第156話 一難去ってまた一難?

#愛莉side ────



期待してても良いのか…。

そう言った大和さんの顔は、私以上に泣きそうに見える。

ずっと目を逸らしてたけど、大和さんがどれだけ私を想ってくれてるのか、その顔だけでも分かるくらい。


(そんな顔しないでよ……、胸が痛くなるじゃない……)


颯斗を諦められるのか。

颯斗より大和さんを好きになれるのか。

それは分からないけど、大和さんの事が颯斗と同じくらい好きなのは認めるしかない。


でなければ、今にも泣き出しそうな顔を見て、心がこんなに痛むわけない。


でも……、ここで頷いてしまったら…、それで颯斗を諦めきれなかったら……。

私は大和さんにものすごく酷い事をしてしまう事になる。


(……頷けない……)


大和さんは私の考えてる事が分かったのか、優しい笑顔で首を振った。


「大丈夫、正直に言って。……聞きたいな、愛莉ちゃんが考えてる事。……どんな事でも」


「………」


その真っ直ぐな視線に負けて、私は深呼吸して口を開いた。


「……はい、でもまずはその……、服を……着直させて貰えませんか?」



#颯斗side ────



年末年始ってのは、ホント1日が過ぎるのがあっという間だな。

もちろん、これは感覚的な問題で、別に忙しかった訳じゃねーけど。


愛莉は年末、田舎に帰るって言っていたが、首のアザがなかなか取れなくて、結局帰らなかった。


大切に大切に育てられてきたんだ。

あんな怪我なんて見られたら、親父さんに帰って来いって言われるに決まってるからな。


そのせいで1月も半分以上過ぎた今、愛莉は田舎へ帰っている。


俺はと言えば、いつも通り……と言いたいところだが、残念な事に体調を崩して、1週間以上は大学を休んで引きこもっていた。

おかげで新見とした会う約束も反故にしちまった。


(大切な話って言ってたのに……、あんなに念を押してたのに、約束破っちまったな)


あれから今度は新見の予定が合わなくて、結局話を聞く時間が取れないまま今に至る。


(新見の話も気になるし、いい加減大学にも顔出さねーと……)


だが正直、外に出るのが面倒くさい。

このまま大学もやめて、引きこもりになっちまいたいくらいだ。


こうして毎日毎日、食って寝て、好きな事して寝て、を繰り返して生きていたい。

今回、彩綾が起こした事件の事もあって、それが顕著に出てやがる。


今日だってもう夕方だってのに、朝からダラダラしてて何にもやってねー。

目を覚まそうとシャワーも浴びたが、目が覚めるどころか、良い感じに身体が温まって、今すぐにでもまた寝たい。


(はぁー…、引きこもりてぇー。このまま外に出ないで暮らせるように、誰か面倒見てくれねーかなー)


いつもなら、こんな時は愛莉が色々やりに来てくれるんだが、アイツは大学がある訳でもねーし、しばらくのんびりしてくるって言ってたはずだ。


つまり、今日も明日も明後日も明明後日も、さらにやな明後日も、自分で自分の面倒を見るしかない。


(クソ……、もう身体は元気なんだが、とにかく出掛けたくねぇ……。かと言って今日は朝から何も食ってねーし……さすがに腹減ったな)


このままじゃ今日も一日中、寝て過ごすことになるし、ウーバ◯イー◯でも使うかとスマホを手に取ると、大和からのメッセージが入ってるのに気付く。


(……?旅行の日程の事か?)


電話じゃなくてメッセージってのが、アイツも分かってるよな。

電話じゃ絶対出ないの分かってて、メッセージにしたんだろ。


いつもならアイツからの連絡は後回しにしてるんだが、何となくメッセ画面を開いた俺は、思わず「はぁ!?」と大きな声を出した。






メッセージの内容はこうだ。


『ごめーん、颯斗ずっと大学来てないから心配だって泣きつかれて、さっきみゆりちゃんに颯斗の家教えちゃったー♪』


軽い……!!

本気で謝る気があるのかと、詰め寄ってやりたいくらいに『ごめーん』が軽い。

それに何だ、最後の音符マークは。ナメてんのかアイツは。


(みゆりが……来る?!)


今何時だ?!

大和からメッセが来た時間と、大学からこのマンションまでの時間を頭の中で計算する。


(もうそんなに時間がねぇ……!!)


ヤバい、身の危険しか感じねぇぞ。

下手すると襲われる。


(クソ……愛莉が不在なのだけが救いだな……)


これはダラダラしてる場合じゃねぇ。

急いで身支度を整える事から始める。


もう元気だ、心配いらんって事を強調して、可及的速やかに帰ってもらうしかねぇ。


俺にとって部屋にみゆりが来る事は、狼が羊の家にやって来るのと同じだ。


(クソ大和が……!!)


やれば出来るんじゃないかと自分で自分を褒めたいほど、俺は動いた。

散らかってた洗濯物や洗い物を片付けて、さっさと掃除を済ませる。


数十分後、なんとか体裁は整ったんじゃないか?とまで思えるほど、乱雑だった部屋が片付いた。


(…よし……、これなら具合が悪くて寝込んでたとは見えねぇだろ)


心配だから来ると言うなら、心配はいらんと思わせれば良いんだ。

これならいつみゆりが来てもOKだろ。我ながら完璧だ。


(さて、片付けも済んだし、後は……)


そう思った直後、来客を知らせるチャイムが鳴った。

……みゆりか?ギリギリだったな、後少し大和からのメッセージに気付くのが遅かったら、間に合わなかった。






「綺麗にしてるのねぇー」


部屋に入るなり、みゆりはあちこちをキョロキョロと見回す。


「てっきり寝込んでると思ったから、片付けとか掃除とかするつもりで来たのにー」


グッジョブ、俺!!


「玄関口でも言ったろ?心配ねーって。とっとと帰れよ、やる事なんかねーよ」


「えぇー?せっかく来たのに、そんなにすぐ追い出さなくても良いんじゃない?」


そう言うと、みゆりはソファに座って、自分の隣を叩いた。……俺にも座れって事か。


(そういや、みゆりとも話す約束してたよな)


話す義理はない事ばかりなんだが、ついみゆりの剣幕に押されて頷いちまったからな。

あわよくばその辺の話も聞いてやろうって魂胆か?


俺は仕方なく覚悟を決めると、みゆりが座ってるのとは違うソファに腰掛けた。

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