?」

「……もう歳でしょうか。レナード様と同年代ですから」


 ヒョッコリーの街も随分と様変わりして、ハッサンは役場のポストを後進に譲って引退したらしい。今回はその報告も兼ねていたのだが、わたしを見ると涙ぐんで微笑みを浮かべ、サバッハの肩を叩いて帰っていったと言う。


「何と言いますか……涙もろくていけません」

「やっぱりよくわからないよ」

「ウチも似たようなものだと思います」


 憮然としつつも少し寂しそうなサバッハに、カリギュラたちの引っ込んだ控え室から新たに出てきた若い男が声を掛けてきた。


「シキ様によろしく言っておいてくれと頼まれました」

「えっと、ギル……だよね?」

「はい。ご無沙汰してます」


 これはビックリだ。あのギルバートがまともに見える。


「ちゃんと敬語も使えるようになって……大人になったんだね」

「ははっ。伊達に中伝をもらってないですから。シキ様もお元気そうで何よりです」


 誰の配慮かは知らないが、わたしと付き合いのあった子供たちも待機していて、各々に態度の違いはあるものの逃げずに近づいてきた。


 いや、逃げるって何さ? 控え室へ引っ込んじゃった彼らの目にはわたしがどう見えたのかな?


「剣の道は礼儀も大切だと、師匠の教えです」


 ギルバート16歳、イニェス9歳、カール9歳、シルベスタ6歳、シド6歳、カフカ19歳、以上の7名だが、少し見ない間にみんな成長していた。


「シグレさんは?」

「ラース殿下のお招きでムサイに行ってます。国内での護衛はボクが引き継ぎますんで」


 ギルバートは一人前の男としてちゃんと仕上がっていた。ポールとは少し毛色の違う優しくてスマートなイケてる青年だ。


 感無量だよ。もうガキンチョとは呼べないね。


「シキちゃん! ご機嫌よ!」

「イニェス……ご機嫌ようでしょ? それだと自分がご機嫌さんみたいじゃん」

「イニェスもロボが欲しい! 飛ぶやつがいい!」


 コイツは相変わらずだな。幼馴染のカールも可哀想に。


「カールも欲しいでしょ! 欲しいよね!?」

「う、うん、そうだね。シキ様、こんにちは」

「はい、こんにちは」

「欲しいって言って!「痛っ!?」ロボくださいって言え!「痛いってばイニェス!」ロボっ!」

「ロボください!」

「また今度ね」


 赤ん坊の頃からミニ女帝の被害に遭っているカールには、残念ながらポールのような大人の余裕は生まれないかもしれない。


 だがしかし、彼には秘められたスキルがある。


 わたしを通じて父親から押し付けられた夢のチートスキルを自覚した時、彼の中で何かが変わるのだろうか? 少しだけ興味があったりなかったり。


 俺の国では10歳の誕生日キッカリに鑑定することに決めたらしいから、来年のお楽しみだね。


「シド? このお姉ちゃん誰?」

「長子のシキさまだよ」

「ふーん」

「ほら、挨拶……シルからしなきゃ」


 とはいえ、5年前までの付き合いだ。腹違いの弟シルベスタとシドは赤ん坊だった。もちろん覚えちゃいないだろう。


「シルベスタ・キョアンでっす! ごきげんよぅ!」

「シド・キョアンといいます。お会いできて嬉しいです」


 シルベスタの方が8ヵ月ばかり年上のはずだけど、どう見てもシドの方がしっかりしてるね。これがザビーネの引っ込んだ原因かな?


