第54話 なんで? 集結……だと!?


 ケーブルカーの支柱となる鉄塔の位置をいくつか決めて、内1つを樹海新地も含むヒョッコリー一帯の中心地点に置くことにした。


 別邸と川の間の、薄緑の樹海の、なだらかに連なる丘陵の一画。


 そのポイントに裏山の頂上より背の高い電波塔を建てるべく工事を初めて3日目のこと――、


「暗季に入る前に仕上がるかなぁ? むぅ……無理かも」


 頭の中の工程表を見直し、他の諸々との兼ね合いを踏まえてリスケしていると、下から駆け上がってくる人影が見えた。


 命綱も着けずに危ないよ? わたしは転落防止ハーネスと展開式グライダーとイザという時のパラシュート、さらには『スカイダイブLV2』のスキルもあるから全然平気だけど。


「シキ。そこに直れ」


 さすがはアニェス様、高所に全然ビビってない。盛り髪とドレスに乱れは無く、風にはためくマントをイイ感じで抑えて尻尾を隠す。


 と言うかさ、そのハイヒールで一体どうやって登ってきたの?


「えっと……どこに直れば?」


 ハーネスに吊られて命綱へ体重を預け、背中をぐいっと伸ばして海老反り、仰ぎ見るようにアニェス様を見下ろすという変な体勢になった。


 建設し始めて間もない電波塔はまだ鉄骨が剥き出しの骨組み状態。地震に備えてしっかりしたものを作るつもりだからMPを出し惜しみせずに頑張っているが、上の方には腰を下ろすスペースすら見つからない。


「そなた、コレは何か?」

「鉄塔ですよ。ロープウェイの支柱になります。電波塔としても使えるかと思いまして、ちょい高めに造らせていただいております」


 ようやく突端のフレームが敷地からも見えるようになったらしいけど、この程度じゃまだまだ足りない。一帯を見下ろせるような高い山が無いんだから、もう少し高くしとかなきゃ電波塔としては役に立たない。


「……塔じゃと?」

「展望台とレストランがあってもいいですね。ちょうど中間ですし、途中下車できる駅にしましょうか」

「直ちに中断せよ。屋敷へ戻れ」

「むぅ……わかりました……よっと、トォウ!」


 ハーネスのフックを外して大ジャンプ。地上100mから一瞬だけスカイダイブ。背中のグライダーをバサっと展開して「――滑空」翼で風を掴んで揚力を得る。


 自然の風を利用できるので『ホバークラフト』と比べれば圧倒的に効率がいい。風魔法を使えば風向・風速も自由自在に変えられる。何処へでも飛んでいけるわたし専用の新たな移動手段だ。


「うっわ〜……あの高さから駆け下りて? 密林の中をグライダーと同じ速度って……亜人族の敏速は化け物か」


 これは飛行機械ではない。ただのグライダー。ホバーの延長。凧みたいなものだからご命令には背いていない。きっと大丈夫だ。


「――よっと!」


 翼を畳んで屋敷の玄関先にふわりと着地すると、シグムント、ザビーネ、イリア、諸々の偉い人たちが勢揃いしている。


「「「「「…………」」」」」


 そんな真面目に驚くなよ。てか……なんか怒ってる? 怒ってる人間がビックリするとこんな顔になるのか……怖っ。


「……グライダーです。ただのグライダー」

「シキ!」

「あっ!?」


 いつぞやのように背後から頭をガッと掴まれた。


「イダダダダダ……っ!」

「猛省せよ!」

「なんで!?」


 頭皮が捲れるかと思った。


 アニェス様!? 一体何がいけないの!? 説明も無くいきなり体罰は良くないと思うし! これは優雅じゃないよ!


 片手で吊られたわたしが解放されたのは顔無し冷血司祭の眼前だ。

 

「建設を許可した覚えはありません」

「はぁ? なんでイリア様の許可がいるんですか?」

「アレは塔です」

「あー……塔って祭壇塔のことですか」


 やってられっか。塔と言えば祭壇塔であるという固定観念に囚われた凡愚ども。論破してやろう。


「あれは電波塔ですから別物です。わたしは祭壇がどんなものかも知りませんし、天辺には祭壇じゃなくてアンテナを設置します。だから教会とは何の関係もありません」


 電波通信のありがたみを噛み締めるまであと少しだから、もうちょっと我慢してよね。


「じゃ! そういうことですんで! ジュワッチ!」

「行かせると思うてか!」

「アニェス様!? 離陸時に飛びつくと……うわっ!」

 

