第4話 見捨てられたシスター
助けた女の名前は、メアリ。
ここから南にあるクモンという小さな村に向かう途中で襲われたらしい。
シスターは神や聖女の教えを説くため、各所へ巡教する。その一貫だろう。
その際には当然護衛もつけるのだが、全員やられてしまったようだ。
あの程度の人間にやられる護衛とは。メアリはそれ程教会にとって重要人物ではないということなのかもしれないな。
「メアリは何処の出身なんだ?」
「一応、今はアリフォードという国です。首都のヒストリアにある大教会にいます」
「ヒストリアの大教会ですって?」
「うっ。は、はい」
ココは驚きに声を上げる。あまりに鬼気迫った反応にメアリが怯んだ。
「ん? ココ、知ってんの?」
「あなたはまた、はぁ」
ピシスの常識知らずにココも呆れていた。
確かにヒストリアの大教会のことは、知っておかなければならない名前の1つだろう。
「ヒストリアの大教会は、聖女ヒストリア様の名前を冠した唯一の街です。当代の勇者様や聖女様は、ここの大教会にて正式に任命されます」
「はへー、そうなんだ」
呆れて溜息を漏らすココに代わって、メアリがピシスに説明してくれた。
ヒストリアの大教会。
それを治める教皇や上位の人間のほとんどが勇者や聖女の血筋だ。魔王軍が最も警戒している存在と言っても過言ではないだろう。
勇者や聖女の発生はこの大教会のあるアリフォードでのものが最も多く、アリフォードは人間世界の中心とまで言われている。
魔王軍が最も警戒している存在であり、魔物にとって最大の脅威だ。
「そんなところにいるシスターが」
思わず漏れた言葉を飲み込む。
しかし、メアリは理解してしまったようだ。
「私は、大教会の中でも下っ端なんです」
それから、メアリは自分の生い立ちを話し始めた。
メアリは幼い頃に両親に棄てられ、そこを教会のシスターに拾われたらしい。
メアリを拾ったシスターは、ヒストリアの大教会においても、中々に権力のある人物だったらしく、そのまま教会で生活をすることになった。
だが、元々、勇者や聖女の血筋を持つ人間ばかりの教会だ。そうでない者は、何か優秀な才能か家柄を持って迎え入れられた者だけ。
拾われた身のメアリは、上層部にとってはあまり良い印象のある存在ではなかった。
それでもメアリを拾ったシスターは、メアリが1人前のシスターになるように育ててくれた。
そうして、今のように各所へ巡教できるようになったのだとか。
「今まではもう少し護衛の人もいたんです。でも、マザーが、あ、マザーは私を拾ってくれたシスターなんですが。マザーが亡くなってから、状況が変わってしまったんです」
なるほどな。
マザーとやらは、大教会内でかなりの発言権を持っていたらしい。そのせいで、メアリを良く思わない者たちも目立ったことはできなかったのだろう。
だが、マザーが亡くなると、メアリを守る者はいなくなった。そもそも邪魔な存在だったメアリに上等な護衛を付けるわけもない。
それで死んでしまえば、それでも良いと思っていたのだろう。
「私が未熟なばかりに、皆さんには迷惑をかけてばかりで」
「はぁ。嫌な話ね」
話を聞いて、ココは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。確かに、人間の話とはいえ聞いていて楽しい話ではなかったな。
ピシスも怒ったように眉を寄せている。
「メアリは悪くないよぉ。それより、護衛の人がもっと頑張らないと駄目じゃん。みんなやられちゃったんでしょ?」
「は、はい。皆さん怪我をして、逃げてしまいました」
「は? 逃げた?」
なんとなく予想していた。ココやメアリはそこまで考えていないようだったが。
「護衛対象がそこにいるのに、逃げたの? 護衛の人たちが? そんなことある?」
「あり得ないわ。命尽きようと、時間稼ぎくらいはするのが、護衛の義務じゃない」
「そ、そんな! 私のために命を懸けるなんて。あ、み、皆さんも危険になったらすぐに逃げてくださいね」
メアリの顔を見れば、それが本心からの言葉だということがわかる。
誘拐されそうになり、非力な人間にしてみればトラウマになったもおかしくない状況でも、メアリは他人を優先するのか。
「はぁ? 私たちが、そんな無責任なことをするまも、いえ、人間に見えるの? 心外だわ!」
「そうだ、そうだー。それに、あんなにんげ、あんな奴ら、あたしたちの敵じゃないよ!」
ココやピシスが憤慨する。
まあ、2人は責任感が強いからな。
普段はあれなピシスも、別に無責任というわけではない。自分に与えられた使命はしっかりと果たす奴だ。
「で、でも」
「メアリ。とりあえず、俺たちはお前を見捨てたりしない。だが、安心しろ。俺たちはそこら辺の兵士よりも遥かに強い。危ない場面なんて起きないさ」
ヒストリアの大教会に向かうというのなら流石に厳しいだろうが、小さな村に巡教に行く道程なら、万に一つも問題はないだろう。