「こんにちは。2人とも元気があっていいね。飴ちゃんをあげよう」

「わーい!」

「ありがとうございます」


 飴玉を口に含んでコロコロ転がし、2人揃って笑顔になった。良きかな良きかな。


「どうかな?」

「「おいしいです!」」

「イニェスも欲しい!」

「はい、どうぞ。1個はカールに「ガリガリィ!」……カールもおいで」

「……ありがとうございます」


 ガキンチョたちの餌付けを終えたところで、視線に気付いて顔を上げると、アニェス様がスゴイ目でわたしを睨んでいた。


「シキ。よもや……」

「ただの飴です」

「誠にか?」

「ただのトレハロースです」

「其はなんぞ。よもや「違います」……ならばよい」


 たしかに妖月モンの樹液を使った固形ポーションも持ち歩いているが、誰であろうと他人に与えられるようなシロモノじゃない。


 それにわたしは長期保存可能なMP回復剤の製法を編み出しただけで、材料となる木の選定は別の話だ。


「オススメは自分と同年代の妖月モンと仲良く二人三脚で生きていくことです」

「母上! シキちゃんが変なこと言ってる!」

「イニェス? 算術の成績は?」

「嫌い!」

「勉強した方がいい」

「ロボくれたらね!」


 ステータス鑑定を間近に控えたイニェスのアホっぽさに少しばかり呆れていると、アニェス様はツイっと目を逸らした。子供の教育には相変わらず難儀している様子だ。


「シキよ」


 久しぶりに集合した子供たちの団欒を黙って見ていたシグムントだが、居た堪れない様子のアニェス様を見かねて助け船を出してきた。


「その眼帯はどうした? 目もらいか?」


 そう。封印されし魔眼は見事に無視され、ここに至るまで誰にも突っ込まれなかったのだ。


「目もらい? ……似たようなものです」

「それカッコイイ! イニェスも欲しい!」

「また今度ね」


 5年ぶりにわたしを目にした人間からすれば、右目の眼帯はそこまで気にならないらしい。


 スーツの流動装甲……ちょっと盛り過ぎたかな? 何処にとは言わないけど。


 もっと問い詰められると思っていたので肩透かしを食らった気分だ。


「カフカ、目薬ってあったっけ?」

「たしか薬箱の中にあったと思う。でも、シキ様なら大丈夫じゃない?」


 ん? なんかギルバートとカフカの距離感が……ん〜?


「薬くらいご自分で作れますよね?」

「え? うん……まあ……」

「右が死角になりますから、護衛の時は右側に居るようにします」

「それがいいわ。最近は変なのも多いし」


 なんだろう? カフカから感じるこの余裕……何となく見下されてる気も……ん〜?


「シキ。俺が保証する。ギルバートは強い」

「そうですか」

「安心してお前を任せられる」


 シグレに師事してミッタライ流の中伝を得たそうだが、段位で言えばウィンダムの1つ下、シグムントの2つ下に当たる。


 ちょっと微妙じゃない? サニアが満足げに頷いてるから暗器対策はバッチリなんだろうけど……シグムントが手放しで褒めるのは何か違和感が……ん〜?


「何せ、来年には一児の父となるのだからな」


 なっ……何ぃいいいいい〜っ!?


「嫁がおっかないのが更に良い。わはははははっ」

「もう〜、陛下ったら揶揄わないでください。ギルバートを褒めすぎるのもダメです」

「いやいや、期待している。ギルバートならば間違いも起きない」

「そりゃそうです。ギルバートにそんな甲斐性があるわけないじゃないですか」

「…………」


 何だっけ!? こういう連中をなんて言うんだっけ!?


「ちょっとカフカ。陛下に対してご無礼だよ」

「構わん構わん。成人したシキの護りが悩みのタネだったからな」

「あなたはとシキ様のために、しっかり働いて手柄をあげて」

「おっ。早くも姐さん女房の尻に敷かれてるな? いいぞいいぞ〜」

「陛下まで……ご勘弁ください」

「わっははははは! 今晩はシキの帰参祝いのパーティーだからな! しっかり食べて精をつけなさい!」

「…………」


 思い出した! リア充だ!


 ギルバートめ! わたしがバーチャルのアバター相手にアレコレ考えてるうちにリアルを満喫してやがった! しかも知らないうちに結婚して子供まで!


「いくらシキ様でも『恋愛LV8』の私に色恋で勝てるわけないですし」

「カフカ、それホント? いくらなんでもレベル高すぎない?」

「それだけ愛してるってことよ」

「や、やめろよ、こんな場で……恥ずかしいだろ」

「…………」


 おいコラ! 桃色空間作ってんじゃねぇぞ!?


「あっ。今動いたかも」

「えっ? もう動くの?」


 ああ……ダメだ……勝てる気がしない。コイツら『隠者』の天敵だ。


「お腹の音、聞いてみて?」

「どれどれ? うーん……聞こえないけど?」

「ちゃんと耳をくっ付けてよく聞いて」

「…………」


 若い2人が本格的にイチャイチャし始めた頃、ある人がいつの間にか居なくなっていることに気付いた。


「……お花を摘みに行ってきます」


 何となく気になったので探してみると、トレーニングジムから「マッスゥ! マッスゥ!」という掛け声とともにマルチホームマシンの重々しい駆動音が響いている。


「…………」


 わたしも汗を流して忘れるとしよう。


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