第156話 まいね


 樹海リゾートは普段とは違った賑わいを見せている。


「祭壇は無事、塔に安置されたそうだ」

「辺境の一貴族が建てたとは思えぬ高さだな」

「ふんっ……重厚感に欠ける塔だ。あんなに鋭利で100年持つものか」

「信じられん話だが……すぐに建て直すそうだぞ? 高さが足りんのだと」

「バカバカしい。成り上がりの示威行為に過ぎん。神聖な祭壇塔を何だと思っておるのか」

「展望台から見る景色は格別だったがなぁ」


 昨日まで連日で行われた『獣月モン公開転落処刑』は、王となるシグムント・キョアンの意気込みを示すとともに、新たな祭壇塔の高さを示唆して工廠の実力を誇示する狙いがある。


 という風に勝手に深読みされ、まさか生贄の儀式を強要されてビビっていたとは誰も気付いていない。


「いよいよ建国か。して、国名は何という?」

「伯爵は俺の国としか口にしていない。正式な発表はこの後だろう」

「ところで聞いたか? 噂の黒竜姫が初鑑定を務めたらしい。今日この場でステを申告するそうだ」

「なんと。それは見逃せぬ」

「妾腹の養子であろう。何を大袈裟な」

「貴公はそう思っておればよいさ……その方が後で面白い」


 これまでに訪れていた観光客は他国のお金持ちの、特に女性陣が多くを占めていたのだが、今月に入ってからは何らかの使命を帯びた男性が増えており、建国の時を今か今かと待っていた。


「ステ次第では殿下の妃に迎えたいとのことだからな」

「なぬっ!? あり得ん!」

「それなのだが……ノーザンブルグは既に動いておるようだ」

「ぬっ? ならば……皇室の謀りではないのか?」

「我は陛下から直々にご意向を聞かされたのだぞ」

「あちらは意向どころか、王太子が自ら来ているそうだ」

「なっ!? それはマズい! 鳩は飛ばしたのだろうな!?」

「無論だ。だが、残念ながら辺境伯領向けの鳩しか入手できなんだ」

「何たる事だ! あの偏屈ジジイが素直に動くはずがない!」

「早馬も出したが……出遅れは否めんな」


 こういう会話がアチコチから聞こえてくるのだから困ってしまう。


 各所に設置されている監視カメラの映像や集音マイクの音声をマッシーが拾い集め、各国の人物相関や予想される思惑などを常時更新しており、統合されたそれらの情報が表示される携帯端末を見るアニェス様は悪そうな笑みを浮かべていた。


「また政略結婚ですか?」

「無用じゃ。尚早である」

「そうですか。良かったです」


 祭壇塔のロープウェイの駅で会場へ向かうタイミングを計りながら、誰も下車せずに通り過ぎていくゴンドラの車内で鮨詰めになった騒がしい人達へ向けて手を振った。


「「「「「シキさまぁ〜!」」」」」


 わたしも有名になったもんだね。誰が言い出したか知らないけど、『黒竜姫』なんて大層な二つ名まで付けられちゃって……所詮は虚妄だけどさ。


「カリギュラ殿とギルバートも居ったぞ」

「庭師一家が全員詰まってましたね。カフカも受け入れられたようで何よりです」

「御母堂はなかなかにアレなお方であった」

「アレとは?」

「迂遠な敵意を向けられた。某がカリギュラ殿とねんごろの間柄だと誤解されたようでの」

「……おじさんも大変です」


 ギルバートが帰ってきてからもシグレは何故かわたしに構ってくる。弟子の稽古は毎日欠かさず付けているようだが、それ以外はわたしの近くにいることが多い。


「シキ様? 申告するステは決まりましたか?」

「それですよサニアさん。一応、何種類か用意したんですけど……どれもピンと来なくて」

「拝見しても?」

「はいどうぞ」


 ステが描き込まれた何枚かのラミネートフィルムをサニアに渡した。


 ステータスの自己申告は国や家ごとに様々な形態があるが、キョアン家では要塞の防壁上に設置した大型スクリーンにプロジェクターで映し出すことになった。


 このムンドゥスではステータスが人生を左右する。それはある意味で真実なのだが、真実はあくまで己の中にしか無く、自己申告で外に出すステータスに大した意味は無い。


 それでもそれを重視するのが人族であり、世の中には著名人のステータスを書き連ねた目録まで存在するのだ。主要な貴族家の子女が鑑定した際には申告されたステータスの書かれた紙を脚に括り付けた伝書鳩が飛び交ったりもする。


