心配性な彼女

裃境

心配性な彼女

 いつまでこんな事をしているんだろう。

「遥ー」

「んー? どうしましたか栞さんや」

「これ見て。やっちゃった」

「……。っ! わーっ!?」

 教室。長めの休み時間。

 差し出した指。生々しい傷跡を見せつけながら、ふと栞は胸が乾いていくような感覚に襲われた。

 もう何回もこうしている。わざと自分を傷つける、などという行いはしていないが、まるで自慢でもしているみたいだ。徹夜したとか、宿題やってないとか、そういう類の。子供っぽいかまってちゃん。いい加減卒業した方がいい行いだと栞は自覚しているが、止められそうになかった。

 それは、この友人が毎回新鮮な反応をしてくれるからだ。

「だだっ、大丈夫!? うわー! 痛そう……!」

「あは。相変わらず忙しないねー遙さんは。こんなちっちゃな怪我でも大忙しだ。労働? 残業? ご苦労様って言えばいいのかな」

「もー! 栞はすぐそうやって茶化す! 全然塞がり切ってないし、赤いままじゃん! 心配もするよ! 出血大サービスだよ!」

「血が出たのは私だけど」

「そういう事言ってるんじゃないのー!」

 あわあわと全身で焦りを表現しながら、遥は机の横にぶら下がった肩掛け鞄に思い切り手を突っ込んだ。斜めになる体、なぜか手とは反対側を向いてはあれでもないこれでもないとまさぐっている。

 その心境を表す様に、ポニーテールにした髪が揺れている。栞は無表情のままに、親友の慌ただしい姿を眺めていた。組んだ足が機嫌よさげに上下に動く。漂ってくるシャンプーの香りに鼻をひくつかせる。

 栞は、堪能していた。そしていつもこう思う。やっぱりこの子は優しいなと。

「見つかった? いつもそうだよね遙って。整理しないの?」

「毎回、整理はしてるんだけど! いつの間にか、こう、なる、のっ!」

 身動きのたびに言葉を区切り、ようやく発掘した透明なポーチを高々と遙は掲げた。

「あったー!」

「わー。おめでとー」

「えへへ。ありがとー……じゃないよっ! ほら栞、指出して指!」

「はーい、どうぞ」

 パステルカラーの可愛らしい模様、少しばかり幼稚な印象を受けるそれは、小学校の頃からずっと使っているのだと栞は聞いていた。

 その中身がコロコロと切り替わっていくのを栞は目で追っていた。固定され始めたのは、遥と仲良くなってしばらく経ってからだ。

 この愚かしい行為を、始めてから。

「まったくもー……ちょっと不注意過ぎるんじゃない? わたしなんだか、栞が傷治すたびにまたしちゃったーって聞いてる気がするんだけど」

「それは大げさ。自傷してるみたいじゃん」

「うわぞわってしたっ。聞かせないでよー怖いんですけどー?」

「ごめんごめん」

「うむ、許してしんぜよう!」

「何キャラ?」

 冗談を交わしている間に、遙はポーチを開けて中身を取り出し準備を進める。絆創膏と消毒液、小分けに切られたガーゼとピンセット。応急処置用にしては本格的な内容、初めてそれら用意されているのを見た時、なんで保健委員を選ばなかったんだろうと不思議に思ったのを栞は思い出していた。

 ガーゼに消毒液を染み込ませ、ピンセットで優しく何度か触れる。滲む血が白地を染め、遙は眉間に皴を寄せた。本気で嫌そうな顔。交友関係を深める中で、それが優しさからくるものだと栞は知っていた。

 そっと、指が触れてくる。人差し指の第一関節から第二関節まで、柔らかな指の腹がなぞる。

 ぞくっとした。毎回こうなるのに、いまだに慣れない。背徳の心地に栞の背が震える。悟られないように、手に伝わらないよう抑え込む。その分だけ、腹の底に淀みが溜まっていく。