俺の言葉にメアリは驚いているようだったが、やがて安心したように胸を撫で下ろした。
「はい。わかりました」
人間のために行動をするというのは、魔物にとっては意味不明な行動だ。だが、俺たちは下等な人間たちとは違う。戦うべき相手とそうではない者の区別くらいはつけられる。
会話を交わさずとも、ココやピシスも同じ考えのようだった。
「それにしてもさぁ。そんなに嫌われてるのに、本当に教会の仕事を続けるの?」
それからしばらく歩いていると、暇になってきたのかピシスが口を開いた。ズケズケとデリカシーの欠片もない質問を。
「嫌われて、はいませんよ。私が未熟なだけです。それに、仮にそうだったとしても、私の使命は変わりませんから」
何処までもお人好しだな。流石にココも呆れている。が、そこまで嫌な表情はしていない。
「使命のために、ね。まあ、大教会のボンクラ共に比べれば、筋は通ってるか」
人間だろうが評価できるところは評価する。
ココはそういうところは立派だ。
グエンなんかは人間イコール悪の方程式があるようで、絶対にそういうものを認めない。
それは戦いにおいてはブレない強い意思になるが、物事の真理を見抜くには邪魔な部分だろう。
そう考えると、この場にグエンがいなくてよかったと思う。
「ボンクラって。皆さん、すごい人たちなんですよ。私なんかよりずっと」
メアリはココの呟いたことにも反応した。
「あー、はいはい。悪かったわ」
ココは適当にはぐらかす。
それにさらにメアリが突っかかっていくが、それをピシスがからかって、と。勇者や聖女の情報を探るために潜入している魔物たち。とは思えない光景だな。
まあ、この方が誰かに見られた時、怪しまれないだろうから、あえて気を引き締める必要もないのだろうけど。
それから俺たちは3日程かけて、メアリの目的地の村クモンへと向かった。
道中、特に問題はなく、俺たちを襲ってくるような輩は現れなかった。出てきたと言えば、野生の獣くらいだが、少し脅すだけでも野生の獣は逃げ出すので問題という話にもならなかった。
しかし、その3日間でココやピシスはメアリと仲良くなったようで、最初の頃に比べればかなり雰囲気が丸くなっている。
メアリも2人には懐いたようで、特にココとはかなり打ち解けている。おそらく本当の妹よりも仲が良いのではないだろうか。
あの姉妹が特殊なんだろうが。
ちなみに俺は、最初に会った頃と特に変わったところはない。いや、今になってみれば、2人がかなり仲良くなった分、むしろ俺とだけギクシャクした関係のように見えるかもしれない。
「ココってば、情報を得るの忘れてないかな?」
少し前を歩くココとメアリから離れて、ピシスが声をかけてきた。
「別にいいさ。仲が深まれば、情報を聞き出すのは簡単になる」
「うーん。そうだけど、入れ込みすぎない?」
ピシスの懸念もわからないわけではない。
ココは優秀だが、俺たちの中で最も感受性が豊かだ。ヒステリックマジシャンとも言われているが、それだけ自分の感情に正直だとも言える。
人間だろうが魔物だろうが、分け隔てなく真実を見抜く目を持っている。それゆえに他者に感情移入して、今までの考えにブレが出てしまう可能性はある。
だが、そうだとしても、ココは。
「大丈夫だ。あいつが、自分の任務を忘れることはない」
「まあ、その心配はしてないけどー」
いざとなれば、自分の感情を殺して任務に当たることのできる魔物。それがココだ。
「それに、現状メアリが俺たちにとっての脅威になる可能性は低いしな」
ココが懐柔されたというのなら話は別だが、見る限りそんなことはない。人畜無害な人間だ。仮にココがメアリに入れ込みすぎていたとしても、任務に支障が出ることはない。
猫を被っている。とは思えない。
その合理的な理由も見つけられない。
「それもそっかー。まあ、あたしも人間は根絶やしにしろ。とまでは思ってないし、別にいいけどねぇ」
俺の話で不安は取り除かれたのか、ピシスは軽快にメアリの元まで走っていく。そして、後ろから急に抱きついてメアリを驚かせていた。
それと入れ替わるようにココが俺の元まで歩調を緩める。
「何を話していたの?」
「ココはメアリと仲良くなったなって話だ」
「え? も、もしかして、嫉妬?」
ココは微かに頬を赤く染めている。
「いや、別に」
「そ、そう」
かと思ったら、すぐに肩を落とした。
意味がわからん。
まあそれはどうでもいいか。
とにかく、もう目的地まではすぐだ。
メアリとも打ち解けたし、俺たちにとって有益な情報を聞き出せるかもしれない。折を見て、聖女に関する情報を聞き出してみよう。
勇者については、あまりに探らない方がいいのだろうが。
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