第155話 ロートルの覚悟、鮮血と共に散る


 アンゲラはもう用は無いとばかりに兵団を連れて帰って行った。


「――ということだ」


 白亜の屋敷の執務室には、キョアン家の血縁者(わたし以外のガキンチョを除く)+駐在司祭イリア+機密を聞いてしまったシグレとメイデンが集められている。


 シグムントは人数を絞って儀式の内容を開陳し、その残酷な手順を理解するに連れ、ザビーネの顔色が蒼白に染まっていった。


「そ、そんな……っ! それではまるで生贄の儀式ではありませんか!?」

「実際、そうなのだろうな。今在る国々……建国の王は皆……その禊ぎを越えたということだ」

「ふむ……其が祭壇の製法か。どれだけ調べても知り得ぬわけじゃ」


 参考までに聞き出した過去の王たちの対応は千差万別。


 先ず自らの魔力を捧げて自己犠牲の呼び水とした王も居れば、大量の奴隷を用意して無理やり魔法を使わせた王も居たと言う。


「アニェス様の御国ではどうなんですか?」

「祭壇は古より継がれておる。出処の記録は残されておらぬ」


 人月教会の司祭であり巫女候補でもあるイリアですら、この事実を知らなかった。儀式は建設された塔の上で行われるのだが、ならば建国当時の司祭が知らないはずはない。


「古来より、王家と駐在司祭は固い絆で結ばれるものだとは聞いておりました。まさかそのような裏があったとは思いも寄りませんでしたが……」

「ここまで知られていないのだから、意図的に隠蔽されたと見るべきだろう」

「共に辛酸を舐めた同志……あるいは共犯意識というものでしょうか……」

「どのような手段を選んだところで……喧伝できるようなものではあるまい」


 祭壇の完成までに必要な魔力がわからない点が厄介だ。事例ごとに大きな差のある生贄の数。そこには何の法則性も見出せなかった。


「ウェスタニアは11人で済んでます。何か条件のようなものがあると思うんですけど……」


 例えば、北西にある隣国のウェスタニア王国はピックミン王国と大差無い規模の小国だ。


 普段から魔防の高い妖月モンを相手にしている関係上、魔法使いが少ないお国柄で、歴史書を紐解けばその特徴は建国前からあったらしい。


「1人あたりのMPが大きかったのでは?」

「それも考えたんですが、ムサイの前王朝では15万人です。比較になりません」


 魔力欠乏になるまで魔法を行使するという条件から見て、単に消費MPの寡多の問題ではない気もするが――、


「例えば……昔はウェスタニアにも竜滅の巫女みたいな人が居たとか?」

「この身が見たものから察するに、それはあり得ません。今も昔も、あの国でMPに余裕のある人間は皆無でしょう」


 イリアはナニワ連合、ウェスタニア王国、ノーザンブルグ王国、グラン帝国と経てピックミンへやってきた。


 訪れたウェスタニア王国はとても貧しく寒い国で、妖月モンを倒して薪にしなければならないほど通常の樹木が少ない。国民の多くが『ファイア』で暖を取るような生活をしていたと言うからよっぽどだ。


 暖房器具を作ったら売れそうだね。価格は抑えなきゃダメだろうけど。


「ザビーネ。ポーションの在庫はあるか?」

「取り置きはありますわ。ただ、昨今は総じて最大MPが高うございます。何百人もの魔力欠乏を治療するにはとても足りません。最大値の小さな……例えば子供ならあるいは――」

「それはならん!」

「も、申し訳ありません……信義に悖る発言でしたわ」

「直近のヤマト国で600弱か……。妖精族に頭を下げて増産を――」

「老人を使い潰せばよいのです」


 部屋の隅に控えていたメイデンの声はいつもより大きく響き、若々しく感じられるほどによく通った。このような場で自ら口出しするのは、わたしの知る限りでは初めてのことだ。


「旦那様。悩むことなどございません。ポーションも不要です。私を含め、この先お役に立てそうもない年寄りを使って国を興されませ」


 メイデンは淡々と続け、その迫力に誰も反論できないでいる。


「新しい国の礎に成れるとは名誉なことです。家令殿などは泣いて喜ぶと思いますよ?」


 レナードを引き合いに出し、おちゃらけて笑うメイデンを見るのも初めてのことだった。


「メイデ「シキ」――」


 そんな非合理なことはしなくてもいいと言おうとしたわたしを遮り、メイデンは昔と同じ顔で睨んできた。


「今度ばかりは口を出すんじゃないよ」


 3つ子の魂というヤツだろうか。わたしとしたことが、鬼婆の眼力に何も言えなくなってしまった。



**********



(別視点:メイデン・ジアン)



