第159話 運営
(別視点:バランスを重視する現地担当者)
マルク・マイセンの叫びが木霊する。
「何故だ!? 何故……こんなことに!」
「閣下! 落ち着いてください!」
「落ち着けだ!? これが落ち着いていられるか馬鹿者ぉ!」
凡庸な臣下たちが懸命に宥めているが、腹案の1つも出せない彼らが何を言ったところでマルク・マイセンの助けにはならない。
心穏やかではないでしょうね。バランスも極めて悪いですし、こうなっては小官にも……おっと、辺境伯閣下の少し無礼で有能な参謀は死んでしまったのでした。
こうなっては私にもお助けできません。少々予定外の退場になってしまいましたが、まさかあんなのが出てくるとは思わず……これだからムンドゥスは面白い。
自ら進めた計略がすべて裏目に出た挙句、優秀な手駒の多くを一挙に亡くしたのだから狼狽するのも当然だろう。
私を含む12人の文官武官が次々と暗殺された。いずれも火魔法で黒焦げにされており、焼け残った遺品から身元を割り出すしか手は無い。
マルク・マイセンは中央を疑うでしょう。まぁ、やったのは私なんですが。12人目の裏切り者。何処かで聞いたことのあるスジじゃありませんか。
私としても不本意だ。失態と言い換えてもいい。戦時以外の人殺しはムンドゥスに対する過剰な干渉になってしまうが、速やかに消えるためにはこうするしかなかった。
やれやれ。変化のある方が神々のウケがいいとは言え、それも制御可能な範囲でなければ継続性に問題を生じますからね。
マルク・マイセンは自ら動いていたつもりだろうが、全体のバランスを見れば踊らされていたのは明白だった。
ナナリー・シエラ・ピックミン……おそらく高レベルの『女教皇』でしょうか。
油断していたと言わざるを得ない。まさか私の正体に気付くとは。群体の監視に必要なマーカースキルとはいえ、これだからアルカナは厄介だ。
おかげで退場を余儀なくされて、無益な殺生までする羽目に……トホホ。
その彼女は今頃帝都だろうか。これからどのような変化を巻き起こすのか、あとは他の担当者に任せるしかないが、報告だけはしておかなければ。
少し憂鬱な気分で久方ぶりの拠点に戻り、我が身の処遇を気にしつつ眠りについた。
**********
『神様アプリ運営スレ』
1:名無しの調整者
少しやり過ぎたね、何があったの?
2:名無しの担当者
すみません、運悪く大アルカナと鉢合わせまして……
3:名無しの調整者
あー……それは仕方ないね
4:名無しの担当者
そう、仕方ないんです
5:名無しの観測者
その後の対処が問題だ
紛れるにしても11人は多過ぎる
6:名無しの担当者
観測者さん、個体名ナナリー・シエラ・ピックミンで照会してもらえます? 今後、台風の目になると思いますんで
7:名無しの観測者
誤魔化すな
管理者には上げておく
8:名無しの調整者
あの地域は最近おかしいからね
9:名無しの担当者
そう、おかしいんです
バランスが悪いんです
10:名無しの観測者
何がおかしいって?
11:名無しの調整者
MPバブルが起きてる
いつ弾けるかヒヤヒヤしてるよ
12:名無しの観測者
北方なら妖精族だろう
先のイベントは少しやり過ぎたからな……
13:名無しの調整者
相転移実験は僕の所掌じゃないのにイヤミ言うのはやめてくれる?
神々のニーズってものもあるんだから、執行者さんにしても頭が痛いと思うよ
それに今言ってるのは北方の一部人族領域の話だからね?
14:名無しの観測者
いずれにせよ、MP消費が増えるのはいいことだ
仮に弾けたとしてもリソースの不足を補填できる
運が良ければ追加の人員を獲得できるかもしれない
15:名無しの担当者
運営は慢性的な人手不足ですからねぇ
16:名無しの調整者
わかってないなぁ〜
リアルの魂が減り過ぎても困るの!
これだから見てるだけのヤツは……
17:名無しの観測者
なんだ? それはすべての観測者に対する調整者の総意か?
18:名無しの管理者
すまない。お待たせしたかな?
19:名無しの担当者
いえいえ、滅相もない
ご面倒をお掛けしてすみません
20:名無しの管理者
構わないさ、私は暇人だからね……と、言いたいところなんだが、最近はそうでもなくてね
21:名無しの調整者
え? なになに? まさかまさかの例のヤツですか?
22:名無しの管理者
ああ、介入の痕跡はムンドゥス暦で10年ほど前になる……のだが、どうもいつもと様子が違う
23:名無しの担当者
何ですか? 初耳なんですけど?
24:名無しの観測者
ムンドゥスに紛れ込んだ厄介な異物だ
鑑定するまで補足できない
25:名無しの担当者
それって普通のことじゃ? ステータスをインストールしないとただの猿でしょ
26:名無しの調整者
君のトコだと、愛し子って呼ばれてると思うよ
27:名無しの担当者
あ〜。それなら聞いたことあります
28:名無しの管理者
アプリの一部機能を不正に利用する神がいてね
29:名無しの担当者
ええっ!? 大変なことじゃないですか!
30:名無しの観測者
古参のメンバーには周知の事実だ
いつの頃からか存在するソレを差して、まつろわぬ神と呼んでいる
31:名無しの管理者
私の処理能力のほとんどはそのアカウント特定に充てられているのさ
ムンドゥス暦で言えば、2万年ほど前から
32:名無しの担当者
ヤバ……その不正利用者は自我を残してるって事ですよね? だとすると……管理者さんに見つけられないのは変じゃないですか?
