第6話 正夢なのか?
最近、またよく夢を見るようになった。以前にもよく夢を見ていた気がしたが、それがいつのことだったのか、最近までは分からなかった。しかし、今になって思えばそれがいつのことだったのか、分かってきたような気がする。
それは、AV時代のことであった。
AV時代のそのほとんどは、
「企画女優である方が気が楽だし、延命もできる」
と思っていたので、下手に目立って、その時だけ輝いていられる人生なんて、こっちから願い下げだというように考えていた。
だが、ある時だけ、企画女優よりも自分を目立たせる女優になることの方がいいように思えたのだった。
それは、一人の女優の存在だった。
彼女はとてもあざとい役を得意としていて、作品の中では、S性をいかんなく発揮していた。それが人気となっていて、結構売れていたのだ、
顔は、あどけなさが残った、清純そうな表情なのに、実際にはあざとくて、男に対して、どんなえげつない命令でもしかねないというギャップが、萌えになるのだということで人気だったと言ってもいい。
プロダクションも彼女の人気にあやかっていた。そういう意味では完全に彼女推しと言ったところであったが、その分、同じ立場の女優達からは反感を買っていた。
彼女を会社が推すのであれば、性格がよければ問題ないのだろうが、そのあざとさに負けず劣らず、好き放題なところがあったので、まわりからの反感もすごかった。
しかし、彼女にはそれに勝るとも劣らない自分への自信と、仕事に対して真摯に向き合っているというところが、男優や監督から信頼を得ていた。
つまり、彼女は相手によって、見方が両極端であり、
「敵でなければ味方、味方でなければ敵である」
と言われていたほどだった。
それだけ皆からの関心を、いい悪いは別にして受けていたということである。
晴香が、女優を今できているきっかけの一つに、ある男優からの助言があった。
まだデビューしてからすぐくらいの頃、今では男優として、人気女優との絡みもこなすようになった、人気男優である男性から言われたのだ。
「晴香ちゃんは、一生懸命なのが伝わってくるんだけど、映像にすると、どこまで伝わっているのか分からないところがあるんだ。その理由は要点を抑えきれていないところにあると思うんだ。一番の問題は、いくら企画女優だからと言って、自分が出演する作品をおろそかにしてはいけないと思うんだ。その作品を作るのに、どれだけの人がかかわっているのかということを自分なりに見つめていけば、分かることも出てくるはずだよ」
と言ってくれたのだ。
確かに、自分の演技の部分だけしか台本も読まないし、その作品が、どういう趣旨で作られているのかということも、まったく知らなかった。
要するに、楽をしていただけである。そんな自分が、作品と真摯に向き合っているわけでもない。
「どうせ、私は企画女優なんだから」
ということを言い訳にして、いつの間にか、頑張るということを忘れてしまっていたのだろう。
それを看破したその男優が、今では立派にAVの世界を牽引しているのだと思うと、彼があの時に言っていた言葉が間違っていなかったということに気づかされた気がした。
その男優は、結構貪欲なところがあった。
「俺は、このまま男優だけで終わる気はしていないんだ。将来は、脚本を書いたり、編集の仕事、そして、監督をやってみたいと思っているんだ」
と言っていた。
なるほど、だから作品をいろいろな面から見て、絶えず正対する形で作品と立ち向かうということを、自分のポリシーだとしてきたのだろう。作品に対してのビジョンも、自分なりに理解できるようにするのが目標だと言っていたが、その言葉の意味が分かったような気がしたのだ。
「晴香ちゃんは、きっと俺の話に共感してくれると思うんだ」
と言ってくれたが、晴香がその話を聞いていた時、無表情であることは、自分でもわかっていた。
分かっていたが、否定できないせいもあってか、どうして無表情なのか、その李湯を自分で認めたくなかった。だが、その男優は認めてくれているのだ。
晴香は、その男性に密かに惹かれていた。
「どこの何を?」
と聞かれると難しかったが、彼と一度一緒に撮影で絡んでから、彼のことを忘れられなくなったのだ。
女優をしていて、一人の男優が気になってしまうなど、自分にはありえないと思っていた。確かに自分が女優として生きると言っても、あくまでも企画女優としてわきまえていたつもりだったので、まさか気になる男性が現れるなど考えてもいなかった。
その人は、どこか一本筋が通っていた。話をしていて、
「この人のいうことであれば、信用できる」
という思いがあったのだ
筋が通っているが、どこか荒々しいところがあり、それがどこから来るのか、最初は分からなかった。
