第2話   クラウディー


 私の家には兎がいる。

半人半兎の幼児で「3歳」と、言葉を話した。

名前はハルト。

彼は「つきのたみのえーゆー」(月の民の英雄)になるそうだ。

妙なことに彼の頭には兎の耳があり、さらに恐ろしいことにお尻には、丸い尻尾が付いていた。



 今日は、彼が家に来てから初めての日曜だった。


 テラス窓から入る風が、ハルトの亜麻色の髪をサワサワと動かしている。

お腹をタオルで隠し、小さな寝息を立てて眠っていた。


 私は白いTシャツと短パンという楽々自宅スタイルで、リビングソファーに座り

いつものようにタブレットで動画を見ている。



「続きまして、高校生の”なりたい職業ランキング”です」


「男子高校生の第1位は”会社員”」

「第2位は”公務員”」

「第3位は”ITエンジニア/プログラマー”」


「女子高校生の第1位は”会社員”」

「第2位は”公務員”」

「第3位は”看護師”」


「男女ともに1位は”会社員”でした」

「いやー、子供達にとって身近な職業が変わってきているということでしょうか、時代の流れを感じる結果ですね」

「本当にそうですね」


 TVの報道記者の発表に、キッチンのまな板の音が止まる。


「男女とも会社員が1位なの?えーー!?」

(嫌な予感がする)


「会社員って何?幅広くない?ねーカノン?」

 肉や野菜を炒める匂いがリビングまで漂ってきて、ママは換気扇を回した。

「現実的というか・・・成人年齢が18歳になったし、私が思うより今の子たちは大人なのかしら」


 ママの声は換気扇の音を物ともしない。

「もう少し「「挑戦していこう」」みたいな雰囲気があっても良いと思うのに」


 私は動画視聴を諦めた。

「安定してるし」

 

 私が返事をすると、ママは待ってましたと言わんばかりにカウンターキッチンから出てきた。

「そうなんだけど、なんか寂しい。活気がないというか」

「社会的信用も大事だし」


「そうなんだけど・・・」

ママはテーブルにお箸を並べながら私の様子をうかがっている。


「カノンは何になりたいの?」

(やっぱりきた)


 定期的にやってくるママの質問。



 小学生の頃、将来の夢は「看護師さん」と私は答えた。

ママは大きく頷いて喜んでいた。

その次は「パティシエ」と言って、その次は「警察官」と返事をした。


 質問に答える度に、ママの表情から「これは○」「これは×」と、正解がわかるようになっていった。


 いつだったか私は「ジュエリーデザイナー」と、呟いたことがある。


 ママは私を見るとにっこり笑った。

「綺麗だものね。ママも好きよ宝石。でもデザインするってどうかしら?ほらっ前に看護師さんになりたいって言ってたじゃない?」


 それ以来、安定した職業名を答えるようにしている。


 

 香ばしいソースの匂いがプンプンする。


「あのね、ママ反省したの」

(急に何?)


 口を閉ざしていた私は、タブレットを操作する手を止めた。


「テレワークやワーケーションも増えてきてるでしょ?」

「コロナででしょ」

「そうそう。それにフリーランサーも。知ってる?」

「知ってる」

(ここ2~3年で急増してる)


 放課後に悠陽(ゆうひ)が、プログラマーになるから専門学校に行くと、先生達と話をしていた。

 きっと彼はフリーランサーも選択肢の1つとして考えているのかもしれない。


「日本でも労働人口の24%がフリーランサーで、もう4人に1人に近いんだって」

「ふーん」

(ママはわかってない)


「アメリカは3人に1人の34%、インドなんか労働人口の79%ですって」

「で?」

「こんなにたくさんの人がなってるんだもの、もしかしてカノンも考えてるかなって」


 私は大きくため息をついた。


「いろんな働き方が選べる時代なんだなって、ママも驚いちゃって」

 タオルエプロンで手を拭きながら、ママは弁明をしに私に近寄ってきた。


「もうすぐ進路相談でしょ?」


 タブレットを手に私はソファーから立ち上がった。

「カノン?」


 リビングのドアに手をかけた私に、ママは声をかける。

「焼きそばは?」

「いらない」


階段を上がり、部屋のベッドに寝そべる。


「私は何になりたいんだろう・・・」


放ったタブレットを取り、動画の続きを見る。

次々と流れる映像に、誰かへの問いかけは胸の奥に消えていった。



--1時間後--

 「はじまるよ♪はじまるよ♪おっとっと、はじまるよったらはじまるよ♪」

同じフレーズを繰り返しながら階段を一段一段、慎重に上がってくる。

お昼寝から覚めてご機嫌な感じ。


「カノン?やきそばたべよう」

ハルトはドアから顔を出し、目が合うと笑った。

顔の横に垂れている、うさ耳が愛らしい。

この家に来てから数日の間は、うさ耳をピンと立てて細かく左右に回し、音に敏感になっていたようだったけど、もうこの家にも慣れたみたい。


 私はハルトを抱っこして、階段を下りながら丸い兎の尻尾を撫でる。

(この尻尾にも見慣れた)

 


 その夜、ハルトと眠った私は不思議な夢を見た。

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