「……っ」

「気を付けてよー? 何度も見たいものじゃないんだから」

 慈しむ様に、なぞられる。感触が心地いい。皮膚越しに、遙の心に触れている。そんな錯覚。内緒の嘘、こっそりと楽しむ不謹慎、隠して行われる何かしらやあれそれが、いけない事だと分かっていながら無くならないはずだという妙な納得があった。

 罪悪を秘めた味は、かくも甘美で。どろりと舌を包まれる食感の何という快感か。

 剥離紙を剥がす。遙が両手で指を包む。絆創膏のガーゼ部分に狙いを定め、慎重に貼り付け粘着部分を一周させる。ぴったりと貼られ、皴も無い。すっかり慣れた手つきで、最後にポンポンと傷口の上から優しく叩くのは遙の癖だった。

「はい、終わり! 結構深めに切ってたんだからね? もう心臓バクバクなんだから、一体何したらこうなるの?」

「ふつーに料理してたら、こう、ザクっと」

「いやー! 聞かせないでよ詳細なんて! というか前もそうだったじゃん! 生きるの不器用さんか!?」

「遙がどうしたらって聞いたんでしょ?」

「そうだけどー! そうだけどー!」

「なにそれ」

 太陽光を食らった吸血鬼さながらのリアクションに、栞の頬が少しだけ緩む。

 そして栞は、処置の終わった指を、時折裏返しながらまじまじと見る。こうして貰うのはもう何回目だろうかと思い返しながら、遙の触れた箇所をなぞっていた。まだ少し、熱が残っている気がする。ばれないように堪能する。

 数秒掛けて、それだけ。怪しまれないようにとすれば、勝手に口は開いていた。最初の頃は不自然さもあったが、今となっては慣れたものだ。それだけ体に仕草として染みついていた。

 吐き気がする。

「ほんと、綺麗にやるよね遙って。本職の方?」

「すっかり鍛えられちゃったよもー。なんだか栞専属のお世話係みたい」

「……お世話係、ほんとにしてもらおっかな? 私、実はものぐさなので」

「一年以上の付き合いなんだからそれぐらい知ってますー! ダメダメ、甘やかしちゃぺちゃんこにふやけちゃうよ。自立なさいな栞さんやっ」

「えー? いいと思ったのに」

「ダメなものはダメ!」

「けち」

 拗ねているのだと示す様に机に思い切り上体を預けて見上げれば、遙は困ったように笑いながら頭を撫でてくる。本当にお世話されて、甘やかして貰っているみたいで。栞は緩みそうになる口元を律しながら、遙の優しい手付きを眺めていた。

 お世話係、という響き。してもらおうかと言ったのは、冗談めかしながらも本気だった。そうしてもらえる関係というのは、すなわち深い間柄という事で。今のぬるく、穏やかな関係もいいのだが、栞としてはそこで止まりたくは無かった。もっと奥。さらに深く。光の届かない場所で、抱えている熱を受け取って欲しいという願望が栞にはある。

 自分で自分が不思議で仕方がない。どうしてそこまでして遙の事を求めているのか、栞はこれといった心当たりがない。気が付けば感じていた友情は形を変え、歪なものになり、皮膚が裏返りそうな程焦がれる想いとなっていた。生じた傷を見せびらかすようになったのは、その自覚が生まれたと同時だ。

 理由のある殺意より、理由なき愛の方が怖い。見せようと思って、躊躇は無かった。いつの間にかに生まれ育つ怪物に賛同している自分がいた。止めようと思っても止められなくて、どうにか自傷だけは抑えて、大げさな反応を楽しんでいる。自己嫌悪に苛まれながらも、繰り返している。

 醜いなと、そんな言葉がずっと囁いてくる。耳に、脳にこびり付いて離れない。こんな風に触れられる資格なんてないのに、本性をひた隠しにして、人として振舞っている己が、栞は心底嫌いだった。

 誤魔化しばかりが増えていって、盗み見る回数は増加の一途を辿る。しっかりと目線を合わせるのが怖くなっていた。真珠のように艶やかで大きな瞳を、見つめたのはどれだけ前だっただろうか。

