ゲーム狂人が異世界転移に気づいたのは、斧を人に投げてからだった。
松井 ヨミ
第1話
「はははははははっ、後少し…後少しで五十五時間配信だッ゙」
テンションが壊れかけた男は、身体が覚えたマウス操作で画面を動かし、
「ひひひひひィっとリゃあッ゙」
狂気じみた歓喜の声を上げながら、ゲーム内で斧を投げ、人型プレイヤーを倒していた。
「まだまだもう一人ッ―――」
男は一人、何時間も何十時間もの間椅子に座り、数人の人が打ってくれるコメントを読み、会話をしながらゲーム配信をしていた。
東京で一人暮らしを始めたものの、外で働く嫌気から貯金が持つ限りはゲーム配信で生きようと決め、それが男の今の生きる理由と、生きる為の収入源だった。
「あぁぁァ゙,ァァ゙、後一試合で五十五だろ」
一試合終えた青年が、集中力を僅かに落として喋っていた。
「GG、あぁ疲れたぁ~後一試合、後一試合~♪~♪~♪~♪~♪~♪~」
長時間ゲームをやり続け、同じ言葉を待ち時間は繰り返す事で間を繋ぎ。口を閉じたと思えば、幻聴と化したキャラ音を口ずさんみ目を瞑っていた。
散髪を疎かにした男の髪は肩に触れかけており、不潔感が感じられないのは、中性的な顔立ちがパッと見では女性と錯覚させ、配信で縛られていなければ一日三回は風呂に入る元潔癖症が、人としての外見を保たせていた。
「目がしょぼい、ちょっと目閉じるから、コメント見れないわ。ごめん」
後付で一言残してから、待機時間を過ごしていた。
「お、マッチした」
数分でマッチ音が聞こえ呟くも、ロード時間まで目を労っていた。
一分程で耳に聞こえ始めた木々の音をきっかけに、脳内では静かなBGMとキャラ音が再生されていた。
「よしっ」
そして目を開いた。
「おっ、教会だ」
目を開いた場所からは等間隔で広く植えられた木々が見え、その上には教会の一部が見えていた。いつもよりハッキリと聴こえる草木の音が、男をより没入させ。
(斧がいつもより邪魔だな)
少しでも眠気でミスをしない様に、ゲーム勝利に必要な事だけに集中し、その一つが武器の確認だった。
男は右手に持っている斧を何度も握りしめ。
その感触を無意識と意識的の両方で確かめていた。
(取り敢えず、行ってみるか)
自身の身体を木々に沿わせて進み。
可能な限り拓けた場所からの視線を拒み、姿を隠し続けたままゆっくりと近づいていた。
(よし、見ぃぃっけ)
木の影に隠れ。
教会に取り付けられた篝火の光に気をつけながら、男が覗き込んだ先には、バンダナをした男が教会の扉を掴み。その奥には、シスター服を身に着けた女性が反対側から扉を押さえているものの、既に扉は内側に開きかけていた。
教会の扉が少し開いた状態で互いに掴み合い、木に隠れる男との距離は三十メートル程の距離な為その会話も多少は聞こえていた。
「離してくださいッ」
「開けろって言ってんだッ゙聞こえねぇのかッ゙」
(あのシスター荒らしか、最悪だな。助け合えよ、こっちは最後の一試合は手に汗握る、激闘でこの配信を終えたいのに、最後の最後で荒らしは無いだろ)
自身の配信に水を差された気分の男は、その手に自然と力が入っていた。
「帰って下さいッ゙」
「さっさと開けろッぶっ殺すぞッ゙」
(さてどっちから先に殺ろうかな、普通はバンダナ男だけど、あのシスターも俺の中でヘイトが高いからなぁ…てか、新衣装じゃねの?俺見たことねぇし。良いなぁぁ俺もそっち側なら課金したいけど、金がねぇ…)
どちらを狙うか考えている内に、手に持っていた斧が篝火の火の光を反射した事で、背中を向けているバンダナ男とは違い、正面が男側に向いていた女性は、森の木の側に居る男に気づいてしまった。
(やばッ観られた、投げ――)
「おらッ゙」
女性と目があった男は、存在を伝達される前にと、背中を向けているバンダナをした男に向かって斧を投げていた。
(あれ、斧ってこんな重かったっけ……)
投げた斧に男が違和感を持つも、染み付いたイメージが身体を動かし斧は綺麗に飛んでいた。
「ぁ゙ぁ…」
斧が背中に突き刺さったバンダナ男からは、掠れた音が自然と発せられ、ゆっくりと両膝をついてから仰向きに倒れていった。
バンダナをした男が扉の方に倒れ、斧が突き刺さった瞬間にシスターも力を弱めてしまった為に、倒れた身体の重みで扉は開いてしまった。
「よしっまず一人」
(結果的に扉も開いたままだ)
喜んだ男は木の陰から出ていき、もう一度斧を構えようとしたが、その手に斧が握られる事は無かった。
(あれ…斧が出ねぇ)
≪経験値を獲得しました≫
(経験値?)
≪Lvが1から4に上がりました≫
(?………)
≪ステータスをご確認下さい≫
突如として脳の奥深くに鳴り響いた音声は、徹夜で死にかけていた男の頭を覚ますには十分だった。
(あれこのゲーム、Lvとか無いぞ…それにステータス?)
「ん?!」
そして男は、未だ手に斧が補充されない感覚と、視野角と角度的に普通は見る事の出来ない自身の身体が目に入り、その違和感にようやく気づき始めていた。
「あれ、まさかこれってゲームじゃ、ない?」
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