しかし、ずっと見ていて、他の男性と見比べてみると、どこが違うのか分かった気がした。彼は、どこか捨て鉢なところがあるのだ。それなのに、気持ちに余裕が感じられ、
「何をそんなに捨て鉢になっているのだろう?」
と感じたのかと思いと、逆に、
「あんなに捨て鉢に見えるのに、どうして余裕が感じられるのだろう?」
という矛盾とギャップが、晴香の気持ちを引き付けるのだ。
「俺は、いつどうなってもいいと思っているんだ」
あれは、作品の打ち上げで、会社が催してくれた慰労会の席で、彼がぽつりと言った言葉だった。
他の人に言ったわけではなく、明らかに晴香に対して言った言葉だった。
「どうして私にそんな話をしてくれるの?」
と聞くと、
「君だったら、僕の気持ちを分かってくれるような気がしてね。君はきっと僕がどうして捨て鉢なところがあるのか、気になっているんだろう?」
と聞かれて、
「ええ、そうなんだけど、でも、プライバシーをほじくり返すようなマネを私はしたくないのよ」
と、晴香は言った。
「そうなんだね。ありがとう」
と言って、ニッコリと笑った。
しかし、その笑顔は、晴香が初めて見る笑顔だった。
それは、彼に対してという意味ではなく、
「こんな表情ができる人に初めて出会った」
という感覚だった。
もちろん、嫌な笑顔ではないが、どこか鬼気迫るものがあり、背筋にゾッとするものを感じさせた。まるで、誰かの幽霊にでも遭ったような気分だった。
彼と一緒にいる時に幽霊を感じたと思った時、晴香は、
「これは夢なんだ」
と感じた。
それは幽霊という言葉がキーワードとなっていて、その言葉が晴香を夢の世界から一気に現実に引き戻したのだった
その一気に引き戻す気持ちが、晴香自身が夢の中にいることに気づかせ、そして、さらに、
「夢ならこのまま覚めないでほしい」
と思わせたのだ。
彼と、夢の中だけでも出会えるのは、嬉しかった。しかし、夢の中でしか出会えないというのも事実であり、
「こんな、生殺しのような状態、本当に望んでいることではない」
と思っていた。
なぜなら、
「彼のことは忘れてしまおう」
という努力をしたくせに。不覚にも夢を見てしまったことで、思い出してしまったことに、自分の未熟さと未練な感情を思い知らされた。
「あの人のことは、もう……」
きっぱりと忘れなければいけない相手だ。
そうしなければ、晴香は前に進んでいくことができないと分かっているからで、前に本当に進むには、忘れるしかなかった。なぜなら、
「彼は、もうこの世の人間ではない」
からだったのだ。
それを思い出した瞬間、
「夢だったんだ?」
と感じた。
普段であれば、目が覚めるにしたがって忘れていくはずの夢だったにも関わらず覚えている。
「怖い夢ほど忘れない」
という法則があるのに、今回は怖い夢でもなかったはずだ。
理由の一番には、
「この目覚めがあっという間だった」
ということから来ているに違いなかった。
目が覚めるにしたがって、夢が覚めていく時は、夢を覚えていない。そんな夢とは、
「もう一度、続きではなくもう一度、この夢を見たい」
と思うことだった。
しかし、今回は、
「続きからでもいいから、この夢を見たい」
と思ったからだ。
いや、本当は続きからでもいいわけではなく、続きからでなければいけないと感じたからなのだ。その理由は、
「続きからだったら、彼の本心が聞けるかも知れない
と思ったのだ。
同じ夢であれば、いつまで経っても彼の本音が聞けない。それを危惧したのだ。そしてこれがどうしていつも最初から見る夢なのかということも分かっている気がする。それは彼が晴香に対して、
「本音を言いたくない」
という気持ちがあったからだろう。
それを言ってしまうと、この世への未練から、成仏できないち彼が思っているのだとすれば、晴香は自分のわがままで彼を彷徨わせるわけにはいかないと感じたのだろう。
彼が晴香の夢に出てきたのは、
「夢の共有」
ということを思い出したからだ。
両方生きている人間であれば、夢の共有というのは、普通では考えられない。
しかし、相手が幽霊であったり、死んだ人だということであれば、その人の魂がまだ彷徨っていれば、夢の中で再会でき、生きている人間にとって、それは、
「夢の共有だ」
と思えることではないかと感じるのだった。
晴香にとって、自分がいかに生きていくことがつらいのかというのを、彼の死によって思い知らされた。
「生きることは、死ぬことよりも辛い場合だってあるのよ」
という話を聞いたことがあったが、前は、
「そんなことない」
と思っていたが、死んでしまった人のことを忘れられないでいると、自分が前に進めない気がして、その理由を作っているのが、死んだ人による呪縛だと考えると、
「死んだ人のことを、こんな気持ちで恨みに思うなんて」
と感じる晴香だった。
それだけ自分が苦しんでいる理由がいつの間にか分からなくなり、苦しんでいる理由を死んだ人に押し付けてしまう自分を感じてしまう。
