星2つ:叫ぶ、動く
星2つ:叫ぶ、動く
ある日、ある場所、ある人が居た。
「はいはい! そこはもっと足を上げて! キュッとしてパンッ! もう1回今の場所やってみて! はい! ワン・ツー・スリー・フォー! いいわよ、その調子!」
「「「はい!」」」
ダンスレッスンをする子どもたちと、それを教える先生が1人。
未来のダンサーやアイドルの卵たちがキラキラと汗を流しながら激しく舞い踊る。
この仕事を始めてから、充実した時間を過ごせていると思っていた。
「先生、あたくしの子はどうざましょ? 他の子たちより人一倍努力してるざましょ? センター候補として推薦してくれませんこと?」
「そういうのは私が決めることではないので、はい、努力してるのは見ているので分かってるのですが……」
「先生ほどの方が推薦なすってくれたら皆頷いてくれるざます! 是非お願いするざますよ! おーほっほっほ!」
「はあ……そうですかね……」
本当に疲れる。
ダンスで汗を流すのも、人に教えるのも天職だと思ってる。
でも、こういう親からの媚というか、子ども押しが酷くて心が荒んでいくのを感じている。
「……こういうのじゃないんだよなあ、求めてたのは」
そんな生活が続く中、同僚と一緒に初めて行ったオカマバーにドはまりすることになる。
最初はほんの気まぐれだったし、1回くらいならと付き合ってみただけだった。
それがどうだろう?
共感してくれる、怒ってくれる、涙まで流してくれる、叱咤激励してくれる。
この1回が彼女の後ろ髪を引き、度々訪れるようになった。
ダンスの先生をやりながらオカマバーに通うようになって、約1年経ったある日。
たまたま偶然、とあるゲームのCMを目にした。
UTVの広告で流れるそのCMは彼女の心を掴んで離さなかった。
元々ゲームは好きだし、むしろダンスに興味を持ったのもダンスゲームから。
まさに運命の出会いだと思い、発売日に徹夜して並んで購入した。
彼女の名前は
アメリカ人でプロアメフト選手の父と、日本人の母の間に産まれたハーフ。
不運な事に、成長する毎に身長は伸び、ガタイもよくなり、男顔になっていった。
父の遺伝子を色濃く受け継いでしまい、母からもらったのは黒髪黒目くらいのもの。
学生時代に【巨女】【オカマ】【女もどき】と散々なアダ名が付けられるほどにだ。
「はーん! お仕事モード終わりん! 今日もあたい頑張ったわーん!」
「カマさんお疲れ様ー、どう? 久しぶりにオカマバー行かない?」
「あらアキコちゃんじゃないのん。 んー、やめとくわーん。 今日この後、大好きな配信があるのよーん♪」
「デカ魅さんに言われて口調まで変えちゃったのに、会いに行かなくていいの?」
「そりゃデカ魅さんには会いたいわよん? あたいの恩人だものん♪ でも、それ以上に素敵な出会いをしちゃったのよん」
「えー、気になるじゃーん! ねね、どんな子なの?」
「そうねーん……あたいの家で飲まないん? 一緒に配信見たらアキコちゃんもハマるかもしれないわん♪」
「いいね! すぐシャワー浴びてくる!」
「あたいも一緒に行くわーん♪」
…………
……
「ほら始まったわよん、この子よん、こ・の・子ん♪」
「へー超可愛い! こんな小さい子もオンラインゲームやるんだねー」
「あたいもやってるのよん? ちなみにフレンド交換もしてるわん♪」
「すでにお近付きになってたのねー。 待ってめっちゃ猫居る! なんで!」
「それはねーん……」
冒頭の会話シーンを見ながらゲームの説明をしていく。
簡単にサラッとだけだが、アキコにはその程度で十分だった。
お酒も進みながら、二人で悶えながら配信を眺める。
時折コメントもしながらなのは、ファンの鏡とも言えるだろう。
「教会すごっ! へー、今のゲームって作り込みすごいんだねー」
「そうなのよーん♪ 可愛い子を見守りながら綺麗な景色を楽しむのもん、あたいの楽しみの1つねーん♪」
