第53話 リゾート開発、わたしは着々と進行中


「フロス! いらっしゃい!」

「シキ……? 大丈夫……? ホントに大丈夫……?」


 温泉リゾート計画に要塞建設予算の一部が割り振られてから3ヶ月後、まだ人族向けの設備は未完成だけど、とりあえず老人ホームの爺婆様向けに秘密の公衆浴場を開業した。


「大丈夫だって。そのために樹海新地の最奥に敷地を確保して、老人ホームまでの道も通したんだから」

「地下鉄はスゴいと思うけどさ……ボクらがここまで来ちゃって大丈夫……?」

「フロス。これは秘密の……そう、秘密の商売なんだよ」


 入浴料はポーション1本。こうすればノルマを守らせるよりわかりやすい。


「シロちゃん? コレでええんかのぅ?」

「マシロ? 我輩も一風呂構わぬか?」

「はいは〜い! 下級ポーション3本ですねぇ〜。3名様ご案内します。コチラへどうぞ〜!」

「ほら。フロスも行った行った」

「人族のお風呂の入り方とか知らないよ……?」

「私が1から10までご説明しま〜す! どうぞぉ〜!」


 秘密の妖精温泉の管理人はマシロ。地下にはリゾート全域の心臓部たる発電・ボイラー設備もあるから教育にうってつけだし、いつでもお風呂に入れる特典付きで本人も大喜びだ。


 人族向け温泉施設との間には最新の最強装甲隔壁を設けて完璧に縁切りしてあり、観光客が出入りできるのは隔壁より南側、外周防壁の内側だけ。


 地下の存在は機密扱い。普通じゃあり得ない贅沢なかけ流しのお風呂も豊富な源泉を掘り当てたことにしてあるから何も問題は無い。


「たわけ。大問題である」

「ひえっ!? ……アニェス様?」


 マシロが3人を脱衣場へ案内して消えたところで見計らったようにお出ましになった。無音で急に背後に立たれると口から心臓が飛び出そうになるからやめてほしい。


「こんな場所へお越しになるとは珍しい。何事ですか?」

「誰が発電まで許可したか。マシロばかり重用するのも大概にせよ」

「お爺ちゃんたちは歩くの嫌いなんです。下手にヨボヨボウロウロされて見つかっちゃうより、地下に楽チンな乗り物を用意する方が安全かと思いました。それに……聞いてください」

「……聞くだけである」


 電気も無しに樹海に湯快リゾートなんて作れるわけがない。自然豊かな土地にリゾートを創るに当たって最も大切なもの、それは顧客にとって安全快適な環境である。


「自然のど真ん中に入り込みながら、危機感の欠片も持たず優雅に寛げる。そのギャップがウケるんです」

「……続けよ」


 モンスター樹海の只中で本来なら維持できるはずのないリゾートを成立させるものこそ、リアクターの生み出す莫大なエネルギー、すなわち電力である。


 堀の周りや河川敷には妖月モンがウヨウヨしてるんだから、火矢装備の守備兵を立たせ、川に橋渡せばそれで済むわけじゃない。


 遊びに来た観光客を完全武装の兵団が護衛しながら出入りするなんてナンセンス。人族向けの移動手段だって別に用意するつもりだけど、それにも電力が必須となる。


「地下鉄とやらか?」

「川の地下は地盤が緩いかもしれないんで基礎工事が面倒です。だからお屋敷の裏山からロープウェイを通そうと思います」


 観光客は妖月モンの犇めく河川敷を見下ろしながら悠々と移動するわけだ。これはきっとウケるに違いない。


 堀の周りをさらに電気柵で囲み、防壁の各所にはガスボンベ式の火炎放射器を設置する。妖月モンが相手なら火矢よりは断然有効だろう。安全な場所からモンスターを焼き尽くす討伐ツアーを組んでもウケるに違いない。


「それらのインフラやサービスすべてに細かく課金すればガッポガッポと入ってきます。電力はタダ同然なので主なコストは人件費になるでしょうが、接客クルーの教育はそちらでお願いします」

「…………」

「アニェス様もお風呂……入ります?」

「話にならぬ。付いてまいれ」


 なんだよ? わたしの完璧なリゾート計画に何の不備が?