 私の個体名はメイデン。先祖に面倒な女が居たらしいが、私にとっちゃどうでもいいことさ。


 その時に散々傷んだヒョッコリーの連中は恥も外聞も無い無精者ばかりになっちまったらしい。どいつもこいつも品性ってもんに欠けてて見ちゃいられない。


 斯くいう私も一時の気の迷いで男に走ったこともあったが、今にして思えばヒラリーに負けておいて良かったよ。


 心残りと言えば子供を産めなかったことかね。最近は赤ん坊だのヤンチャなガキだのが増えて、そういう後悔が殊更に強まって参っちまう。


「手筈は如何に?」

「続々と集まって参りました。気の早いのは塔の袂に」

「そなたに死なれると困るのだがな」


 イニェスの尻尾を見た時には死んだかと思ったが、どうやらそれなりに認められていたらしい。アニェス様は何も言わずに私に世話を任せるようになった。アレが1番ヤンチャだから御苦労されてんだろうね。


「よくわかっておられます。もう大丈夫です」

「然り。最近は弁えておるように見えた。褒めて遣わす」

「最後のご奉公です。ヒョッコリーをよろしくお頼み申します」

「よい。行け」


 ヒョッコリーの知り合いに手紙を送った。どうせ時流に乗れずに燻ってるだろうと思えば案の定だ。


 世間がどんなに変わろうと変われない人間は大勢いる。それが国づくりの要に成れて、しかも人神様と繋がれるってだから、老い先短い年寄りのプライドを刺激するには十分だ。


 屋敷を出てケーブルカーで裏山の山頂へ登り、緑の山林を眺めながらロープウェイの駅でゴンドラに乗り込み、山間の真ん中にある最も高い鉄塔へ。


「これもシキが拵えたんだよねぇ……」


 キョアン伯爵家の別邸でバカ共を躾け、それなりになったら近くの村に吐き出してと繰り返し、荒廃したヒョッコリーを何とか見れるようにはできたかと思えば、妖精族の侵攻で水の泡になった。


 さすがに挫けそうになっていた時期だ。パメラが別邸に入ったのは。


 素直で真面目な働き者。要領は悪くないのにいつもギリギリで頑張っていた。


 ありゃ何の病気かね。他のメイドの教育に悪いと何度忠告しても治りゃしない。挙げ句の果てに領主の子を孕んじまって、本当に馬鹿な子だったよ。


 絶対に産むと言って聞かなかった。後にも先にもパメラの我儘はあれだけだ。


「んで、シキが出てきた。やってらんないよ……まったく」


 天才というのはあの子のためにある言葉さ。あんな流暢にペラペラしゃべる3歳児が居るもんかい。


 とは言え、魔力欠乏のパメラを生かした智慧には私も救われた。まさか虚偽申告してまで働いていたとは思わず、痛恨の大失態ってヤツさ。


 結局死んじまったと聞いた時に『刑死者』が付いて、この先死ぬまで逃れられないと悟った日は辛かったが、その後も否応なく人生は続いていくんだ。


 そうやって生きていくうちに、このスキルも悪いもんじゃないことを知ってホっとした。別邸は段々と賑やかになって、若者や他人の子供に囲まれて、それなりに充実してたからね。


『祭壇塔駅〜。祭壇塔駅〜。お降りの方は、お忘れ物に、ご注意ください』


 ゴンドラには何度も乗ったが、なんで無人の箱がしゃべるんだい。シキの魔法は本当にわからないもんばっかだね。


「メイデン……」


 駅に着いたら旦那様がおられた。まさか私を待ってらした?


