第3話 ポジティブシンキング

異界の地で不貞腐れたように地面に転がって半時、異世界召喚、何だか悪くない気がしてきた。


思い返すと前の世界に未練という未練がない。交流のある友達もいない。俺の奨学金を使い込んでいたギャン中の両親とはとうの昔に縁を切った。俺を知る人間といえばイビリの凄いパートのおばちゃん位だ、このまま俺が帰らなかったら土曜のシフトキツいだろうな、可哀想に。ザマァみろ。

とんだ人生だった、趣味の一つもなければ、金もない。借金返済の為の極貧生活、踏んだり蹴ったり、ラジバンダリ、はは、おもろ。


あれ、なんだろう頬の痛みは引いたのに涙が止まらない、なんだろう。


二十余年、積みに積み重なった負の遺産を精算出来たと思えば案外悪くないのではないだろうか、むしろいいまである。そんな風に柄にもなくポジティブシンキングし始めると


「──おい、にぃちゃん」。


頭の上から少女の、どこか危なげのある爽やかな声が聞こえる。声の方を見上げると琥珀色の瞳をした明るい茶髪の女がいた。


「にぃちゃんなにしてんの?」。


不思議そうな顔で公共の場で恥ずかしげもなく地面に寝転がるタモツを見下ろしている。

タモツは徐ろに立ち上がり土埃を払った。

「ちょうど今、セカンドライフに活路を見出していた所だ」。

「訳わかんね、ところでニィちゃん財布持ってない?」。

「はっ、少女よ、俺は鴨だがネギは背負ってない」。


タモツが小馬鹿にした様に笑うと少女は腰に携えたダガーナイフに手を置いた。


「ちょ、マジ勘弁してください」。


タモツはなれた手付きで財布を差し出し深々と土下座した。


「ごめんなニイちゃん、私も必死なんだ」。


地面に置かれたタモツのがま口財布を回収すると少女は軽い身のこなしで屋根に上り逃げていく。タモツは見えなくなるまで、その後ろ姿を呆然と眺めていた。


────治安悪すぎだろ異世界。


深々とため息を吐く。嵐のような女だ、嵐のように去っていった、財布をとって。


まぁ、中には7円とレシートしか入ってないけど。


給料日前日のフリーターの財布事情をナメるなよ、閑古鳥すら餓死してるからな。

情けない事を得意気にいう。立ち上がり膝についた土を払う。


「おい坊主、災難だったな。まぁそう、気ぃ落とすなや」。

声のほうに顔を向けると二メートル近い巨躯をした強面のイカツイおっさんがいた。


「あぁ、全くだよツイてない」。

タモツはやれやれ、というふうに力なく笑った

「建国祭の準備で衛兵が招集されてか周辺の街にしわ寄せが来てやがる、困ったもんだぜ全く」。


「知り合い?」。


「ありゃ【砂漠の毒蠍ポイズンベリー】の下っ端だな。この辺じゃちょっとした有名人さ」。


「ポイズンベリー?」。


「あぁ、最近、街周辺を騒がせてるチンピラ共だ、噂位耳にするだろ?」。


「知らねぇな」。

そりゃそうだ。


「何だお前、余所者か?」。


「獅子は我が子を千尋の谷に落とす・オブ・子・イズ・俺って感じだな」。


「何いってんだお前」。


王立国家エイリィレヴン。初代賢帝バゼット・ロードテイルが王剣を突き刺した巨大な一枚岩の上に城壁を築き一つの国とした。台地と周辺の街の間には巨大な橋が掛かり商人たちが絶え間なく闊歩する。


「───そんで、そろそろ建国祭の時期なんだよ」。


「おっさんよく喋るな」。


「ころすぞテメェ」。


「おっさんはなんの人?」。


「あぁらちょうどそこの露店で串焼きをやってる、坊主も一本どうだ?」。

おっさんが指差す方に小さな串焼きの露天があった。さっきからする美味そうな香りはそこからみたいだ。

タモツは蚊も殺さぬような優しい尾で何かあった時用に忍ばせていた千円札をそっと取り出しオヤジの右腕に置く。


「──あん?誰だよこのハードボイルドなおっさんは、このハードボイル度は俺の次にハードボイルドと言っても過言じゃあない」。


だよなぁ────だよなぁッ!!やっぱ使えねぇよなぁ。後、過言だろ。ハゲ親父が何いってんだ英世に謝れ。

タモツは魂も一緒に抜き出ていきそうな、深いため息をつく。

当然想定はしていたさ、想定はしていたがここが公の場じゃ無ければ小6時間位、モンシロチョウでも眺めていたい気分だ。



「わりぃ、おっちゃん、俺無一文みたいだ」。


「あ?無一文っておめぇ……行く当ては?」。


「哀れこの子は身寄り頼りもない儚い身です」。


ツミってやつだ。もしかしたら硬貨には多少なりとも貨幣価値があるのかもしれない。7円ですら、盗られたのは痛手だったか。


おっちゃんは腕を組む。天を一瞥した後、黙り込みうなだれながら頭をポリポリとかく。

「おれは酒屋も経営しててよ」。


突然なんだろう。おっさんの身の上話聞いてる余裕なんて無いんだが。


「はぁ、そりゃ立派なこって」。


「さっき行った通り、建国祭、間近でかきいれ時なんだ」。


「そりゃ大変だな」。


「丁度、うちの皿洗いが最近やめてよ、おめぇ───うちで働くか?」。


「ぜひッ」。


タモツは恥じらいもなく食い気味に即答した。

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昨今珍しくもないダメ人間が異世界ファンタジーで無双するそうです。 スパニッシュオクラ @4510471kou

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