 さすがにお尻ペンペンは無いと思うけど、『ちょっと顔貸せ』みたいなノリは怖いなぁ。



**********



「一体どうやったら3ヶ月であんなことになるんだ!?」

「旦那サマ? これは否なことを。良きに計らえとおっしゃったじゃありませんか」


 樹海新地には人足向けの簡易浴場を作ってあげたのだが、これが大人気で噂は別邸跡地にまで轟いており、『あっちの方がいい』と手のひらを返して転属を願い出る者が続出しているらしい。


「あんな量の湯をどうやって沸かしてる!?」

「だから、川から引いた水をリアクターの熱で温めてるだけです」

「川……いや堀からか? 魔月モンの心臓で沸かせるとしても、どうやって運んでるんだ? 浴場には湯船しか無かったぞ?」

「だから、電動モーターでポンプを回して送水してるだけです。ここの水道と一緒だとお考えください。まぁ、お屋敷の方は動力が水車だから送水圧力と規模は桁違いですけど」

「湯沸かしだけだと聞いていた!」

「沸かしたお湯を天秤棒と水桶で運ぶと? ……あはっ」

「鼻で笑うな!」


 もうお馴染みの言い訳だが、またもや『早過ぎる』ということらしい。今回の場合は『速過ぎる』もだろうか。


「はぁ……で? 開業はいつ頃になるんだ?」

「あと1ヶ月もあれば温泉施設はできますけど……他の諸々はどうなってるんですか?」

「はぁ〜……わかっているのか? カリギュラはまだ防壁を作ってるんだぞ?」

「だから、早く済むようにコンクリートを提供してあげてます。芯材と木枠を組んだところに流し込むだけなんですから、土嚢やレンガを作っても積み上げるより遥かに効率的です」


 結局は土木資材をわたしの魔法で用意してあげることになってしまった。MPの消費が半端ないのでクソ不味い超ド級ポーションのお世話になりまくっていて、今やわたしの最大MPは500万の大台に差し掛かっている。


 ステータスを思い浮かべて目がチカチカするようでは困るので、できれば7桁以上には上げたくない。ボノボがパッと見て判別できる数字は7つまでという実験結果もあったはずだ。


 はて? ボノボって誰?


「このままじゃわたし自身がボトルネック……仕事が追い付かなくなって開発が止まっちゃいます」

「たわけ。今もって誰もそなたに追い付けておらぬ」

「……わたしは7歳時ですよ?」

「誰もそうとは思うておらぬ。魔女の誹りは免れまいて」

「年齢的に魔女っ子が厳しくなったら魔法少女で通します」

「たわけ。そういう事ではない」


 最大の懸念はイリアを始めとした教会関係者がま〜だこの地に留まっていること。シグムントも痺れを切らして祭壇塔の建設許可を出すか、それとも出ていくかのどっちかにしてくれとせっついているらしい。


「そう言えばですよ。鑑定。ギルはあと2年ですし、今年10才だった子たちは全員が未鑑定……どうするんですか?」

「王家との交渉はザビーネに任せてある。周辺の3領主は我が領に大きな借りがあるのだからな……表面上はだが」


 もう1匹のカメムシは未だに討伐されていない。エッロイ領と直轄領の間にある湖の畔に陣取って厄介すぎる砲台と化しているらしい。王都周辺の街道をすっぽり射程に収めているのか、行き交う馬車が礫に狙い撃ちされているそうだ。


