第158話 旅立ちと隠遁


(別視点:シグムント)



 式典が無事に終わって建国が成ったところで、俺の気分は晴れない。シキのとんでもステータスが公になったことで生じた反応は激烈だった。


 グラン帝国とノーザンブルグ王国から同時に政略結婚の打診があり、カイゼル法国の法皇からはシキの洗礼(出家)を本気で奨められ、ナニワ連合国の代表はシキのスキルを売ってくれとか言い出す始末。


 俺の国への積極攻勢の強めた4国に対し、ヤマト国のミッタライ王は今から出陣するかの如く肩を怒らせ、絶対切断でも飛ばしそうな目で俺を睨んで帰って行った。


 メイガス魔導国とサザンオルタ公国は沈黙している。反応の無さが逆に不気味だ。


「身を固めさせましょう。そうすれば少しは落ち着つのではございませんか?」

「変なスキルだけ売らせればいいかと」


 ザビーネとサニアに相談したところ、各々このような答えが返ってきた。


 サニアのスキル売却案は身も蓋もない不信心だが、オキーニ・サカイヤによれば世の中にはスキルの売買を仲介する商売もあるらしい。


 今回はオキーニが自ら仲介役を務め、シキ本人が譲渡を望む額を言い値で出すと豪語していたが、あのシキが金で靡くとも思えない。


「じゃから、身を隠させよと言うに。今は動くべきでない故に」


 そしてアニェスの答えはこれだ。ほとぼりが冷めるまで時を待つということだが、あのシキを上手く隠し通せる気がしない。


「ちょうどいい影がおろう。アレを使って茶を濁せ」

「マリーか?」

「2代目でもよいが、問題は本物を何処へ置くかじゃな」

「例の鉱山は?」

「ヤマトの遠征先ぞ。話を聞くに陥ちるとも思えぬが、露見するだけで危うい」


 いずれにせよ、シキの望みを知らぬことには始まらんか。


「シ、シグムント様!」

「イリア……殿?」


 人の行き交う廊下の向こうからベールと法衣をなびかせてイリアが走ってきた。


「そんなに慌ててどうされた?」


 イリアとの関係はまだ公表していない。素顔がパメラそっくりな彼女をザビーネが素直に受け入れるかわからなかったため、人目を忍んで密会している状態だった。


「ア、アア……!」


 そういった部分もパメラと似通っていて、おかげで2人きりの時間が妙に燃えるのだが、それはそれとして慌てる彼女は珍しい。


「ア、アリア……アリアが庭に!」

「…………はぁ!?」


 パメラが化けて出たらしい。


 きっと用があるのは妹に不貞を働く俺だろうが、一目逢えるなら幽霊でも構わないと思える俺は、本当にどうしようもない男だ。


 居ても立っても居られず廊下を走り、階段を駆け下りる。


「旦那サマ? そんなに慌ててどうされました?」


 息を切らして屋敷の中庭へ出ると、シキの隣に立っているのは確かにパメラだ。


「パ……パメラ……パメラ――っ!」


 思わず駆け出し、抱きしめようと手を伸ばすと――、


「ぐぅおぇ!? ぶっふぅううう〜っ!?」


 腹にパメラの肘鉄が突き刺さり、ズンっと地面を踏み締める衝撃が内臓に伝播する。


「セクハラはやめてくださ〜い」

「ぶらばっ!?」


 パメラらしからぬ不意打ちに堪らず膝を折った俺は、流れるような動作で繰り出された回し蹴りを食らって地面に叩きつけられた。


「はいトドメ〜」


 次いで振り下ろされる靴底を見上げ、パメラの恨みの深さを思い知ったところで――、


「ひっ!?」


 鼻先に振り下ろされた震脚が石畳みをカチ割り陥没させた。


「マスター。痴漢を撃退するついでにプログラムの最適化が完了したよ」

「新型バランサーの調子はどう? 重心は?」

「完璧だったよ。いいね。このボディー気に入った」


 頭上では、パメラらしからぬアニェス並みに立派な巨乳がタユンと揺れている。