「一番恨んではいけない相手のはずなのに、なぜ、こんな気持ちになるのか?」
ということまで、相手の責任のように感じることで、逃げてしまっている自分を感じると、何かから逃げているという気持ちにさせられるくせに、その何かが自分でも分からないことにいら立ちを覚えryのだ。
「恨みというものは、死んでもその人から離れない。だから、夢に見て、忘れることはない。ずっとこのまま私は、彼の幻影に惑わされることになるのだろうか?」
と、晴香は考えるのだった。
自分が夢を見ていると、死んだその人が生き返ってくるわけでもないのに、どうしても、頭から離れてくれない。
それは、彼が死ぬ前に変な噂を聞いたからである。
「聞きたくもなかったウワサで、結局死ぬ間際だったので、彼に話を聞くこともできなかった。結局、その答えは分からずじまいだったのがつらい」
と思うのだった。
実は彼は晴香を忘れようと思っていたようだ。
晴香のことを忘れるために、最初は、
「晴香のことを嫌いになろう」
と考えたようだ。
しかし、それはできなかった。今から思えば、忘れてしまうことができた方が、彼にとっては幸せだったのかも知れない。なぜなら、彼は死なずに済んだからだった。
彼がその時にどういう行動をとったのかというと、
「別に好きになる相手を、強引に作ること」
であった。
その相手は、ある意味、
「仮想的」
のような存在で、敢えて過激なことをしないと忘れられないと彼は感じたようだ。
その相手というのは、晴香も知っている人であったが、相手は晴香のことなど相手にもしていないような女だった。
晴香もそのことを分かっていたので、その女性を意識することもなかった。その女性というのは、同じAV女優で、しかも、企画女優ではない、いつも主演を演じるような女性だった。
名前を長門美月という。
今では引退しているのだが、その引退の理由は、結婚だったというのだ。
「寿退社」
ならぬ、
「寿卒業」
とでもいうべきか、結婚することで、スッパリとAV界から足を洗って、円満に結婚したという噂を聞いた。
だが、女優をやっている頃は結構な人気で、かわいらしさというよりも、綺麗さで売っていた女性だった。
そんな彼女だったが、すっぴんになると、綺麗系というよりもかわいいタイプであり。女優の時の顔と、プライベートの顔のギャップが、結構ひどかったと、知っている人には見られていた。
だから、引退後も、まさか彼女が元AV女優だったなんて誰も知らなかっただろう。
旦那も知っているわけもなく、すぐに結婚できたのも、そのあたりに理由があるようだった。
話は戻るが、男優の彼がジワジワと晴香のことを好きになっていったのだが、当の本人である彼がそのことに気づいていなかった。
気づいた時には、晴香のことが忘れられないほどに好きになっていた。
しかし、彼は晴香のことを、同じくらいにいとおしく思っていた。ここでいういとおしさとは、
「彼女には、染まってほしくない」
という思いで、自分と付き合ってしまうと、自分が憧れていた晴香という存在を消してしまうというジレンマだったのだ。
本当が付き合いたいのに、付き合ってしまうことで、本来一番好きになった相手の本来の性質を殺してしまうことに大いなるジレンマを抱いたのだった。
そんな彼女のことを、このままそれ以上好きになってしまうわけにはいかない。だからと言って、彼女のそばからも離れたくない。そんな自分の性格をわがままだと思った彼には、子供のようなところがあった。
だからこそ、彼女から離れられず、かといって、これ以上の愛情を溢れさせるわけにはいかない。そう思うと、
「他に女を作るしかないんじゃないか?」
という安易な考えになってしまったのだ
その時に、現れたのが、長門美月だった。
彼女は、当時、一番一緒に絡んでいた女性で、AVの仕事として絡んでいるだけの相手で、愛情など感じているわけではなかった。
それを意識したことで、
「晴香のことを忘れるため、美月を利用しよう」
と思ったのだ。
罪悪感はなかった。それだけ、彼は子供のようなところがあった。
「美月と付き合って、こっぴどくフラれた場合なら、晴香は自分が一番求めている彼女になって、俺の前に現れてくれるかも知れない」
という、本当に中学生の恋愛レベルの発想を抱いたのだった。
もちろん、そんなバカげたことになるわけもなく、確かに美月に捨てられることになったのだが、自分だけが見捨てられる形になった。ただ、その時美月も、かなり傷ついたのは確かなようで、美月は、その後、かなり苦しんだ後、開き直りのうまさが功を奏して、しかも、この経験が彼女を強くしたのか、結婚には円満だったようだ。
それでも、結婚がうまくいったのは二年ほどの間だけで、どちらが悪いのか、かたくなまでに箝口令が敷かれ、誰も本当の理由を知らないままに、離婚したのだった。