 優しさに付け入って、なんと愚かしいのか。

「仕方ないなー、栞は……」

 細めた目は慈愛に満ちて。そんな人に表で甘え、裏で情念を燃やす。

 きっと、いつか訪れる別れの時までそうしているはずだ。栞にとってその未来は、手のひらに乗って重みを感じる。触れれば質感すらも伝わって来そうな実在感を伴っていた。

 髪を撫でる遙の手。その感触を栄養に怪物が鎌首をもたげそうで、名残惜しさを抱きながらも栞は起き上がった。

「……ん、堪能したー」

「えーもういいの? 甘えんぼでうっかりさんの栞が独り立ちしたみたいで、わたし寂しいなー? よよよー」

「泣いちゃった。寂しがり屋だね遙ってば、子供みたい」

「誰が幼稚だー!?」

 うがーと腕を振り上げ、全身で怒ってますアピールをする遙。

 基本的に遙は素直だ。裏表があるようにはとても見えない真っすぐさで表出する感情は、思い思いに絵の具を巨大なカンバスに叩きつけたみたいな鮮やかさ。最初に栞が遙を見つけられたのは、その豊かな色彩が目に入って来たからだ。

「幼稚だなんていってないでしょ? 大げさだなー」

「同義なんですぅー! その意見には断固反対の立場を取らせて頂きます! 納得のいく意見が出るまで、わたしは認めないからね!」

「ふーん、そんな事言っていいの?」

「な、なにその不穏な言い回し。いいよ、かかって来てみてよ!」

 大げさで、身体で示す表現の幅が大きいなとは付き合いが始まってからすぐに思った。でもそれは、薄々予感していた事だ。思った通り、好ましく思えた。正反対の輝きに魅せられて、どうにか友達になれたらいいなと声を掛けたのが、栞と遙の始まりだった。

 両腕を交差させる独特な構えで身構える遙。向けられた手のひらの奥には、不安を威勢で覆い隠した表情で覗き見る遙の姿がある。

 可愛いな、と思う。愛おしいとも。

 そこで留まっていれば、こんな仄暗い熱に苦しむ必要は無かったのに。あり得ない可能性を空想し、鼻で笑って切り伏せた。唐突に狂気が芽生えるような人間には過ぎた願いだと栞は自分に向かって吐き捨てる。

「いつも治療してくれて、遙にはありがとうしかないんだけどさ」

「あ、え? ど、どうも……急にくるね……」

「傷口を見る遙の顔、嫌いな食べ物を食べる子供みたいだなーって思ってました。実は」

「……む、ぐぐ、うなぁー! ほがぁー!」

「わ、怒っちゃった。図星?」

 大口を開けた、その奥に覗く小さな舌が愛らしい。だからからかってしまう。怪物が傷なら言葉は自分自身だ。遙の反応が欲しくて過ちを繰り返す。

 高揚と、冷え込み。相反する温度が栞の心を痛めつける。薄い微笑みの裏側に隠し潜ませ隠匿し、十重に二十重にしまい込む。だから顔色に表れない。とっくに青ざめてもおかしくない痛みを、仕草にも現さず栞は止まれない。

「き、禁止! 禁止だよ! 図星じゃないけど禁止!」

「えー、それを図星って言うんじゃないの?」

「ちーがーうーのー! 栞はまったく、そうやってわたしをからかってっ!」

 びしっ、と目の前に突き出される指。

 窓から差し込む日光を浴びて、艶やかなハイライトを照り返すポニーテールが慌ただしく揺れていた。顔も、身体も、動きも。全てが騒がしくて、眩しい。ぼやかした焦点の中にも飛び込んでくる宝石の如き煌めきの瞳が輝いている。

 一つ一つが、栞の理性を焦がす。ガタガタと揺れているのは遙の動きを床に伝える椅子。踏み鳴らす足、揺れる指先、整えられた爪、華奢な腕、制服がはためく、香りを振りまく髪、膨らむ頬、小ぶりな鼻、露になっている耳、ほのかに色づく唇、不満気な視線。

