Day6『アバター』

 七月の〈記憶の清流〉では、〈一夏の冥福〉と呼ばれる儀式が執り行われる。

 参加資格は十八歳以上の者。緩いのか厳しいのか判断し難いが、現実と空想が織り成す空間に“居る”だけで条件を満たしているのだ。

 そして、今春に十八を迎えた俺は、ある目的の為だけに両親に頭を下げて、一夜だけの祈りに参加していた。

 しかし、年に一度の厳かな儀式と真摯に向き合う者は少なく、一部ではハロウィンの様相を呈している。

 本当に今日なのか? という不安に駆られた俺は、端末にダウンロードしていた【一夏の冥福について】と題するファイルを開いた。


【概要】彼岸から一時帰還する者の冥福を祈る

【日時】七月十五日。午後五時より

【場所】記憶の清流

【資格】十八歳以上(登録時に確認)

【環境】消音(会話は文字のみ)


 と簡潔明瞭な説明が並んでいた。

 一部界隈で話題になっていた話が、


『亡くなった妻子を見た』

『亡くなった祖父母と会った』

『友人と話した』

『死者に逢える場所』


 などの体験談が次々と投稿されたことによって、いつしか“空想”が“事実”のように伝播していったのだ。

 リア友の中には「オカルト」や「ネットの噂」だと揶揄する者もいたが、“死者に逢える”という文言が、俺の心を捕らえて離さなかった。

 両親は全く信じていなかったが、「祖母に会いたい」と懇願すると、年齢を証明する為の情報提供書を添付してくれた。

 虚偽の待ち人に、偽りの皮を被った創造の世界でも、真実がないわけではない。一か八かの大勝負に出た俺は、五分後に開始される儀式の合図を待った。


 五分後。

 仮想空間の闇に一筋の光が上がった直後。

 星一つなかった漆黒の夜に、ポッポッと花開くように光が灯った。

 歓喜に揺れる淡い光と種種雑多な文字の羅列。咆哮にもお経にも読み取れる文章の幾つかが、宙を舞う蛍のような光を手にしていく。

 俺も“あの人”に会う為に川の周辺を歩き回るも、それらしき人物は見当たらない。

 夜空の中央で輝くデジタル時計を確認しては徒歩から競歩へ。そして水辺を駆けていく。

 アバターに限らず、空間に存在するあらゆるモノが滲んできたので思わず空を仰ぐと。

 黄緑色の明かりが【18:55:40】と無情な数字を刻んでいた。

 開始直後は闇を埋め尽くさんばかりの光が舞っていたのに。

 地上に降りていなければ、残すはそらの中。暗闇に目を凝らし、体ごと回転すること二十秒。今にも天に還りそうな光を認めた瞬間。

 目の前に現れたのは、写真で見ていた女性の面影がある少女で。彼女の頭上に視線を移すと、『ホタル』という単語が表示されていた。

 何もかもが違っていても。この時が嘘偽りだとしても。

 ホタルという名の光は、褪せた写真で何度も逢瀬を重ねた女性。俺が本当に会いたかった人だ。

 やっと巡り会えたのに、感じる熱もなければ、交わせる声もない。

 創り物の体と空っぽの心だけの再会が、時代も次元も超越した果ての結末なのだとしたら。


『あ』


 キーボードに視線を移動させた僅かな時間。

「待って」とも『待って』とも引き止める間もなく、目の前に居たはずのホタルは消えていた。

 五分にも満たない再会は、祈ることも喜ぶこともできずに――。

 液晶画面を見つめるだけの俺に、生涯消えることのない痛みと、淡い記憶だけを遺して逝った。

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