…………
……
「神様なんて居るの? 猫の神様? なにそれウケるwww」
「初めて見るわねこんなイベントん……」
「え、これやばくない? 消すとかなんとか言ってるけど……」
「いやん! ナビちゃんを消すなんて絶対にダメよん! なによこの神様ってのん!」
「あ!」
「あらん!」
「かっこいいいいいいいいいい!」
「こんな一面もあるのねえええええええええええん! 素敵いいいいいいいいいいいいん!」
「やばいやばいやばい! なにこの子! レッスンに来るガキの何百倍も尊いんですけど!」
「素敵よマタタビちゃん! 愛ねん! 愛の為せる行動なのねん!」
「「はあああああああああああ……」」
「……まだ買えるかな、大人気なんだよね」
「……そうねん、たぶん大丈夫だとは思うけどん」
「この子のためなら仕事頑張れそう……」
「ようこそ沼の世界へん♪」
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ある日、ある場所、ある人が居た。
「今日の配信はここまで、また明日もやるから観に来てね! …………ふぅ、配信終了っと」
大きく息を吐いて椅子の背もたれに体重をかける。
ほんの微かに音を立てたが、高性能な椅子だけに座り心地は快適そのもの。
そんな椅子に体を預ける人物は、天井を見ながらポツリと呟いた。
「ちょっとマンネリ化してきてるかな……」
視聴者の数は前と変わらないし、チャンネル登録者数も今はまだ上昇傾向にある。
しかし、やっている本人が僅かに感じるマンネリ感。
きっと視聴者も少しずつそれに気付き始めているに違いない、そう思った。
最初はただの興味本位で、自分が楽しければいいやと始めたUTVでの活動。
色々試した結果ゲーム配信に落ち着いたが、自分で選んで始めたゲームは皆無。
そう、全て後追いで始めたゲームばかりになってしまっているのだ。
当然それが悪いわけじゃない、むしろブームに乗っているとさえ言える。
「何かが違うんだよなぁ……誰かがやって人気だったからやってる……話題性を得るための『やらされてる感』っていうか……こんな考え方傲慢なのかなぁ……」
どうしてもネガティブになる思考に頭を振るが、気持ちが晴れることはなかった。
これまで遊んできたゲームは全て楽しかった、それは嘘偽りの無い本心。
視聴者さんとの絡みも楽しいし、他愛のない会話に自然と笑顔にもなる。
でも何かが足りない、足りない何かは分からない、でも、何か、何かが……。
「ん……なにこれ…………猫と旅するファンタジア……発売日は明日……これ! これだ!」
何気なく開いた、今やっているゲームの情報サイト。
そこに出てきたバナー広告の1つ。
吸い込まれるようにダブルクリックすると、そこに現れたのは興味をそそられるHP。
求めていたのはこれだ、なぜだかそう確信することができた。
「PAWなら持ってる、ダウンロードコードを買うだけでできる……並びに行かないと!」
そう決めた私は超特急で防寒対策をして家を飛び出した。
それから寒空の下必至に耐えて、無事購入することができた。
先頭の方がちょっと騒がしかったみたいだが、特に気にすることは無かった。
そこからは行動が早かった。
駆け足で家に帰り、素早くボディスーツを着込み、モニターグラスをかけて起動。
真っ白な空間に声だけが響いてくる、不思議な空間に一人。
『やあ、早速で申し訳ないが、お嬢さんの名を決めよう。 現実の名ではなくゲームの中で呼ばれる名だ。 個人情報には注意してくれ』
「私の名前は……【ショコラ】」
そこにはネガティブに溺れる者の姿は無い。
希望に満ちた瞳で白い空間を真っ直ぐに見つめる。
その姿を見たチュートリアルナビゲーションAIは、その真っ直ぐな瞳に星を灯した。
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