お題「時間」

時間詐欺


 近頃、「時間詐欺」が猛威を振るっている。ここ一カ月で数十人が時間をだまし取られ、警察に届を出した。かくいう私もその一人――こんな話を同僚が真面目くさってするものだから、俺は思わず吹き出してしまった。まったくバカバカしい。時間には形がないのだ。取るも貰うもできやしない。それに被害届を出すなんて阿呆の極みだ。まあ聞け、と同僚が諭す。

「俺も最初はそう思っていたさ。しかし引っかかってみるとたしかに時間が盗られてる。奴らの手口は巧妙なんだよ。君も気を付けた方が良い。いいか、奴らはな――」

 曰く、詐欺集団はまずSNSや電話を通じて接触してくる。

 我々は「時間投資家」でございます。「時は金なり」、いよいよ時間も天下の回りものになりました。これからは時間の余裕が生活の余裕、時間の多さが富の証。富をどう増やすのか、気になりますよね。その術を知っているのが我々です。あなた様のお時間を今すぐ預けていただければ、十年後に十倍にして返して差し上げましょう――

 そんなバカなとは思うものの、彼らはすこぶる弁が立つ。老後の不安、富豪への夢、欲望を巧みに刺激して、気付けば首を縦に振っている。何々というインターネット時間銀行に口座を作り、そこに幾時間か振り込めと指示される。数か月後、口座の時間が倍になっている。投資は思っている以上に上手くいっているようだ。追加投資の誘いに乗り、今度は半年ほど振り込むとすぐ倍になる。いよいよ舞い上がる被害者に、彼らは甘い言葉を囁くのだ。あと何年か投資頂ければ、十倍にすることができます、と……


「で、振り込んだが最後音信不通。気付けばすってんてんのはげ坊主。余命いくばくもないって次第」


 バカ言え、と俺は笑い飛ばした。時間が振り込めてたまるものか。全部数字のまやかしだ。君は俺のライバルになると思っていたが、案外とるに足らない人物だったようだな。そんなペテンに引っかかって気を病むなんぞ笑止千万。うまいもん食って寝て冷静になれ。そうすればあと百年は生きられる。

 しかし……と同僚はまだ浮かない顔。


「時間がだまし取られたのは事実なんだ。他人事みたいに笑っているけどさ、次に引っかかるのは君かもしれないんだぜ? 気を付けた方が良いよ」


 今年一番の笑い声。この俺がそんなものに引っかかるものか。手口が多様だって? 息子や孫を騙るパターンに、警察の捜査協力を偽って大量の時間を用意させるパターン? 関係あるものか。俺にかかれば全て一刀両断よ。コンサルやセールスを装って君を狙ってる可能性もある? 望むところだ。来るなら来い、だ。受けて立つ。むしろ俺から攻めてやる。詐欺師の鼻を明かしてやるのだ。

 休日、ソファに寝転がってスマホを開く。「時間投資」と検索すると、出るわ出るわ怪しいサイト。その末尾にある連絡先に電話をかけた。三コールで出る、いかにも詐欺をしていそうな粘っこい声。悪を成敗してやるべく、俺は大きく息を吸った。




「調子はどうだ」


 アロハシャツの男が小声で聞くと、ずんぐりむっくりの小男は左手でOKサインを作って見せた。右手が支える受話器は、もう三時間上がりっぱなしである。詐欺師が三杯目の珈琲を飲み終わったころ、ようやく受話器が下ろされた。


「三時間半、新記録です!」

「そりゃ素晴らしい。ああいう手合いはいいな。自分が賢いと思ってるから、際限なく喋り続ける」

「へえ。がっぽり搾り取ってやりました。向こうは今頃、奪われた時間の大きさに泣きわめいているでしょうよ」


 実際、”向こう”は貴重な休日の午後を失ったことに気が付き、半狂乱で警察署へ走っている。それと寸分違わぬ様子を思い浮かべながら、アロハはほくそ笑んだ。


「いいぞ……その調子でデキる奴らの時間を浪費させ続ければ、俺たちはそのうち時間長者だ」

「ちょろいですなあ。詐欺の噂を流せばすぐこれだ」

「ああいいうのの鼻を明かすのはたまらんなあ」


 二人は低い声で笑いあった。ふと、小男が尋ねる。


「そういえば、時間は今どのくらい貯まってるんです?」


 アロハは黙ってスマートフォンの画面を見せる。そこには、今まで彼らが「時間詐欺」の被害者から奪った時間が正確に記録されていた。連なるゼロの数に、小男は目を輝かせて感嘆の声を上げた。が、すぐに首を傾げる。


「ねえ兄貴。これ、俺達も同じ時間だけあっちに盗られたりしてないですよね」

「難しいことを言うな。そんな訳がない。俺達が巻き上げてんだから、俺達が盗られてるはずがないだろう」

「でも巻き上げてる時間の分だけ俺も兄貴もあっちとやりとりしてる訳で……んん?」

「たしかに……んん? ……なんかうまいことなってんだよ多分。俺達の時間は減らねーの。増えてくばっかなの」

「そういうもんですか。いやあ、使うのが楽しみだなあ!」

「使う?」


 小男は満面に笑みを浮かべてアロハを見上げた。


「そりゃ使うでしょう! 時も金も使わなきゃあしょうがない。しっかしどう使えばいいんでしょうねえ、あんな大量の時間! すっかり忙しくなって、今はもう時間使う暇もねえや。兄貴はどうすんです?」

「そりゃお前……」


 目を泳がせて、アロハは答えた。


「そりゃお前、刑務所で長い休暇に使うのさ」

 

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