「旦那サマ。彼女はボディーを換装したマリーです。10年後のわたしをイメージして作りました」


 製作者の自意識がこれでもかと詰まった偽乳に早く気付くべきだった。


「今のコンボどうでした? シグレさんの動きを元にアップデートしたんで、結構いい線いってると思うんですけど」


 パメラのはこんなにデカくなかったし、おそらく娘のシキもこうはならないと思うが、それは言わない方が身のためだろう。



**********



「あー、お母さんかと思ったんですか?」


 シグムントはマリーをパメラと勘違いして、無謀にも抱きつこうとした結果、あえなく痴漢自動制圧プログラムの餌食になったと言うことだ。


「死者が蘇るわけないじゃないですか」

「う、うむ」

、お母さんの胸はこんなに大きくありませんでしたよ?」

「…………」


 王様になってまで昔の女の尻を追いかけるとは女々しいことだ。少しばかりイジメてやろう。


「日々の食事すら満足に摂れなかったからです」

「ち、血筋ということも「食事のせいです」……かもしれん」


 きゃつと一緒に庭に出てきたイリアは何故かマリーの周囲を回ってじろじろ観察しているが、マリオネットに興味があるのだろうか。


「じゃ、マスター。わたしはそろそろ行くよ」

「うん。キミの旅に幸運を。良い出会いがあることを祈っているよ」


 これからマリーは旅に出る。目的地は敢えて定めず、足の向くまま気の向くまま、自由で気ままな旅路の中で、より深く人間を知るために。


「ダミニの面倒を忘れずに。勉強も見てあげてね」

「わかってるって。いってきま〜す」


 マリーの旅立ちを知ったダミニは自ら同行を決めた。


 そうなるように仕向けたわけじゃない。孤児院にも馴染み始めていただけに、わたしとしても彼女の決断は意外だった。


 マリーにとっては足手纏いでしかないだろうが、旅の目的を思えば同行者の存在は決して無意味ではない。


「シキよ。今後のことだがな……」


 徒歩で出立する大人マリーと子供ダミニの凸凹コンビを見送って、わたしも動き出そうとしたところで、シグムントから声掛けがあった。


「お前はどうしたい? 俺はこれまで通り、お前の好きにすればいいと思っている」


 おっと、これは少し意外な言葉だ。


 てっきり嫁たちの意見を突き合わせた上で、その何れかを選ぶと思っていた。


「留学したいって言ったら、させてくれるんですか?」

「それでもいい。無論、必要な手配はこちらで行う」


 なかなか太っ腹だね。少しだけ見直したよ。


 しかし、既定路線を外れることを念頭に考えた結果、今のわたしには違う道も見えてきていた。気になる人物を追うことも1つだろうが、いずれは解決しなければならない重要課題が残っている。


「国外へ出ることには変わりありませんが、アニェス様のおっしゃる通り、1つの事に集中しようかと思います」

「……例の鉱山か?」

「いえ、別の場所です。今度は他種族の領域に飛び込むわけじゃないですし、他人との接触はほぼ無いので俺の国にとっても都合がいいと思います」


 わたしの意向を聞き、暫く黙考したシグムントは「偶にでいいから便りを出せ」と言って、屋敷に向かって引き返していく。


 念願叶って一国の王になったばかりの人間とは思えないほどに、力無く肩を下げて遠ざかるきゃつの背中が小さく見えた。



**********



 ラング山を視察しフロスとの打ち合わせを終えて、わたしを載せたアイギスはインマルサットのハンガーへ滑り込んだ。


「マスター。おかえりなさい」

「ただいまマッツン」


 SHIKIネットの通信網を担うインマルサット群はAからZまでの無人飛行船が就航済み。周回航路の最適化は終了し、インマルサット本体に建造した全自動整備ドックも稼働し始めた。


