第91話 アーサーの狙いとモルガンの考え

「ようやく海がみえてきたな……!!」


 モルガンもいるということで馬車の中の空気はどうなるか心配したが、意外にももりあがった。それも、ケイとこの男のおかげだろう。



「素敵な演奏ありがとうございます。騎士の方ってもっとまじめな人ばかりだとおもっていたのでちょっと驚きました」

「ふふふ、我々騎士はあなたのような美しい淑女をお守りするためにいるのです。怖がらせたりなどいたしませんのでご安心を」



 ケイの言葉にトリスタンがキザっぽくウィンクをする。それを見て苦笑する彼女にちょっと安心しながら、アーサーは先ほどまでの馬車の雰囲気を思い出す。

 雑談の中にも仕事のことを振ってくるモルガンがずっと隣をキープしてきたときは帰りたくなったが、トリスタンがアイル地方にまつわる話を歌を歌い始めるとその雰囲気は変わった。

 


「お前は騎士というよりも吟遊詩人を目指した方がいいんじゃないか?」

「ありがたいお言葉ですが、これはあくまで趣味です。私も騎士の端くれですからね。高貴なお方をお守りし、この国の未来をみたいのです」



 フェイルノートという琴と弓が一体化している不思議な武器を撫でながらトリスタンは気恥ずかしそうに笑う。

 先ほどのはアーサーの言葉はもちろん嫌味ではない。それだけトリスタンの演奏は上手だったのだ。



「彼はへらへらしているけど腕は確かよ。気配察知能力と弓の能力は一級品で、要人の護衛にこいつほど適している人間はいないわ」



 無表情なモルガンが補足することからそれは確かなのだろう。コカトリスと戦った時の弓の腕前もたしかだったなとアーサーは思い出す。

 そして、『善行ノート』にこの避暑地では何かがおきたいうことかいていなかったことを思いだして考える。だったら多少は無茶をしても大丈夫だなと……



「じゃあ、まずはアイル男爵にご挨拶をして、王族の別荘に行きましょうか。プライベートビーチなら余計な人間もいないでしょうし……」

「いや、ちょっと待ってくれ。今回はそっちじゃなくて、普通の海岸の方に行きたいんだ」

「……去年のようにしたいということかしら? あなたが知らないわけではないとは思うけど、あれは相当民衆に負担を強いるものよ」



 モルガンがアーサーを睨む。正確に言うと意図を探ろうとして彼をじっと見つめているだけなのだが、アーサーはちょっとビビる。

 去年というのは、海岸に珍しい動物が現れたということで、普段は地元民が使う海岸シーヨクが貸し切ったのである。

 


「そんなことをしたら迷惑がかかるだろ。だから、貴族ではなく個人としていこうって話しているだけだ。トリスタンが護衛としていれば安心なんだろ?」

「……なるほど……そういうことね」



 アーサーの言葉にモルガンは一瞬大きく目を見開くと、トリスタンと目を合わせてうなづきあう。

 何か深読みしているモルガンたちだったがアーサーの考えは単純だった。彼はご当地メニューを食べたかったのだ。

 いろいろな地方を名物を食べた彼は地元の料理というのにとても興味を持っていた。

 プライベートビーチでは確かにシェフが立派な料理をつくってくれるがそれではいつもとかわらない。

 いわゆるB級グルメというやつをケイと一緒に食べるのを楽しみするアーサーだった。


★★


 モルガンがトリスタンと目をあわせてアーサーにはめられたと内心苦笑していた。彼が正体を明かさずにわざわざ民衆と一緒に泳ぎたいなどという推測はつく。

 民衆の生の声をみたいのだろう。まさかだれも王族がこんなところにいるとは覆わない。

 


「民の声を聞きなさい」



 そう言ったのはかつてのモルガン自身である。



「彼はへらへらしているけど腕は確かよ。気配察知能力と弓の能力は一級品で、要人の護衛にこいつほど適している人間はいないわ



 そのうえ警備の問題もトリスタンなら大丈夫といってしまったから今更否定すればトリスタンの名誉を傷つけることになるので撤回もできない。

 むろん、王族の護衛がこれだけではない、ひそかに後ろについてきている騎士たちのこともアーサーにはばれているのだろう。

 多少面倒だが彼らにも海岸で一般人に偽装して護衛してもらう必要があるだろう。そして、そこまでするのだ。モルガンが気づいていないアーサーの意図がまだあるかもしれない。



「本当にあなたは油断ならないわね……」

「ん? なんか言ったか?」

「いいえ……なんでもないわ」


 あえて聞こえないふりをしたであろうアーサーにこの旅は何かがおきると確信するモルガンだった。








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