しばらくの間、美月は表にまったく出てこないようになった。一時期行方不明だった時期もあり、捜索願を出そうという一歩手前で帰ってきたということであった。
そんな美月は、本当に表舞台に出てこなくなった。一度いなくなったとしても、少しの間でも無事に暮らしているというのが分かると、今度は彼女が失踪しても、誰も気にならないだろう。
実際に、それ以降、彼女と親交があったという人を皆知らない様子だった。
美月がそれからどうなったのかということを最初に知ることになるのは、何と、晴香だったのだ、
彼女の今を知っている人は、彼女の過去を知らない。彼女は、自分が他の人から関心を買わないように、どちらかというと、人を避けていたり、わざと嫌われるようにしていた素振りがあった。その効果はてきめんであり、ある意味、彼女の思惑通りだったと言ってもいい。
「あの人が美月だったなんて」
そう思ったのは、今回のテンパイガールズを結成してからだった。
彼女は、何とメンバーの仙崎みのりのマネージャーになっていたのだ。
今までにもみのりのマネージャーを何度か見たことはあったが、いつも帽子をかぶっていて、サングラスをかけていた。しかも、ラフな服装に、動きやすいという画期的で簡単な服だったこともあって、まさか、かつてのAV女優だったなんて、誰が感じることであろうか。
そのことを知った時、晴香は、美月の夢を見るようになっていた。
別に美月のことが気になっているわけではない。美月を発見したことで、それまで忘れていたはずの男優の彼を思い出したのだった。
もちろん、完全に忘れていたわけではないので、思い出すことになったのだが、思い出すにはそれなりにきっかけなるものが必要で、思い出したことが、晴香を、
「毎日のように、夢に誘った」
と言えるのではないだろうか。
「それにしても、まさか、恋敵と言える女のせいで、彼を思い出すことになるなんて」
と晴香は思った。
晴香も、実は死んでしまった彼を気にしていた。
晴香が気になっているのは。別に彼が死んだからではない。ただ彼の死に対して晴香が大いなる責任を感じているのは事実だった。
彼が晴香を意識しているのは分かっていた。分かっていたが、男優である彼を自分が好きになってはいけないと思ったのだ。
彼は、れっきとした男優で、自分は企画女優でしかないと感じていたことで、彼の愛を信じることができなかったのだ。
それは、ある意味、晴香の被害妄想であり、嫉妬のようなものであったが、それだけ晴香は、男優、女優の世界に対して、偏見と被害妄想の両面から、自分で勝手に結界を作っていたのだった。
だが、そんな男優が自分を意識しているということが分かると、嫉妬の気持ちよりも被害妄想の方が強くなり、恐怖がみなぎってきたのだった。
だから、彼の本気度を見誤り、相手のためにと思い、自ら身を引く形をとったのだが、それは彼に対して、余計な気を遣わせたことで、彼を死に追いやったというのが、晴香が見つけた結論だった。
もちろん、その後、違う女優と付き合って、うまくいかずに死んでしまうことになってしまったのだから、晴香の責任ではないはずだ。
それを自分の責任として抱え込んでしまうのは、逆に彼女の思い上がりにもほどがあるというものである。
その思いと、自分が彼の気持ちを分からなかったという意識が働いて、しかも、死んだ時に、一番そばにいて、その責任を感じなければいけないはずの美月が、いつの間にか他の男性と結婚してしまったということで、勝手に晴香は美月のことを、
「恋敵だ」
と思うようになったのだ。
恋敵だとでも思わないと、自分を責め続けて、どうしようもないと感じた晴香にとっての、
「言い訳のようなもの」
だったのかも知れない。
そんな夢を見ていた晴香だったが、彼がどうして死んだのかということを考えていると、どうしても、美月の存在を忘れるわけにはいかなくなった。しばらくの間、美月のことが頭から離れないでいたが、やっと最近になって、思い出さなくなっていった。それにも関わらず思い出したのは、この夢が何かを暗示しているからなのかも知れない。
「正夢」
という言葉があるが、それは、
「見た夢が現実になる」
という考えではなく、その夢がいかに見た人に影響を与えるか? という意味において、美月のことを思い出させ、しかも、彼女がまったく違った形で自分の前に、またしても立ちふさがってくるというので、何かを暗示させているようで、まさに、夢が現実になるという意識を与えてくれるのだ。
彼女がまったく知らないところで影響してくる存在だったということ自体が正夢であると言ってもいいだろう。
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