「エッグザミン卿の訃報を受けて領主が代わった。ヤツの実弟が公爵位を受け継いだ形だが……アレは領主の器じゃないと国中で噂されるほどのバカだ」


 エッロイ卿よりもヤバいやつが公爵家の当主に立ったわけだが、それはどうでもいいからとりあえずカメムシを採ってきてよ。


「お願いします、旦那サマ」

「良いかシキ……カメムシの討伐とは、通常半年ほどの時間を掛けるものなのだ。相応の犠牲を払ってな」


 話を聞く限り、兵隊が周りをうろちょろしてプラズマ砲を撃たせることで燃料の枯渇を誘い、休止状態に追い込む策だと思われる。


 足止めするのは動かれるほど被害地域が拡がるからだが、水を飲んだカメムシはその場に留まることもある。今回はそのケースだ。


「魔月モンの有用性は理解した。だが、この状況で王家の膝元へ踏み入るわけにはいかんのだ。エッグザミン卿は死んだことになってしまったので御輿にも使えん」

「ご本人の希望です。老人ホームで筋トレしてるだけで働かないんですもん。引きニートに戻っちゃいましたね」

「ハグレ妖精族には気に入られているようだ。それはそれでよしとすべきだろうが……このままでは客も来ないぞ?」


 たしかに領内だけを対象にした観光業ではあまり意味が無い。外貨を稼がなければいけないわけだが、いつまでも王家と睨めっこを続けていては商売あがったりだ。


 独立して建国でもすれば話は違うのだろうが、そのためには祭壇塔が必要になる。


「祭壇塔ってどんなものなんですか? 図面とまでは言いませんから絵に描いてくれませんか?」

「……何をするつもりだ?」

「勝手に建てたらい「たわけ」……かなって……むぅ」


 それはダメらしい。教会の司祭から許可を得て、さらには駐在司祭を招かなければ、祭壇塔としての機能を果たせないハリボテになってしまう。


「ところで……わたしはなんで呼ばれたんでしょう?」

「経過を知らせよ。以後の動きも包み隠さず開陳せよ」


 わたしとしてはそちらの全体スケジュールを教えてほしいです、とか言えるはずもなく、正直にわかりやすく進捗を報告し、今後の作業予定を連絡した。


「リゾートと別邸の人の行き来が増えそうですから、先にロープウェイを通しちゃおうと思います」

「「…………」」

「よろしいですか?」

「待てシキ。それはどのようなものか、詳しく説明してくれ」


 こやつ……警戒してるな? そんなに心配しなくても、たかがロープウェイ。ワイヤーロープの輪っかで目的地同士を繋いで、吊り下げたケージをくるくる回すだけの単純な乗り物だ。


「――と、このように樹海新地の南端と裏山を往復するだけの箱です。大型の妖月モンに備えてある程度の高さは必要でしょうが、それほど特殊な乗り物じゃありません」

「「…………」」

「よろしいですか?」


 アニェス様と目配せしたシグムントは「うむ」と頷いた。まったく呆れるよね。嫁か妾に相談しなきゃ決められないヘタレ当主め。


「承知しました。良きに計らいます」

「そうは言ってない。都度都度、報告するように」

「はい、わかりました。では、ご機嫌よう」


 屋敷からの帰り道。裏山の山頂に寄って樹海新地の方角を見渡し、ロープウェイのルートを考えながら、少し先の今後に思いを馳せる。


「まぁ……いいか。わたしはわたしで課題もあるし」


 魔月モンの制御モジュールと半導体パーツを流用して、より高度な電子制御システムを確立すること。現時点ではこれが1番の難題だ。発電機とボイラーの自動制御なんぞで終わるわけにはいかない。


 試作したPCの性能はまだまだ低くて関数電卓に毛が生えた程度の計算しかできないし、魔月モンの人工知能から情報を抜き出す作業は遅々として進まない。


「樹海と川を越えていくとなると……支柱はかなり高くして……あと頑丈に作らなきゃ。また地震があるかも」


 現地の視察って大切だよね。実際に見てみるとイメージがグッと現実味を帯びてモフっと膨らむからさ。


「機械室は……リゾート側でいいか。リアクター1基だけでも電力は余ってるし……電線の長さも足りないし」


 山頂に来るまでの交通手段はケーブルカーで良さそう。動力は少しもったいないけどパラジウムリアクター1基で事足りる。


 軽い登山ができるように山道を整備してもいいかもね。途中にお茶屋とかもあると嬉しいな。


 あはっ。なんだか楽しくなってきた。


「ロープウェイの支柱……いっそのこと鉄塔に……ついでだし……電波塔にしちゃう?」


 そろそろ無線通信も導入したい。こんな風にいちいち呼び出されていたんじゃ仕事にならないからさ。


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