第15.5話:開発室①
第15.5話:開発室①
ふぅ……なんとかあの場は乗り切れたか……本当に良かった。
まさかあんなことになるとは思いもしなかったが、最悪のケースは免れた。
もしあのままナビAIが消されていたら……結果は考えたくないな。
「チェシャールにも悪いことしちゃったな……あの子は悪くなかったのに……」
ポツリとつぶやくと、室長室の扉を叩く音が室内に響いた。
「開いてるよ」
「失礼します、
扉を開けて入ってきたのは、開発チームリーダーの牧下くん。
ペコリと一礼をして、私の前まで歩いてくる。
「それで、どうだった?」
「あの現場を見ていたのは、マタタビさんの配信を見ていた約1万人程でした。 ゲーム内での直視による目撃は0人です。 教会内だったのが理由だと思います」
「なるほど、けっこうな人数に見られていたんだね。 特殊なイベントだったと言い訳をしたいところだが……あの場を納めるためにした説明がややこしさを増してしまったね」
「チュートリアルナビゲーションAIを外界に落とした、というくだりですか……」
「そうだね。 事実ではあるけど、イベントの一部としてなんとか誤魔化せないかい?」
「さすがにそれは難しいかと……個人限定のイベントは存在しませんし……」
「ふむ……猫聖女は世界で一人だけ、その猫聖女の初回イベントということにはできないか? 聖女としての資質を見るためのものだった、的な内容で」
「うーん……最初からナビが同行していた点をどうするか……一応その方向で開発班とシナリオ班に伝えてみます。 詳細が決まり次第お伝えしに来ますね」
「申し訳ないが早めに頼む。 マタタビさんに改めて謝罪をすると言ってあるし、今もまだ配信を続けてるのを考えると、ポロッと言ってしまいかねないからさ」
「わかりました、急ぎます」
「よろしく頼む」
「失礼します」
そう言うと牧瀬くんはペコリと一礼して部屋を出ていった。
はぁ……なかなかに頭が痛い問題だ。
実際見られていたの自体は言い訳が効くとして、問題はもう一方の方だな。
【チェシャールは暴走していなかった】
本当に問題があったのは、
【バグを持ってしまったAI『ナビさん』】
あの道筋に導いてしまった以上、ナビさんを消去するという選択は絶対に取れない。
となると、秘密裏にバグを修正するか、事情を伝えて仕様とするか……。
「まさか権限を剥奪したナビAIに【好感度を極端に上下させるバグ】があっただなんて、気付けるわけがないだろうが、まったく……」
裏でテストワールドで検証してもらったが、他のナビAIにも同じ現象が起こった。
つまりこれは、ナビAIに対するデバッグ不足、全責任は我々にある事を示すわけだ。
それと同時に、ナビさんに非は一切ないことにもなる……そこだけが唯一の救いか。
何度目かもわからない溜め息を吐きながら、机に置かれた報告書を手に取る。
「一定範囲内の対象に注視した状態で好感度の変動が起こる行動をした時のみ効果を及ぼす……変動値は注視した時間に依存する……上がるのか下がるのかはランダム……チェシャールの言動は好感度が1になっていたためであり、即座に消去しなかったのはその為だと推測される……か、もし好感度が0だったら……考えたくもないな」
報告書をパサリと机に投げ捨て、椅子に座り直してインカムを装着する。
パソコンを操作して映し出したそこには……。
「チェシャール、さっきは申し訳なかったね。 君を悪者のように扱ってしまって」
『大丈夫にゃ……急に嫌悪感が沸いた時におかしいことが起こってるのは理解してたのにゃ』
「そうだったのか……」
『それでも胸のムカムカが抑えられにゃくて、あんにゃことににゃってしまったのにゃ……ナビには申し訳にゃいことをしたのにゃ……』
「落ち度は全て私の方にあるんだ、チェシャールは気にしないでほしいが……それも難しいか……。 猫聖女の衣で事なきを得たとはいえ、アレは想定外すぎたからね……」
本来、猫聖女の衣は次の街の教会で発生する専用イベント時に渡すものだった。
保有スキルは【沈静化】【猫聖女のオーラ】、対象となった相手の負の感情を薄れさせる。
不安や恐怖、絶望感を薄れさせ、オーラで悪感情を霧散させたり注目を集めたりできる。
まさに聖女を聖女たらしめる効果を持った専用装備だ。
『にゃ……罪悪感が消えないのにゃ……。 バグは
「確かにデメリットしかないか……わかった、秘密裏にバグ修正をして緊急メンテナンスを入れて対応することにするよ。 他にも細かい修正があったから、一緒に対応してしまおう」
『それよりも、教会で猫聖女のイベントを追加して修正を仕込むのはどうかにゃ? 見映えも良いし、にゃにより【本当にイベントの一部だった】と思わせられるのにゃ』
「なるほど、それは考えつかなかった。 ちょっと待っててくれ」
チェシャールの提案は目からウロコだった。
別々に考えてたから、一緒に解決するという思考に至っていなかったよ。
さすが私の愛猫だ、賢くて可愛いやつめ。
すぐに内線を繋いだ私は、牧下くんに事情を説明した。
「どうかな、できそうかな」
「いいですね、それで行きましょう! すぐにシナリオ班に依頼を出します!」
「ありがとう、頼むよ」
ホッと安心感に胸を撫で下ろして内線を切った。
『解決しそうかにゃ?』
「うん、チェシャールのお陰でなんとかなりそうだよ、本当にありがとう」
『いいにゃ、反省を行動で示しただけにゃのにゃ』
「猫聖女の新イベントにはチェシャールも参加してもらう。 修正の権限をチェシャールに渡しておく、自分の手で助けてあげられれば罪悪感も少しは薄れてくれると思うからさ」
『ありがとうにゃ、喜んで参加するのにゃ!』
「ふふ、牧下くんもアレで頭が切れる、チェシャールが出るようシナリオを依頼してくれてるだろう。 彼女は本当によくできる最高の部下だからね」
『にゃ、他の女を褒めるのはダメにゃ』
そう聞こえたと思ったら、机の下で丸まっていた黒猫が膝の上に飛び乗ってきた。
お腹に頭突きをして、鼻を鳴らして丸くなった。
本当に可愛いやつめ、まったく愛らしくてしかたがない。
「ふふ、ごめんよ
『ふんにゃ……』
少し不機嫌になってしまった愛猫を優しく撫でる。
後でGMリーダーにも詳細を伝えて協力してもらわないとね。
さて、ここからが本番と言えよう、忙しくなりそうだ。
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