第2話:晴れる心、照らされる道筋

 第2話:晴れる心、照らされる道筋


 パチリと目が覚める。

 いつもよりもかなり寝覚めが良い。

 少しのあいだ天井をボーッと見ながら寝転がっていると、心臓がドキドキしてきた。

 ドクン……ドクン……。

 その鼓動に突き動かされるように体を持ち上げてベッドから飛び出して、子供部屋を出た。


「お父さん?」


 リビングには誰も居なかった。

 時計を見ると短い針は6を指していた。


「そっか、お店の開店はまだだもんね……お父さんは私のために……」


 胸の奥がチクリとして、ピリピリとした感覚をたしかに感じる。

 お父さんは毎日お仕事頑張ってくれてる。

 どんなに忙しくても学校行事にも必ず来てくれる。

 お休みの日も一緒に公園に行ってくれたり……お父さん……。


「好香、おはよう」


「あ、おはよう……お婆ちゃん」


「……着替えてきなさい」


「え?」


「お父さんのところに一緒に行きましょう? そうしたいんでしょ?」


「! うん!」


「善は急げだ、ほいほいダッシュ!」


「待ってて、すぐ準備する!」


 やっぱりお婆ちゃんは心が読めるに違いない。

 そんな事を思いながらタッと踵を返して子供部屋に駆け込んだ。


「心を読まなくたってわかるよ、大事な孫娘だもの」


 急いで着込んで、靴下を履くために床に座る。

 二段ベットの下の段に目が行くと、妹が静かに寝息を立てている。


「行ってくるね」


 そっと頭を撫でると、「うん……」と小さく身じろぎをした。

 あたしの可愛い可愛い大事な妹。

 一緒に旅はできないけど、たくさん思い出話してあげるからね。



 ----


「お待たせ、お婆ちゃん」


「よし、行きましょうか」


「うん!」


 二人で玄関で靴を履いてると、お母さんがふらーっと近寄ってきた。


「いってらっしゃい」


「……うん、いってきます!」


「行ってくるよ、穂香と留守番よろしくね」


「二人をよろしくね、お母さん」


「はいはい。 ……ご馳走用意しとくんだよ(コソッ)」


「分かってますよ、作戦通りに(コソッ)」


「どうしたの?」


「なんでもないよ、さっ行くよ!」


「うん!」


 玄関を飛び出して、お母さんに手を振る。

 小さく振り返してくれるのを見ていると、ドアがパタリと閉じた。



 ----


「うー寒い……」


「お父さん!」


「うおっ! 好香!」


 お婆ちゃんと歩いていると、ゲームショップが見えてきた。

 けっこうな行列ができててビックリしてると、お婆ちゃんが指を指した。

 あ、お父さんだ!

 あたしは我慢ができなくて、お父さんに飛びついた。


「義母さんも、どうしたんですか?」


「この子が暗い顔してたからさ、連れてきてあげただけさね」


「そうなんですか……」


「お父さんごめんね、あたしのせいで……寒かったでしょ? はいココア、飲んでちゃんと体温めて?」


「ありがとう、はぁー手に熱が戻ってくる」


「それにしても、先頭に居るなんてすごいじゃないかい」


「いやまぁ……」


 ちょっと困ったような顔をするお父さん。

 何があったんだろう?


「おっ、その子が娘さんっすか? 心配して来てくれるなんて本当に良い子なんっすね、譲った甲斐があるってもんっすよ!」


 あたしとお婆ちゃんが疑問に思ってると、すぐ後ろに立っているお兄さんが言った。

 金髪でピアスがいっぱい……服装もなんだかチャラチャラっていうか……。

 ちょっと怖いかも……。


「そうなんですよ、この子がそうです」


「いいっすねー! 将来間違いなく美人さんになるっすよ!」


「あはは、ありがとうございます」


 とても楽しげに話すお兄さんと、ニコニコのお父さん。

 仲良さそうだし、怖い人じゃないのかな?


「本当は俺が先頭だったんすよ、後ろに晴茂さんが居てって感じで。 んで夜中じゃないっすか、寒いじゃないっすか、なーんか寂しい気持ちになっちゃって話しかけたんすよね」


「なんだい、飲み物とか用意してこなかったのかい?」


「そうなんすよ、よゆーっしょ! とか思ったらこれが大間違い! やっちまったなって! あははは! そんで話してる内に、なんで買いに来たかって話になって……娘さんのためだって言うじゃないっすか? 理由もなんだか可哀想に思っちゃって、あっごめんね? 感動したって意味だからね?」


「は、はい……大丈夫です……」


「俺こんなナリしてるけど、来月その……子供が産まれるんっす、女の子の。 なんだか他人事ひとごとに思えないっていうか、何かしてあげたいなって思って……ただの自己満っすけど!」


「なんだい、すごく良い奴じゃないか。 ほらホッカイロ使いな」


「おっお兄さん! ココア……どうぞ!」


「おおおお! ありがとうございます! いやー良いことってしてみるもんっすね!」


 大げさなくらい体全部で喜んでくれた。

 あたしのために、このお店で最初に手に入れる権利を譲ってくれるだなんて、いい人だな。


「しかも驚くことに、僕たちと同じマンションに住んでるみたいなんですよ。 奥さんは病院なので、今は一人みたいですけど」


「そうなのかい、世間ってのは狭いもんだね。 ご近所なんだ、何かあったら私たち家族を頼りなよ?」


「あ、ありがとうございます! 正直、分からないことだらけで不安でいっぱいだったんすよ……まだ父親になるって実感もないし……子供もちゃんと育てられるかって……」


「実感なんて子供と対面すりゃ嫌でも湧いてくる、子育てだって経験して初めて知ることの連続さね。 今は不安かもしれないけど、そんな気持ちで居られないくらい忙しくなるから安心しときな。 そうさね、今は覚悟だけしときな」


「覚悟っすか?」


「そう、奥さんと子供をめいっぱい幸せにする覚悟さね」


「幸せにする覚悟……」


「人間生きてりゃ嫌な思いをする事もあるし、夫婦だって喧嘩する事もある。 どんなことがあっても、家族との幸せを思えば乗り越えられるってもんさね。 その気持ちを絶やさない、不幸にさせない、そういう覚悟さ」


「っ! はい!」


「私も子供5人生んだ身だ、ババアからの細やかなアドバイスだと思って頑張んな」


「そんな失礼な呼び方しないっすよ! ……母さんって呼ばせてください!」


「なんでまたそんな呼び方なんだい」


「俺の母さん、俺を産んでそのまま死んで、親父が男手一つで育ててくれたんっす……だからその……」


「そうかい……いいよ、私はずっと家に居るからいつでもおいで」


「ありがとう……ぐすっ……ございます……!」


「これから父親になろうって男が泣くんじゃないよ、まったく」


 お婆ちゃんは、泣いてしまったお兄さんの背中を撫でながら、嬉しそうに優しく微笑んだ。

 「いい話しだ……」とうんうん頷くおじさん。

 「私も頑張ろう……」と目元を拭う綺麗なお姉さん。

 「優しい世界って本当にあったんだな……」と涙を流すボサボサ髪のお兄さん。

 並んでる人たちにすごく注目されちゃって、なんか恥ずかしくなってきた……。

 いつの間にか店員さんが近くに立ってて、小さく鼻をすすっていた。


 それから、少し早いけど開店しますと店員さんが大きな声を上げた。

 後ろの方からざわめきが聞こえてきて、座っていた人たちがパラパラと立ち上がっていく。

 あたしは、お父さんたちが店員さんに促されてお店に入っていくのを静かに見守った。

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