第2話


(嘘…俺、人を…殺した?本当に人を……)


 その実感が現実味を帯びた途端、男の意識は完全に覚醒していた。


「マジで、ぅゔッ―」


 意識が変に覚醒した事で、目の前の光景と記憶の中にある残酷な情景が浮かび上がり、腹から込み上げてきた物を寸での所で塞き止め、顔をしかめたながらも、吐く事に関しては幼い頃からの経験で慣れている男は、ゆっくりと歩いていた。


(もう一人居たよな、シスターが…)


 いつの間にか男の視界にシスターの姿は写っておらず、倒れた身体で開かれた扉だけが虚ろな瞳の中に存在していた。


(どうする、観られた。殺すか? あのバンダナ男と争っていた事から、絶対勝てない相手では無い。てかそもそもまた人を殺すのか、でも訳も分からないまま殺人者になって、俺はどうなる…)


 考えている間に男が教会の入り口に着き、背中に突き刺さった斧を引き抜きながら教会の中を慎重に覗いていた。


「あっ――」


 扉の向こうに居るシスターと目が合うも、その距離は恐ろしく近く。


 斧を取ろうとしゃがみ込んだ男を見下ろす形で、水色の髪を長く身体の前後に垂らしたシスター姿の女性が、両手に棍棒らしき物を握りしめ上段で構えていた。


「ごめんなさいッ」


 その一言と共に振り下ろされる棍棒を男が直視し、


「ッ」

 

 未だに脳がゲームと現実を区別出来てない恩恵からか、ほぼ条件反射で身を外側に転がし避けていた。


「そんなっ!?‼」


 当たると思っていた攻撃が避けられた事で、シスターが動揺するも、転がった男が片膝を着き、動きを止めたその右手に斧が握られているのを見てからは、不安と恐怖がシスターを満たしていた。


「ごめんなさい、今のはっ違くて」


(こいつ、人の頭をかち割ろうとしといて、違うって俺よりヤバいだろ)


 男は自身が異常と認めながらも、測りに使える尺度を駆使して、起こってしまった事から次の行動の全てを必死に考えていた。


(てか擦りむいたか、久しぶりに自分の身体で転がったし。許容範囲と言えば仕方ないが、下手に長引くと睡眠不足もあるし、不利だな)


 お互いが静止した事で、お互いの姿をハッキリと認識するも、余り背の高くない男はシスター姿の女性よりやや高いぐらいの差しかなく。


 ベールを着けていない女性の髪は、棍棒を勢い良く振り下ろした事で、更に纏まりを失い広がっており、その長い髪の隙間からは大きく綺麗な青色の瞳が、男を捉えて離さないでいた。


(可愛い幼気な顔して、遠慮なく攻撃して来るって恐ろしいな。って言っても向こうからしたら、既に一人始末した俺の方がヤバい奴に見えてるのかもな)


「あっ、言葉は一緒なのか」


 戦闘と全く関係ない男のその呟きを、女性も聞き取り、少し訝しむも言葉を返していた。


「何、当たり前な事言ってるんですか。人種が人語以外の何を話すと言うのですか。あなたまさか魔族!?それなら…」


 次第に声が大きくなっていく女性は、何かを閃いたのか棍棒を投げ捨て、手ぶらとなった手のひらを男に向けていた。


「悪を滅せよっ、ヒール‼」


「やばッ」

(相性悪かったら、ダメージ食らう奴だろッ俺が悪属性か分かってない状況でそれは不味いッ)


 反射的に後ろに飛び退くも、手の平から放射される光の範囲は広く。


 何処に飛んだとしても、避けられる距離とは到底思えなかった。


「ハァァ、はぁ、ハァァ、はぁ。これで…魔族はわァァ、はぁ、ハァァ…」


 片手を膝に置きながら背中を丸めた女性が息を切らしながらも、必死に目線だけは高さを保ったまま、光に包まれた視界の中で男の陰を探していた。


 そして男が立っていた場所より、少し後ろの位置で両腕で顔を覆った男の姿を見た女性は目を見開き、その拍子に身体を支えていた手を滑らし、両内腿を着けて座り込んでいた。


「うそ…何で効かないの」


(何で効かないだよって、言われてもな。俺としては効かなくて良かったよ、悪系統じゃないって分かっただけでも良かったのに。有難い事に傷も治ってるし……)


 呆れながらも男は警戒を解くはずもなく、その視線は女性だけを観ていた。


「ハァァ、はぁ、ハァァ、もぅ、私に力は、残されてません。殺すなら人想いに殺しなさい!けど…貴方にも善意の気持ちが残されているなら、私を殺したは後は、教会のに入らず、何も荒らさないで帰って」


 息を切らしながらも、最後まで言いたい事を言い尽くした女性は、清々しく両手を広げ扉の前に座り込んでいた。


(結局、悪者扱いされてね?まぁ、諦めてくれたなら好都合だけど、油断させて後一撃とかありそうだし、無闇に近づくのは危険か、距離はこのままゆっくりと…)


「あの、一度、落ち着きませんか?」

「ぇ、?」


 男が可能な限りゆっくりと話、その言葉を聞いた女性がきょとんとしながら瞼を何度も閉じ開きしていた。


「会話に応じる気があるのなら、先ずは名前を教えて頂けませんか?自分は、波平なみひら  遠夏海となみと言います」


「とうなみ?さん?」


波平なみひろ 遠夏海となみ、となみです。それであなたは?」


「私は、スフル・レヴェリアです」


 刃物を向けあっていた二人が、名乗り合った時だった。







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