 離脱に失敗したわたしは教会騎士に包囲され、真面目な顔したシグムントに『謹慎』を言い渡され、屋敷の1室に軟禁されてしまったのだった。



**********



(別視点:アニェス・グウィン)



 妾の個体名はアニェス・グウィンである。


 カゲンの民らは雑多の一言で片付く故に、妾にとって治むるは容易い。真実を語り、豊かさを示せば事足りる。


 生まれながらの『女帝』たる妾は贅の限りを尽くす。民らの嫉妬を一身に浴び、憧憬の眼差しを眩い光へ変えてこそ、真なる暗季を照し出す鏡となる。


 世に並ぶ者無し。己こそ唯一無二。


 其の気概無くして『女帝』のレベルは上がらぬ。其のはずである。では何故レベル9に至らぬか。


 5柱の神のいずれにも属さぬ民の頂点。女帝たる妾は其の先を見たいが故に『女帝LV8』であり続けた。


『ポーションをください!』


 そんな時であった。彼奴が現れたのは。


 初見――路傍の小石なり。


 剣の一閃には多少見るところのある石塊いしくれであったが、伝承にある剣王とは比ぶるべくもない、取るに足りぬ旅人に過ぎぬ。


 彼奴は妾の居城を訪れるなり門前でドゲザし、ポーションを強請ねだる紛うこと無き凡愚であった。取り押さえようとする衛士を斬り伏せ、城門を輪切りにしてドゲザする凡愚。まこと愉快な凡愚である。


 興が乗った故に招き入れた。其の戯言が如何ほどの遊興となるか、戯れの具合によっては恵んでやっても良いと。


『ポーションをください!』


 彼奴が追い求めたるは下級ポーション1本のみ。


 妾を目の前にしておきながら、妾など眼中に無かった。


 あらゆる屈辱を与えた。剣を取り上げ、服を取り上げ、すべてを取り上げて足を舐めさせた。


 優雅ではない。高貴でもないが、心奥から噴き出す嫉妬に我慢ならぬ。


『ポーションをください!』


 まったく巫山戯た凡愚である。


 埒外の嫉妬心に押されて動いてみれば、どうしたことか。思い掛けず『女帝』のレベルが上がったではないか。


 彼奴との道中、ようやく嫉妬の大元に得心が入った。


 人族の平民。小さな館の使用人。魔力欠乏に陥った其の女を助ける。ただそれだけのため、届かぬ手を無理に伸ばしたと宣う。


 故に、此奴の眼差しは妾に向かぬのか。嫉妬心が煉獄の如く燃えよった。


 其の女は未だ存命と聞いていた。確かめようもない事柄を彼奴は当然のように信じて疑わぬ。其の所以にも気が向かい、益々、興が乗った。


『……帰ってください』


 本拠へ戻り、鳩番から文を受け取るや、そう言い残して馬を変え、独り駆け出す背中に置き去りにされた。


『女帝』の嫉妬は烈火となって燃え上がり、妾の貞操を焼き尽くし、もはや引き返すことは許されぬほどに焦がれて、終いに妾は其れと行き逢うた。


 選択を迫られた時、人の行いは雄弁に其の者の真実を語る。やはりパメラは死んでおらなんだ。


 あの時、垣間見た輝きは確かに妾を凌駕しておった。パメラの忘れ形見が其の根源を受け継ぐ者であるなら喜ばしい。


 アレの羨望を得て導けば、妾は『女帝』の更なる先へと至れるに相違ない。


「…………」


 だと言うに……あの時以来とんとパメラは影を見せぬ。


 勝手に妾の写真を撒きよる。勝手に妖精族と縁を結びよる。勝手に魔月モンをバラしよる。勝手に塔を建てよる。


 シキの頭の中は謎めいておる。向かう先は杳として知れぬ。


 何かにつけ周囲を振り回し、もはや収拾が付かぬ。妾の知らぬ人族である故に。


「シグムント様? 次は人月教会への背信ですか?」

「待たれよイリア殿! アレは何かの間違いだ!」

「報告は受けておられたのでは?」

「大きな縄を繋いで行き来するだけの乗り物だ! そのはずだ!」

「彼女は塔だと明言しておりましたが?」

「……違う塔だ。何かはわからんが……祭壇塔ではない」


 ここ3日ほど、同様のやり取りが繰り返されておる。


 祭壇塔は人月教会の要石も同義である故に、乱立させてはならぬ。教会の器にも限界はあろうから当然の制約と言えよう。


 とまれ、こうなってはこの司祭も後には引けぬ。


「そなたが認めるしかあるまい」

「それは脅しでしょうか?」

「否。事実である」


 勝手に建てたことが最大の問題である故に、教会はあの塔を認めざるを得ぬ。さもなくば各地で後に続く凡愚が現れ兼ねず、それこそ人族が元来有する気質であろう。


「案ぜずとも……シキしかおるまいて。斯様な愚行をやらかす者なぞ」

「この身に駐在せよと?」

「住環境は最高のものをご用意する! 頼む! この通り!」

「樹海新地の計画はご存知のことと思います! この地は台風の目となり得えますし! 何よりモンスターを嗾けたピックミン王家の悪業! 王国内で済ませてよい問題ではございません!」