 もちろん大人たちが綿密な根回しを終えた上での事だが、そういう意味で今回の手法はかなり攻めたやり方であり、シグムントの無意味な気合いが窺える。


「どれも妥当なところかと思います。どうせ本当のステは目も当てられないのでしょうし」

「失礼じゃないですか? ねぇ、それはさすがに失礼じゃないですか?」


 そりゃそうだ。魔攻が500万超えの10歳児なんて居るわけがない。


 ただし、識術が広まればその消費MPがそこそこ重いことにも気付くわけで、わたしがじゃんじゃんモノづくりに勤しんでいる事実との整合が取れなくなると嘘がバレる。


「10万バージョン、20万バージョン、30万バージョン……どれも微妙なんですよねぇ」

「最低でも30万以上ということですね? その時点であり得ませんが仕方ありません」


 敢えて騒ぐことも無いだろうが、少なくとも工廠の錬成部隊には速攻でバレる。


 因みにわたしのステータス公開の後には同年代の子供たちの公開も併せて予定されていて、生まれや身分を重視しない国の在り方を喧伝する狙いもある。


「ギルはどうするんだろ? シグレさんはご存知ですか?」

「小細工抜きで正直に申告すると申しておった。弟子ながら潔い。天晴れ天晴れ」

「勘違いしてはいけません。シキ様と彼とではお立場が違います。そりゃもう天と地ほどに違います」

「わかってますって……うーん……どうしようかなぁ」

「何者であろうと己を偽るべきではないと思うが、あくまで某個人の信条だ。他人の言は気にせず、己で決めるが正しかろう」


 あれ? 似たような言葉を何処かで聞いたか? 誰の言葉だっけ?


「刻限じゃな。行くぞ」


 懐中時計に目を落としたアニェス様に促され、わたしたちを乗せたゴンドラはロープウェイに吊られて祭壇塔の中腹から滑り出した。


 人混みでごった返すセレモニー会場を見ながら、わたしはモヤモヤした感じが拭い切れずに――、


「気を抜くでない」

「暗殺者が居てもおかしくありません」

「何かあれば某の元へ走れ」

「はーい」


 物騒なことを言う3人に頷くのだった。



**********



 会場の視線を釘付けにする大型スクリーン手前、その最前列には豪華絢爛な雛壇が設けられていて、キョアン家にとって特に重要な賓客が並んでいる。


「ウツルン・デス……か?」

「似ていますが違うようです」


 キョアン領の歴史や一族の系譜、歴代当主たちの政策やら勝ち戦やら、そうした諸々を紹介する年表が映し出されている。シグムントの代になって写真が増えて、ところどころで動画も再生された。


「あれはシャメルで切り取ったのだ」

「似ていますが違うようです」


 先ほどから険悪なやり取りを続けているのは互いに大国のトップ。ヤマト国王カラスマ・ミッタライとカイゼル法国法皇カーマイン88世だ。


 後者はカーマイン博士の子孫だろうか? 爺様なのでよくわからない。


「法皇? 言葉の端々に棘を感じるぞ?」

「カラスマ殿には国でやるべき事があるのでは?」

「……デカい獣月モンなら片付いた」

「船は出たのでしょうかねぇ? 信徒のお布施を無駄にすると……人神様の怒りを買いますよ?」

「坊主の怒りならいくらでも買ってやるから黙っとけ……おおっ! 見事なりシグムント! 単騎でカメムシ3匹を落としたか!」


 第一次魔月モン戦争の記録動画が始まったところで会場は大いに盛り上がった。カラスマの場合は88世に痛いところを突かれて、それを誤魔化すためにという感じだが、両者に挟まれるシグムントにとっては助け舟だった。