33:名無しの調整者
変さ
34:名無しの観測者
変だ
35:名無しの管理者
変だね
36:名無しの担当者
落ち着いてる場合じゃないでしょ!?
37:名無しの調整者
コチラからアチラへリソースの流出も見られるけど、極僅かなものさ
38:名無しの担当者
大問題でしょ……やってることは神々の願いそのものじゃないですか
39:名無しの観測者
アプローチが少し違うな
魂のみの相転移は神々の望むところではない
問題は、それらの個体がチート級の概念と共に送り込まれることだが……
40:名無しの調整者
欲張り過ぎて産まれる前から自滅してるよ
今も1人居るけど、1mmの移動でMPが尽きる瞬間移動に何の意味が? 思い出しただけで草生えるwww
41:名無しの観測者
あの魔力欠乏は見ていて痛々しかった
運良くリソースにはならずに済んだがな
42:名無しの担当者
なんか……可哀想ですね
43:名無しの調整者
彼らにできるのは知識チートくらいだけど、個別の魂に染みついた情報量なんて微々たるもの
だから大した影響は出ないんだ
44:名無しの観測者
妙な概念を持っていたとしても、鑑定すれば補足できるのが道理だ
したがって、特定と監視も比較的容易だな
45:名無しの担当者
ホっとしました
都合のいい転生無双はムンドゥスでは起こらないということですね
飛行船が発明されたのも、鉄道網が伸びてくるのも、歴史の必然だと
46:名無しの観測者
飛行船? 鉄道網?
47:名無しの調整者
人族領域でかい? 頭脳は人間そのものだから別におかしくはないけど……既存の文明レベルから逸脱してる
観測者さん、どうなってんの?
48:名無しの観測者
たしかに路線網らしきものが観測できる……飛行船……星型? なんだアレは? 魔族の仕業か?
ダラダラと生き延びて延々と無駄な努力を繰り返すだけかと思っていたが……
49:名無しの調整者
おいおい、しっかりしてくれないと困るよ
しかも、その発言は人権侵害だ
彼らは相転移実験の貴重な成功例、いわば僕らの同胞じゃないか
50:名無しの観測者
種族として継続性に欠ける生命体が同胞だと? 第一世代はサンプルとして貴重かもしれんが、それ以降は魂の宿らぬ抜け殻ではないか
アレらに人権などあるものか
51:名無しの調整者
見解の相違だね
やっぱり観測者さんの無関心には共感できない
リアルの観測媒体が無きゃあ、お役御免だってのに……もう整備に回すリソースすら無いんでしょ?
52:名無しの観測者
それは調整者の総意か?
53:名無しの調整者
ああ、そう取ってくれて構わないとも
54:名無しの観測者
下らんな、若造の主観に満ちた情報を当てにする時点で終わっている
調整者など無用の長物だ
55:名無しの管理者
その辺にしておきたまえ
運営内部で揉めてどうするね? 我々の使命を忘れたわけではないだろう?
56:名無しの観測者
無論だ
少し疲れているようなので失礼する
57:名無しの担当者
お疲れ様でーす
58:名無しの調整者
僕も落ちようかな
59:名無しの担当者
待ってください、調整者さん
私はこの後どうすれば? 正体露見して晴れて調整者さんの仲間入りですかね?
60:名無しの調整者
あー……ゴメン、今は無理
端末の相転移で新人が見つかると良かったんだけど、予定してた数の魂が全部Mスフィアに呑まれちゃってさぁ……まぁ、リソースにはなるからいいんだけど
61:名無しの管理者
全部かね?
62:名無しの調整者
そう、全部です
バブリーな地域だからもっと時間掛かるかと思ったけど、思ってたよりあっさりクリアしちゃって……
というわけで、肉持ちの現地担当者は替えが効かない貴重な人材だから、引き続きよろしくね
63:名無しの担当者
どうしろって言うんです? あの地域には私しか居なかったんじゃ?
64:名無しの調整者
顔バレしちゃってるよね
名前変えて、顔面焼いて、それで何とかならない? 立場はその辺の乞食でもいいからさ
65:名無しの担当者
なんすかソレ!? 人権侵害ですよ!
66:名無しの調整者
僕だって昔は色々と工夫してやったもんさ
まっ、頑張って
んじゃ、お疲れで〜す
67:名無しの担当者
おい! ちょっと!? マジで言ってんのソレ!?
管理者さんもなんかコメント……って、もう落ちてるし!
**********
持ち運び可能な簡易端末の上で目を覚まし――、
「はぁあああああ〜……」
思わず盛大なため息が漏れた。
先達から見れば、肉体を持って運営入りした私は赤子も同然の新参者には違いない。
タイミングよく後輩が入ってくれば別なのだろうが、残念ながら担当地域に対象者はいない。
「とりあえず、逃げますか」
私のような、しがない現地担当者にとって、肉体の死はそのまま地獄落ちを意味する。
運営の一員となったことで普通に消えることは許されず、天界入りできなければMスフィアとやらのリソースとして取り込まれて終わり。
いや、終われるならまだいい。
意識を保ったまま無限の虚無に呑まれ、神々とやらの一部になって自我を失い、行き着く先はモンスターの『中の人』なんて笑えない冗談だ。
人に奇跡を恵んでMP稼ぎに勤しむ神様と、モンスターに化けて降ってくる神様……どっちも趣味の悪いことで。
「人神様は何処におられるのやら……はぁ〜」
さっさと悲願とやらを遂げて、終わらせてくれないものだろうか。
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