 ああ、と。

 魔が差したのか。あるいは、我慢が限界まで来ていたのか。

「違うよ遙、そうじゃなくて――」

 ふと、その手を握っていた。

「ひぅっ」

「――可愛いなーって、それだけ……」

「…………」

「……ぇ」

 そんなつもりは無かった。

 流れでどうにか誤魔化せそうだと、判断しつつも栞の臓腑は冷え切って。そのくせ心臓がバクンと一回、大きく脈打った。

 何を、口走った? 何をしている? 行動が信じられない。自分の事なのに、勝手に動いたようにしかその手は見えなくて。とうとうか、なんて達観はただの強がりだ。冷静を装う焦燥が栞の舌の根を乾かしていく。

 小さな手。同じ性別なのに、ことさらにそう感じる。包み込んだ熱の暖かさが罪悪を溶かしていく。何を呑気なと己をなじった。ほどける以上に、訪れた危機が全身を包み込んでいくようだった。

 遙は、頬と言わず耳までも赤く染まって、見開いた瞳を栞の手へと注いでいる。それは怒りか、羞恥か、別の何かか。分からない。理解している状況じゃない。そんな余裕はない。

 誤魔化さないと。栞の脳内でその言葉ばかりが空虚に渦巻き、口も手も腕も足も全身が停止したままに。

 それでも、何とか、一手。打たなければ終わる沈黙を破ったのは、遙の方だった。

「……や、やだなー栞。からかうにしたって、その、何か重いよー? 実感がこもってるっていうか、もーやだなーもー! このこのっ!」

 包まれた手ごと、ぶんぶんと腕を振って。冗談めかしてくれる遥に、ようやく動悸が収まっていく。指の震えが伝わらないよう、慎重に、ゆっくりと。掴んだ手を離して栞は笑った。

 上手く出来ているか、定かでは無かった。

「……ごめんごめん。ちょっと勢い余っちゃって。驚かせ、ちゃったみたい?」

「ほんとだよー! ふふん、わたしってば罪な女……親友すらも揺らがす美貌、世が世なら逮捕されてたかもねっ!」

「あは、は。そうかもね、うん……そうかも」

 返事をしようとする口が、凍り付いている。

 手の甲を擦る。震えている。平静を保とうとするので、栞は精一杯だった。自覚無しに限界は来ていたらしい。本当に、自然と手が伸びていた。触れた感触で、ようやく自分が動いていたのだと気付いた。訳が分からなかった。

 それは、正気でない何よりの証明なのでは無いか。

 目の前にいる遙が遠く感じた。口元に手を当てて、高笑いでもしそうなポーズを取っている遙の存在が、離れて見える。

 いつか来ると思っていた別れの時。それは案外、近いのかもしれない。

 不思議とそこまで悲しくは無かった。ただ納得だけがあった。

「……喉渇いたかも。買ってくるね」

「え? 栞、水筒持ってきてたよね?」

「紙パックの気分なのー」

 ひらひらと手を振って席を立つ。最後まで普段通りに振舞えているか、自信は無かった。

 横をすり抜けて、教室の出口へと向かう。交差する瞬間、目が合った。揺れる瞳、何を思っているのだろう。変に思われていてもおかしくは無い。

 そうした違和感の積み重ねで、決定的に嫌われる前に。別れられればいいなと、そんな願望が降って湧いた。きっと後悔する。でもそれは、今抱く罪悪程では無いはずだから、耐えられる。

でも、本当は。

 遙の手を取って、連れ出して。どこともとれない静かな場所に二人で行けたら。そこで永遠の愛を誓えたら、どれだけいいか。想像にすら嫉妬する。空想上の自分はどこまでも幸せそうで、そんな未来は訪れないと分かっているから、狂おしい。

 今にも吐き出してしまいそうな情動を抑え込んで、栞は表情を取り繕う。絶対に報われない、こんな醜い気持ちをぶつけていい相手じゃない。だからこのままでいいのだと、刺さる痛みを黙らせながら。