「前衛のアリを抑えた兵らが居てこそです。教会騎士にも助けられました。法皇猊下にはこの場を借りて御礼申し上げます」

「司祭を護るのが彼らの任務です。司祭は民草に教えを広め導くのが務めです。領主の本懐と信仰が合致した結果ですよ」


 必死で話題を変えようとしてるね。お布施と艦隊が無駄になることを知っている身としては、さぞかし胃が痛かろう。でも、やっちゃったものは仕方ないから許してね。


 精一杯に背伸びした王様っぽい衣装を着たシグムントは大国の重鎮を相手に慣れない接待。


 どんな立場でも上には上が居るもので、作り笑いを浮かべるきゃつの姿は前世の宴会部長と大した違いはないように見える。


「エッチゴーヤはん。アレ。アレなんぼ? なんぼや?」

「あのサイズは私も初めて見たもので……非売品でっしゃろか?」

「釣れんこと言わんといてや。鉄の長期契約は変更したるさかい。どや?」

「……お求めの商品はプロジェクターですか?」

「さて……どうやろな?」


 先々の商機を狙ってエッチゴーヤに絡むエセ関西人はともかくとして、大画面へ投影される音声付き動画に目を剥く人が多数。


 きゃつの手伝いに駆り出されたらしいエッチゴーヤの隣にいるのはナニワ連合の代表オキーニ・サカイヤ。名前からして如何にも転生者っぽいが、彼個人にそれらしい経歴は無い。おそらく彼も子孫だろう。


 7大国の中で国主が来ているのはヤマト、カイゼル、ナニワの3ヵ国のみ。ピックミン王国内で起きた変事なのだから盟主たるグラン帝国も皇帝が来て良さそうなものだが、辺境伯の起こしたゴタゴタの後始末が済んでいないのかもしれない。


 個人的にはサザンオルタの総監アベ・レージに会ってみたかった。レージ・アベではなくアベ・レージという名前の並びに拘りのようなものが感じられて、ひょっとしたら転生者ご本人ではないかと思ったからだ。


 メイガスの女王については、アンゲラの様子から来ないことが予想できた。交換留学制度の導入はザビーネが彼女に伝えて、検討してもらうように頼んだそうだ。楽しみは留学後に取っておくとしよう。


「ふぅ……やれやれだ」


 この世の虚妄を集めて煮詰めたような光景にウンザリするが、こういうのが人族の持つ特徴だ。


 ムービーが終了し、シグムントが壇上に上がってマイクを握った。


「本日はお日柄もよく(中略)俺の国の誕生に際してこれほど多くの(中略)ありがとうございます」


 会場の各所に備え付けられたスピーカーから、当たり障りの無い挨拶をするきゃつの声が響く。わたしの出番も近い。


「つい先ほど! 俺の国で初めてのステータス鑑定が行われました! 実に400年ぶり! 記念すべき鑑定に臨んだのは俺の自慢の娘です! ご紹介しましょう!」


 MP30万バージョンのステータスを公表することに決めて、プロジェクター本体の設置されたお立ち台へ歩を進める。


 マイクの高さを低く調節して少しだけ横にズレたシグムントだが、何故か壇上から降りようとしない。笑顔で親指を突き立てサムズアップしている。


 ここで蹴落とすわけにもいかないか……ホントやれやれだよ。


『自分さ嘘つけばまいね――』


 その時、モヤっとした頭の中に、独特の方言が響いた。


「――」


 足を止めて立ち止まり、怪訝な顔をしたシグムントを無視して目を閉じ、ステゾウを思い出す。


 初めて訪れたMUNDUSで、どうして彼は他を圧倒できたのか。


「…………」


 目を開けて雛壇のヤマト国王を見た。


 家名の興りは同じだとしても、ステゾウとは似ても似つかない。


 代々伝わっていた家訓は忘れられてしまったのか。御手洗マコトはそれを知っていたのか。ステゾウとマコトはどのような関係だったのか。


 どうしてカラスマ・ミッタライから、欠片もステゾウの匂いがしないのか。


 あんなに強烈だったのに――。


「もしかして……祭壇の作り方を聞いた時点で……?」


 ああ……なるほど。ステゾウならきっとそうする。


 マコトとの関係性はわからないが、御手洗の名を持つ転生者が生贄を捧げて国なんか創るものか。

 