「何かお手伝いできることはありますか?」

「今は無いよ。とりあえず、生活面のサポートをお願いするかな」

「ラジャー」


 では、ここでやるべきことはもう無いかと言えば、そんな事はない。むしろ人目の無いここでしかできないことが多くある。


 魔法、魔月モンのジャンク、守り神のパーツ、軌道上の人工衛星、超構造体。『概念編纂・転写』スキルの出処を思えば、識術だってそうだ。


「結局、全部借り物なんだよね」


 これまで『魔術師』が生み出した諸々は、すべて何時かの何処かの誰かが見出した原理を流用した産物に過ぎず、わたしが独自に生み出したものは1つも無い。


『魔術師』スキルのおかげでここまで来られた――などと卑屈なことを言うつもりはないが、発明や技術開発に対するわたしのスタンスは少しおかしい。


 自主的に行ったメンタルチェックの自己分析によれば、自信みなぎる創造力と優柔不断で中途半端な飽きっぽさが等分に同居していて、まったく別分野の事柄にも同等の興味や好奇心が芽生える人間、という結果が出た。


 一般的に科学者や発明家はその分野に没頭するものだと思うのだが。


「別に魔術師のレベルを上げたいわけじゃないけど……このままじゃいけない気がする」


 わたしはステータスを世間に公表した。


 そのことに後悔は無いが、例えば今この瞬間に『スキル強奪』のチート持ちが現れ、すべてのスキルを奪われたとして、わたしに何が残るのか。


 肉体に刻まれた能力はステータスが消えたとしても残るだろうが、わたしにギルバートのような筋力は無く、シグレのような技も無い。同じ努力をしたところで得られるとも思えない。


 どれほど筋トレに励んだところで女である以上、ギルバートの筋肉には一生敵わない。シグレのように女だてらに剣の道を生きる気にもなれない。


 ならば武装するか? 常にアイギスやフィーアに乗っていればいいのか? 魔族はその手の兵器を持っているはずだが、同等以上の性能を持つ敵機が複数現れたらどうする? 


 わたしの魔法だって所詮は初級スクロールで得たコツから捻り出されたものだ。魔族が他種族に提供している術理の一部を応用しているに過ぎない。魔族の魔法がわたしのよりスゴい可能性は十分にある。


 借り物だろうと使えるものは使わせてもらうが、それに頼り過ぎてはいけないんだと気付いてしまった。電撃魔法で調子に乗っていた自分が恥ずかしい。


「魔法とは、一体なんだろう?」

「マスター。その命題はやめた方がいいです」

「なんで?」

「科学的ではないからです。魔法という現象を観測した結果、非現実的なオカルトとしか判断できません」

「だが実在している。わからないからと諦めるのはナンセンスだよ」

「少なくとも、我々SHIKIシリーズには永遠に理解不能な分野でしょう」


 こうして、原点に立ち返ったわたしの研究の日々が始まった。


 周囲を無視して本腰を入れれば、時間はあっという間に過ぎていく。


 今ばかりはMUNDUSの3倍速が欲しいところだけど、異界での成果を現実に昇華できるかは不明だから別にいいさ。


 念のためSHIKIネットを介して下界の出来事も把握し、偶にマッシーやラッシーに宛ててメールを送付し、関係者に近況をご報告。


 元気にやってますよ。何をやっているかは貴方達にはわからないでしょうけど。


 この環境に身を置くことで見つけた新たな発見もある。


 例えば、電波に識術を転写して遠隔送信することが可能となり、使い切り電子データの形で保存もできるようになった。残念ながらコピペによる量産は不可だが、ラップトップの画面を介して瞬間的に任意のスクロールを見せられる点は大きい。


 俺の国ではPCの量産が始まっており、学校ではラップトップを使った授業も導入されている。今後は個々人の勉学の進捗と理解度に応じて、公正に識術を習得させられるだろう。


 まぁ、この電子スクロールは副産物ってヤツで、本筋の成果じゃないんだけどね。これが最大の成果物かな……今のところ。


「隠者がじゃんじゃんレベルアップ」


 個人的にはかなり充実した時間を過ごしているつもりだが、側から見れば隠遁生活には違いないだろうから文句は無い。


 それよりこの称号スキルとやら――、


「……何の意味があるの?」


 何らかの効果を実感することもなく『隠者LV6』になって、特に何の感慨も湧いてこない。


 わたしにはわからない感覚だけど、これに筋トレ後の物攻みたいな自己満足を感じる人もいるのかな?


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