第94話 アーサーとモルガン
「悪いな、こいつは俺の婚約者なんだ。悪いけど他をあたってくれるか?」
モルガンを追いかけたアーサーが見たのは見知らぬ男たちにナンパされているモルガンの姿だった。
単なる男ならば彼女ならば瞬殺だろうと思ったが、トリスタンの言葉を思い出す。政略的な要素が強いとはいえ、婚約者ならば助けるべきなのだと。
「な、なんだお前は?」
「俺はアーサ……じゃなかった。リチャードだ。彼女は俺の婚約者なんだ。ナンパなら他を当たってくれるか」
とっさに偽名を使いつつ、男たちからモルガンを離すようにして男たちとモルガンの間に割り込み、彼女にささやく。
「わかっていると思うがお前の魔法は目立つから、俺を囮にして逃げろ」
「でも、それじゃあ、あなたが……」
「こんなやつらに殴られても痛みも感じないのはわかってるだろ」
アーサーは何でもないというように答える。これはもちろん彼がモルガンのためにかっこつけている……というわけではない。
アーサーからすれば五大害獣と戦った今こんなやつらに殴られても何の恐怖もない。もちろん、倒すことはできないが、倒されることもないのだ。相手もそのうち飽きるだろうという目算である。
そして、何よりも面倒ごとは終わらせて……早くケイとご当地グルメを食べたい!! それが彼の心を占めていた。
「もう……あなたって人は……」
アーサーの誤算があるならば、恋愛慣れしておらず普段は人に助けられることがない少女が、婚約者と呼ばれ抱き寄せられて助けられるという恋愛小説にありがちなシチュレーションにどう反応するかだが……それを彼に考えらせるのは少し酷というものだろう。
「あ、婚約者がいたのかーー、じゃあ、俺は違う女の子にいこっと」
「ああ、お二人とてもお似合いだなーー。じゃあ、俺たちはこれで」
そしてアーサーの予想に反してなぜか棒読みで逃げるように去っていく男たちだった。
しかもなぜかアーサーではなくモルガンを見てびびっているような……
「え……おい、ちょっと……」
「危機は去ったようね、戻りましょうか……っつ!?」
あっさりと去っていく男たちに拍子抜けしたアーサーだったが、モルガンがひめいをあげて、足を上げると彼女の形の良い足の裏からわずかに出血しているのが目に入る。
貝のかけらでも踏んでしまったのだろう。
「このくらい何でもないわ。早く戻りましょ……ちょっと、何をしようとしているの?」
「何って治療に決まってんだろ。俺の特技を忘れたのか?」
「あなたの能力は希少なものでこんなことでつかっていいはずないでしょう。それに変に目立つのはやめたほうがいいでしょう。もっと大事なことに使いなさい」
慌ててアーサーの手から足を逃そうとするが、力強くつかまれてしまい動けなくなるモルガン。
「何言ってんだ。このくらいなら治療できる奴は何人もいるだろ。それに婚約者様がたのしく海水浴を楽しむことは大事だろうが」
「なっ……」
アーサーの言葉と共に彼の手が輝くとモルガンの傷は即座に癒えていく。かつてないほど強引にやったアーサーだったが……
やばい、トリスタンに借りた本を参考に婚約者ムーブをしたがこいつ怒ってないかな?
勝手に能力を使うのはモルガンが最も嫌がることの一つである。現に彼女はなぜか体を震わしている。
「ねえ、アーサー皇子」
「な、なんだよ」
どんな皮肉を言われるかと思い体をびくっとさせると意外にもモルガンは顔を赤らめていて、切なそうにこちらを見つめていた。
「婚約者ぽくっていうのなら私はもっとあなたに甘えてもいいのかしら?」
「ん……? ああいいんじゃないか?」
「そう……じゃあ、戻ったら私にもオイルを塗ってくれないかしら。背中は自分じゃ塗れないのよ」
「別にかまわないが……」
そういえばこいつは専属メイドをつれてこなかったもんなと納得するアーサー。もちろんだがモルガンのメイドも何人かこの旅行にはついてきている。だから普通は彼女たちに頼めばいいのだが、ケイの専属メイドの仕事ですという言葉を覚えているアーサーはそれに気づかなかった。
「あとね……実は私泳げないのよ……だから、教えてくれるかしら?」
「はは、しかたねえなぁ。俺の泳ぎっぷりをみせてやろう」
憎き幼馴染の弱点を知ったとばかりにはしゃぐアーサーは、目の前の少女が珍しく人に弱みを見せているということにも、それが意味をすることにも気づかない。
そして、いつもよりもくっつきながら二人が歩いていると陽気な曲が聞こえ人々が騒いでいるが見える。
「あ、アーサー様、お待ちしておりましたよー」
「ふふ、うまくいったようですね。せっかくです。陽気な音楽でも奏でましょうか」
トリスタンが意味ありげにほほ笑み、笑顔でケイが出迎えてくれる。
ケイが屋台で買ってきたであろう美味しそうな海鮮料理をみなでたべるのだった。
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