「もう何処にも居ないのなら……――わたしが継ごう」


 用意していたラミネートを火魔法で焼き消した。まっさらな1枚とペンを手にしてマイクの前へ。


「おい……。シキ……?」


 雰囲気を変えたわたしに小声で囁き掛けるシグムントを他所に、騒めきの残る会場へ向けてカーテシーを贈る。


「お集まりの皆様、こんにちは。わたしはシキ・キョアンと申します」


 画板の上のラミネートフィルムにペンを走らせながら予定通りの挨拶を述べて、ちょうど口上が言い終わると同時にステータスを書き終えた。


「さて、わたしく事ではございますが、この場をお借りしてステータスを申告させていただきます」


 自分に嘘をついてはいけない。


 それは桜田真紀の死から得られた教訓であり、未亡人となった彼の妻を介して御手洗の家に受け継がれた戒めだ。


 ステゾウのアバターは本人そのものだった。内も外も誤魔化すことなく、ありのままでMUNDUSに飛び込み、ありのままのMUNDUSを見た。


 だからこそ、どこまでも自由に、目の前にある事実のみを観測することができたのだ。これはリアルにも通じる真理ではないか。


 たとえ他人に向けたものだとしても、発せられた情報は波のように世界へ広がり、自らを規定する楔となる。


 彼の強さを知るわたしが、他人を欺き、自分を隠すためのアバターを作るわけにはいかない。


「遥かな過去を生き抜いた、とある魂に誓って――」


 大型スクリーンに映し出されたステータスは脳裏に浮かぶものとまったく同じ。


「これがわたしのステータスです」



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4023/9/15 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:1820/2150

 MP:3011450/5012380

 物理攻撃能力:1310

 物理防御能力:1385

 魔法攻撃能力:5012380

 魔法防御能力:5012379

 敏捷速度能力:2470

 スキル

 『愚者LV8』『魔術師LV8』『死神LV4』『女教皇LV6』『法王LV6』『恋愛LV6』『剛毅LV5』『運命LV2』『隠者LV1』『スカイダイブLV7』『ドランクドラゴンLV2』『育ち盛りLV6』『ベビーシッターLV5』『ジャンクジャンゴLV7』『調教LV7』『概念編纂・転写』

――――――――――――――――――――



「あっ。すみません。たった今スキル欄に変化がありました。少し修正します」



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4023/9/15 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:1820/2150

 MP:3011450/5012380

 物理攻撃能力:1310

 物理防御能力:1385

 魔法攻撃能力:5012380

 魔法防御能力:5012379

 敏捷速度能力:2470

 スキル

 『愚者LV8』『魔術師LV8』『死神LV4』『女教皇LV6』『法王LV6』『恋愛LV6』『剛毅LV5 → 剛毅LV6』『運命LV2』『隠者LV1』『正義LV1』『スカイダイブLV7』『ドランクドラゴンLV2』『育ち盛りLV6』『ベビーシッターLV5』『ジャンクジャンゴLV7』『調教LV7』『概念編纂・転写』

――――――――――――――――――――



『剛毅』のレベルが1つ上がり、新たに『正義』のスキルが生えている。


 どうやら『剛毅』とは我慢や忍耐といった概念だけではないようだ。


 正直に申告したことで生えた『正義』のスキルだが、この行いを正義と呼ぶのか釈然としない。一般的な正義の意味合いからはズレているように思う。


「以上です。ご清聴ありがとうございました」


 いや……ホントにシィーンとしてるよ。


 次はギルバートたちも控えてるし、プロジェクターのラミネート退けていい? もういいよね? 退かすよ?


「「「「「待てぇえええええ――いっ!」」」」」


 雛壇のお歴々から盛大な『待った』が掛かり、わたしのステータスはその後1時間に渡って晒され続けるのだった。


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