「……遙」

 戻ってくるまでに、普通を取り繕えたら。

 そう願いながら、栞は教室を抜け出していった。




 その背中は、半透明になったような儚い気配を纏っていた。

「……無理してたなー」

 苦笑いを浮かべながら去っていく栞を見つめ、遥ははあ、とため息をついた。上体を机に預ける。まだ残っている温もりを堪能しながら、視界から栞が消えた地点をじっと見つめる遙の瞳は、それまであった明るさをひそませた冷たいものだ。

 どろりと、黒が蕩ける。表面上の凍てついた印象、その奥に粘度を熱を持った情念がゆらりと蠢いている。

 ここの所、栞が揺らぐ事が多くなった。普通では分からない僅かな歪みが表情に現れている。きっと察しているのは、察せられるのはわたしだけだろうな、と遙は机の上を指先でなぞりながら微笑んだ。それは、時代によっては魔女と言われてもおかしくない。怪しくも魅せられる、栞と話していた姿からは想像も着かない笑みだった。

 まだ、気付いていないみたいだ。栞がどんな感情を抱いているのか知っている事も、それを受け入れている事も。

 好きだ、という事も。

「もー、栞はすぐ無理するんだから……わたしがついてないと、ダメだなー」

 そうだ、彼女はとても心配症で、一応は取り繕えて、そのくせ物凄い鈍感だ。だから一度考え込むと、どこまでも沈み込んでいってしまう。そのたびに、どんな思いで誤魔化さなければいけないのか、栞は決して知らないのだ。

 傷を見た反応も、心配に思うのも嘘ではない。でも、決してそれだけではない。少なからず、それまで見せていた仕草や驚き方をなぞっている感覚がある。隠し事をしているのは、栞だけではないのだ。

 あなたが好きなわたしには、少なからず手が入っている。だからわたしは、それを明かすのが怖い。好意が無に還るのがとても怖い。そんな不安がよぎって、遙はなかなか一歩を踏み込めないでいた。

 でも、そろそろ覚悟を決める時かもしれない。

「……んふふ」

 左手に人差し指を添える。まだ握られた時の力強さが、体温が残っている気がして、遙はぶるりと震える体を抑えられない。

 びっくりした。まさかそんな直接的に伝えてくるとは、予想外。遙はその、迫った顔と。声と。手を思い返して、にんまりと口を緩める。

 最初に気付いたのは、果たしていつだっただろうか。いつもついた傷を見せびらかしてくる、少し不思議な友人。その認識が変わっていったのは。それがわざとだと知って、驚きもショックも無かった。代わりにストンと落ちてきたのは、何故か、恋心だった。

 人の心は複雑怪奇だ。

 人間という生き物に思いをはせながら、遙はスマホを取り出した。

 トーク画面を開き、入力、送信。少しすると、既読がつく。

「これでよし」

 返信は見ず、鞄に放り込んで遙は椅子に背を預けた。見上げた天井は夏の日差しが入り込んでいるのに、消えた電灯と同じく薄暗い。

 カーテンが揺れる。ぬるい風が入り込んでくる。喧騒がフィルターをかましたみたいに遠い。緊張、しているのかと遙は胸に手を当てた。

 その結果に構わず、伝えようと決意した。

「……逃がさないからねー、栞」

 背筋を伸ばす。上げた腕の先を銃の形に、虚空に浮かぶ背に狙いを定める。

 このままだと、駄目だから。きっとお互いにいいだせないまま、終わりを迎えるだけだから。きっとそれは、怖いとか不安とか、そんな躊躇を振り切る勇気をくれる。

 それに、多少強引にでもいかないと頷いてくれないだろうから。

 季節が夏で良かった。うだる暑さに身を任せれば、勢いだって付けられるだろう。

「ばん」

 鞄の中で振動。返事はきっと予想通り。

 放課後の教室に銃弾を撃ち込む。咲いた花はきっと綺麗で、怖がる事無く触れられる。

 その時が楽しみで仕方がない。

 少し先の未来を想像して、明るく笑いながら。遙は親友が戻ってくる時を待つ。

 きっと今日が、なにもかも変わる日だ。

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