第3話 結婚してくれないと困るんです!!
私が「魔法使い」さんに嫁ぎに来たと告げると、真っ赤になって狼狽し始めてしまった魔法使いさん。
その後、私は彼が落ち着くのを待って、自分が何のためにここに来たのかを改めて説明をした。
魔法使いさんは真面目な顔で話を聞いてくれて、私の家族の身に起きた貴族同士のゴタゴタについても意外にも同情的な気持ちを抱いてくれたようだった。
「…貴女がご家族や家の為に覚悟を持ってここに来たことはわかります……。けど、やっぱり結婚なんて困りますよ…。…俺、全然そんなつもりはなくて…。王様の側近と言う人から、親睦を深めたいから人を送るとは聞いていましたけど……それだって意味がよくわからなかったし、……そんな、急に……」
魔法使いさんはしどろもどろ…、とにかく言い難そうにそう言葉を紡ぐ。その片手はガリガリともしゃもしゃの髪を掻きむしっている。
確かに突然「貴方に嫁ぎに来ました!」なんて人物が現れたら戸惑いもするし、困っちゃうよね…。
でも私も「はい、そうですね」とは帰れない。
「魔法使いさんが困るのもわかります。私も、貴方の意思と関係なく押しかけてしまったこと、本当に申し訳なく思っています…。でも、私もこのまま帰ったら、家族に迷惑が掛かってしまうことになります。それは、どうしても…どうしても嫌なんです」
「…メーデルさん…」
「魔法使いさん、お願いです。結婚…と言うのはあくまで体面上と言うことで構いません。私のことは小間使いとでも思って下されば…と思います」
「そ、そんな……」
「勿論、既に意中の方や恋人がいらっしゃるのなら、私のことは気にせずにその方と交際をして下さって構いません。…どうか、お傍に置いて下さい…!」
私はそう深く頭を下げてお願いする。表情は見えないけれど、魔法使いさんはやっぱり困っているようだ。
「……こ、恋人なんていませんし、そんなことは出来ないですけど…!!!」
「…私、何でもします!家事でも料理でも…、得意とまでは行きませんが、勉強はして来ました。他にも命じられましたら、何でもご要望に応えられるように努力します」
「そ、そんなこと言われても…!」
こんな風に私に帰って欲しい魔法使いさんと、絶対に帰りたくない私の押し問答は日がすっかり暮れるまで続いてしまい、困り果てた馬車の御者が、どの道もう今日は遅くなってしまったし、暗がりの中馬車を走らせるのは危険なので、せめて今晩は館に泊めては貰えませんか?と提案を出してきた。
御者の彼は魔法使いさんに少し怯えている様子はあったのだけれど、私が何とか嫁に貰って貰おうと努力しているのを見て、サポートしようとしてくれているようにも見えたし、このまま家に帰れないと言う思いなのは、私と同じなのかも知れない。
「……………」
魔法使いさんはしばし悩んでいたけれど、こんな暗い中で追い返すのも危ないと考えたらしく、私と御者を館へと案内してくれたのだった…!
その館は古めかしく、大分傷んでいたけれど、所々に蔦が生え、まるで森と一体化しているかのようなその様相は、何処か幻想的で…神秘的ですらあり、とても美しく見えた。
館の中に入るように促されるまで、月明かりに照らされるその屋敷をうっとりと眺めている私に、魔法使いさんは「一晩泊めるだけですからね?」と念を押すように言って、慣れない様子ながら手を引いてエスコートしてくれた。
「…えっと…こう言う作法って良くわからなくて…。変だったらごめん…」
彼のエスコートは確かに不慣れな様子で、とてもぎこちないものだったけれど、”王都からの客人が来る”と聞いたから、慌ててエスコートの仕方を勉強したのかも…と想像すると、何だか少しいじらしくて…、ちょっとときめいてしまった。
魔法使いさんは、魔の力を使うとても恐ろしい人だと聞いていたから、彼が望まないのなら私は魔法の力で簡単に追い出されてしまうものだと思っていた。
だから、彼が結婚を受け入れられないと言った時、そのまま力づくで追い出されなかったことには正直驚いてしまった。
見た目こそ想像よりもずっと親しみやすくて全然怖い人ではなかったけれど、中身もそうだとは限らない…と思っていたのに、彼は突然降ってわいた結婚話にあんなにも動揺し、困惑して、それでも私と御者を危険な暗闇の中に放り出したりはせず、自分の屋敷に泊めてくれると言う優しさを持っている。
恐ろしくて怖い人だなんてとんでもない。とても優しい男の人だと思う。
髪の毛のもじゃもじゃ具合も最初こそびっくりしたけれど、慣れてくると何だか鳥の巣みたいで親しみを覚えたし、背がとても高いから、本当にうっかり鳥が住み着いたりしないだろうか?なんて好奇心すら沸いてしまった。
魔法使いさんがどんなに冷たくて、恐ろしい人だったとしても素直に帰るつもりなんてなかったけど、彼が予想外に親しみやすくって優しい人だったから…私は余計に彼に興味を抱いてしまっていたのだった。
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