「おおっ! そうだ! ザビーネの言うとおり! 王家との交渉とて梨の礫なのだぞ!? こちらは十二分に譲歩した! 努力もした! だから頼む! この通り!」


 シグムントは『皇帝』のスキルを得たと言うておったが……これが王じゃと? 同じ称号スキルを持たぬ妾にはわからぬが、彼の剣王も晩年は『皇帝』であったはず。


「御当主! 火急の報ゆえ失礼!」


 ノックもせずに飛び込んで来よった。レナードにしては異例の挙動と言えようが、何事か。


「今度は何だ? 本当に温泉でも湧いたか?」

「公爵領のカメムシが動き始めておりました! 真っ直ぐ北へ向かっておるようですぞ!」

「何っ!? 王家めぇ〜また同じ手を! 許せん! なぁイリア殿! 許せんよな!? なっ!?」

「それは脅し……でしょうか?」


 シキは喜びそうじゃな。此度は断じて行かせぬが。



**********



 翌日、またもや火急の知らせが舞い込みよった。ただし、此度は鳩ではない。


「塔からの緊急伝です」


 グラン帝国、ノーザンブルグ王国、サザンオルタ公国、カイゼル法国、ヤマト国、メイガス魔導国、ナニワ連合国、その他多数の小国を含め、人族領域中の魔月モンが一斉に歩みを変えたと言う。


 人月教会のテルル網を通じて流される報に虚伝は無いにせよ、其の前提を疑るほどに奇怪よな。


「それらすべての進路上、向かう先にはピックミン王国。導線はこの地で交わるとのことです」


 誰も言葉を発せず数分後、面を青く染めたザビーネが呟く。


「あ、あなた……? これは……まさか……」


 これが人族会議の決定とでも言うか。


 そのような事はあり得ぬし、あったとしても早すぎる。此奴とてわかっていよう、ピックミンに斯様な力は無い故に。


「カイゼルやサザンもとなれば、益々あり得ぬ」

「ヤマト国とてあり得ぬわぁ! ミッタライ王がそのような愚劣な策に乗るはずがない!」


 カイゼル法国は人月教会の総本山。調停者の首魁たる組織である故に、善きにつけ悪しきにつけ、何人に対しても特別扱いはせぬ。


 サザンオルタ公国は竜族向けの防波堤。会議の主要7ヵ国に数えられども実態は他の6ヵ国の傀儡である故に、領内のモンスターを野に放つ策など飲めるわけもなし。


「教会はもちろんのこと、人族会議も本件に関わっていません。何故なら領域外、東や南からも……同じく」


 獣族や竜族の領域からも魔月モンが雪崩れ込み、辺境国の国境守備隊と交戦状態に入った。


 凡愚と同じ言葉など吐けぬ。口にしたくはないが、確かめないわけにもいかぬか。


「有史以来、過去に例が無い。妾の知る限りである。どうか?」

「「「「「…………」」」」」


 誰も口を開かぬか。ならば人族の伝承にも無い異常事態と見て間違いあるまい。


 最悪を想定したらば、大陸中の魔月モンがこの地を目指して集結し始めておると見るべき。となれば――、


「シグムント。まずは北である」

「――っ! 直ちに出陣する! ザビーネ! 要塞に兵を集めよ!」

「はい! 万事お任せを!」


 此度の災禍は一捻りあろうが、南は当面カメムシのみ。他国は領内の魔月モンを全力で狩るであろう。解せねども敵が迫れば抗戦する、それが人族である故に。


 北に落ちた魔月モンはこちらへ寄せるであろう。道中、集落の邪魔にならぬ限り減りもせぬ。妖精族の気質は不動である故に。


 気掛かりは唐突なりし魔月モンの挙動の変化。その由来によりけり、極めて厄介な事態となろう。


 己が意を以てモンスターを操るスキルなど、考えたくもない権能である故に。


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