 相変わらず貴族っぽくないねぇ……もうすぐ王様なら当たり前か。


「メイデン……考え直せ」

「ありがとうございます。しかしながら、たとえ旦那様が相手でも譲れないものはあります」


 このお方の性根はよく知ってるよ。孤児院にもいるガキ共の延長さ。だからこそ痛快なんだがね。


 エレベーターに乗り込んで屋上のボタンを押し、次に閉ボタンを押すと、旦那様が無理やり乗り込んできた。


『上へ参ります』


 ケージの中で2人きりだ。こりゃちょうどいい。もう無礼講でいいだろう。


「最後に一言、文句を言わせておくれ」

「い、いや……だから……考え直せ。屋上へは行かずに下へ降りるぞ」

「よくもパメラを孕ましてくれたね。私の苦労はあれから始まったんだよ」

「それはすまなかった。謝るからとりあえず考え直せ」

「しつこいね。ここで動かなきゃ刑死者の名折れだ。あの世に行ってまでパメラにデカい顔させるもんか」

「あいつはデカい顔なんかせんだろ。とにかく屋上へは出るな。な?」


 例の木箱は屋上に運び込まれたと聞いてるよ。やる気はあるんだろう? 諦めないんだろう? こっちは覚悟を決めてここにいるんだ。舐めんじゃないよ。


『チーンッ! 屋上階に到着しました』


 青空の下、鉄塔の屋上へ出ると、そこには――、


「オォオオオオオオオオオオオ――ッ!」


 木箱の上に仰向けで縛り付けられ、絶え間なく撃ち込まれる『ウインドカッター』でズタズタに切り裂かれて鮮血を撒き散らし、刻まれては再生する人間サイズの生き物がいた。


「はぁ……だから考え直せと言ったのだ……」


 屋上に設えられた丸テーブルにティーセット。


 パラソルの下、妙に胸元の開いたメイド服のマシロに紅茶を給仕させつつ、獣月モンに魔法を叩き込んで嬲り殺すシキの姿があった。


「パメラ……あれがアンタの娘だよ……」


 あの子の1度きりの我儘……許すべきじゃなかったのかも知れないね。



**********



 考えてみればおかしな話だ。


 魔力を捧げるために魔法を行使する?


 この前提がそもそもの間違いだろう。


 単位あたりの魔法のコストはイメージの程度に則した所要MPである。個別のイメージを数値化できない以上、公式を求めることは難しいが、当然そこにも転生神のルールがある。


 MPは行使された魔法に必要な分しか消費されない。木箱に寝そべって行使した『ウォータ』のMP消費量は場所を変えても同じだった。


 すなわち、どれだけ魔法を使ったところで誰かに捧げられる魔力など有りはしない。


 にも関わらず祭壇が得られる。それは公正じゃない。つまりは根本的な誤解がある。


「シキ様。治癒スキルが途絶えました。寝ています」

「よし、次を連れて来て。シグレさん、処理を手伝ってください」

「承知した」


 再生途中で寝こける獣月モンの拘束を解き、地上に掘った大穴へ目掛けて放り投げると、位置エネルギーを速度エネルギーに変えてヒューンと落ちていく。


 獣月モン(魔力欠乏)は穴の底で真っ赤な花を咲かせて死んだ。


 この儀式のキモは『箱の上で魔力欠乏』という一点のみだと思っていたが、魔力が対価になり得ないなら他に捧げられているものがあるはず。


 魔力欠乏で死んだ者が失ったものはと言えば、魔力と命である。


 直前で獣月の落涙があったのは幸運だった。治癒スキルを持つ、ヒトに近いサイズの生き物を使えば、同様の儀式が行えるのではないかと予想したのだ。


「今、何体目?」

「108体目です。子供サイズの個体は樹海を探せばまだ居るようですね」

「じゃんじゃん捕まえてきて。最悪の場合は10万単位……モモ? 商人ギルドで獣月モンって仕入れられる?」

「られるわけないですよね? 当たり前ですよね?」


 なかなかシュールな仕事なのでメンバーを絞って進めているが、所詮は思いつきの実験に過ぎず、いつになったら結果が出るかもわからない。


 不毛な努力か否かは神のみぞ知るところだろう。


「のう? MPを枯らせた後、すぐに殺してしもうて良いのか?」

「儀式に奴隷を使った国ではサクっと殺してたそうです。アンゲラさんを追いかけて確認しました」

「ふむ。相違点は人か否かだけか」

「どちらも同じ生命体です。獣月モンはそれなりに知恵もあるようですし、実はかなりヒトに近い生物じゃないかと予想してます」


 人間だろうがモンスターだろうが生命という括りでは違いなど無いはず。それでこそ神の公正さってものだろう。


「あっ! 旦那サマ!」


 獣月モンのピストン輸送に使っている資材搬入エレベーターの反対側。一般エレベーターの方からシグムントとメイデンが現れた。


「ちょっと疲れたから代わってもらっていいですか?」

「……うむ」

「もっと捕まえなきゃいけないんで、ヒョッコリー全軍の兵隊を使っていいですか?」

「……うむ」

「あと、わたしはこの実験に立ち会わない方がいいと思います。わたしが見てるとダメって言うか……お任せしていいですか?」

「……うむ」


 それから1週間後の9月末、ステ暦の上でのわたしの誕生日を翌日に控えて、祭壇の木箱は盛大に燃え上がった、らしい。


 わたしはその場に居なかったのでどういうカラクリで燃えたのかはわからなかったが、燃え尽きた箱の灰を取り除けばお馴染みのダイブ端末――、祭壇が現世に迷い出ている。


 兎にも角にも気味の悪い物体だが、考えてみれば超構造体も似たようなものだろうと腹を括ることにした。


 さあ、明日はいよいよ建国だ。


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