第89話 戦いを終えて

「ううん……」


 額に柔らかい感触と、人の温かさを感じて、アーサーはうめき声を上げる。そして、目を開くと、ぼんやりした景色の中でメイド姿のケイが驚いた顔をしてこちらを見ているのに気づく。



「ああ、ケイ……俺は一体……」

「アーサー様、目を覚まされたんですね!! もう二日も目を覚まさなかったので心配したんですよ。本当によかったです!!」

「うおおおおお!?」



 体を起こそうとした瞬間に抱き寄せられて思わず大声をあげてしまった。ケイの胸元にアーサーの頭が押し付けられた柔らかい感触も気になったが、それよりもケイが抱きしめながら泣いているのが気にかかった。

 そして、彼女の気が済むまでされるがままにしていると、ようやく解放されたので彼女に気まずそうにあやまる。



「随分心配をかけさせたようだな……その……すまない」

「アーサー様……別にいいんです。今回はちゃんと行くって言ってくださいましたから。これは私が勝手に心配しているだけなんですから」



 そう言ってほほ笑む彼女の目元にはクマが見える。もしかして……いや、もしかしなくてもずっと彼女はアーサーの看病をしてくれていたのだろう。



 だから、俺は悪夢を見ることがなかったんだな……



 ケイの忠誠心に感動していると彼女は優しく微笑んだ。



「アーサー様、こういう時は『すまない』じゃなくて、『ありがとう』と言ってくださるとうれしいです」

「ああ、ありがとう……ずっと看病してくれていたんだな……」

「当たり前じゃないですか。私はアーサー様の専属メイド(お姉ちゃん)なんですから」



 どこから誇らしげにそして、当然のように胸を張るケイの優しさにアーサーは自分の胸が暖かくなってくるのを感じる。

 そして、彼女が淹れてくれた果実水を飲んで一息ついて、気になっていたことを聞く。



「それで……『黄金小麦』はどうなったんだ? 五大害獣とやらを倒したまでは記憶にあるんだが、その後がいまいち覚えてなくてな……」



 きもい虫に襲われたり、エレインのせいで魔法を喰らったり散々な目にあったが、正直アーサーは五大害獣とやらには興味はなかった。

 それよりも黄金小麦である。ケイと一緒に……ついでに孤児院のやつらやモルガンとも食べるために頑張ったのだ。あれが無事でなければ頑張った意味はないのである。治癒能力でバカでかい樹みたいになったのは記憶になるのだが……てか、あれはもはや小麦なのだろうか……と冷静になって思うのだった。



「何でもあの一体で育った小麦はすべて黄金小麦になったそうで……大量に集荷できるとハーヴェ様が嬉しそうに報告してくださいましたよ。約束のものも楽しみにしていてくださいとのことです」

「まじか……」



 癒しの力でくっそまずくなったらどうしようと心配していたが、杞憂だったようだ。アーサーが安堵の吐息を漏らしていると、ケイが言葉を続ける。



「なんでもアーサー様とエレイン様のおかげだとか……五大害獣を倒すだけではなく、黄金小麦を量産するなんてさすがアーサー様です。すごいです!!」

「あ、ああ……俺はアーサー=ペンドラゴンだからな!!」



 何がアーサーのおかげなのかはよくわからないが、ケイが喜びの表情で頭をなでてくれるのでまあいいかとされるがままにすることにした。

 あきらかに子ども扱いなのだが、不思議とアーサーはこうされるのが嫌ではなかった。むしろこう……癒されるのである。

 てかハーヴェばっかり得してないか? あいつの騎士たちもあんまり役に立たなかったしな……などと失礼なことを考える。



「それでですね……ハーヴェ様が、アーサー様が目覚めたらこちらをと持ってきてくださったものがあります」

「ん? ああ。わかった……これは……」



 ケイが後ろにある机に置いてあった食器台のふたをとると、香ばしい香りと共に色とりどりのケーキが見えた。

 不思議と輝いてみるのは気のせいではないだろう。



「ハーヴェ様がお抱えのシェフに作らせたそうです。せめてもの感謝の気持ちを……とのことでした」



 定期的に黄金小麦で作ったケーキを持ってこいとは約束したが早速準備してくるとは……なかなか優秀じゃないか。と先ほど内心でディスっていたことを忘れて褒めるアーサー。実に現金である。

 そして、アーサーはケイににやりと笑って軽口を叩く。



「おお、よく俺が起きるまで我慢できたな、偉いぞ」

「もう、私はそんな食いしん坊じゃありませんよ。今お茶を淹れてきますね……」



 そんな中、くぅーとなる二つのおなか。一つは寝起きで美味しそうなケーキを見たアーサーで、もちろんもう一つはそんな彼を一生懸命看病していたケイである。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にするケイにアーサーは優しく声をかける。



「お茶はいい……それよりも一緒に食べようぜ。おなかが空いているんだよ」

「アーサー様……ですが……いえ、私はアーサー様の専属メイドですからね。遠慮なくお言葉に甘えます。そのかわりほかの方に叱られちゃったら、一緒に謝ってくださいね」



 これまでのケイならば『こんな高価なものを私なんかが……』と断っていただろう、だが、彼女はもうアーサーという人間がどんな人間かをしっている。 

 だからこそ、こんな軽口が癒えるようになったのだ。それこそほかの人間が聞いたら発狂するような軽口を……



「心配するな。俺はわがまま皇子って呼ばれていたんだ。多少のわがままならみんなあきらめるさ」

「うふふ、今のあなたをそんな風に言う方はいませんよ。それではいただきましょう。おなかと背中がくっつきそうです」



 ケイの軽口に軽口でかえすアーサーのその表情はとてもうれしそうだ。それは美味しいものを食べれるから……だけではないだろう。

 そして、ケイがナイフで切ったケーキを差し出すと……



「それではアーサー様、あーん」

「ああ……うまいな……」



 もはや当たり前のようにアーサーはパクリと口にする。そして、口の中に広がる甘味に嬉しそうにほほ笑むのをケイが確認し、彼女も食す。



「んーーこれは『建国祭』の時よりもおいしいです。すごいですね!!」

「ああ、こんなんじゃ、足りないな。今度はハーヴェにもっと持ってくるように頼むぞ」



 ケイの幸せそうな笑顔を見て、アーサーは前の人生で牢獄で彼女に、もらったクッキーの味を思い出していた。

 あの時食べたクッキーの味をアーサーが忘れないようにこうしてわけあったケーキの味とケイの笑顔をアーサーは忘れないだろう。そして、ケイもずっと覚えていてくれたなと思う。



 ああ、そうか……俺はこの笑顔のために頑張っていたんだな……



 善行ノートで食糧危機を解決せよと書いてあったときは、確かにおなかがすくのはつらいと、あんな目に合わないように必死なきもちだけだった。

 だけど、美味しいものがたくさんあれば皆がこんな風に笑顔になることができるのだ。そして、アーサーの知人も……いや、仲間たちも笑顔にすることができるのだと気づく。



「どうしました、アーサー様」

「いや、ケイといると俺は幸せだなって思ってさ」

「うふふ、嬉しいことを言ってくれますね。私はずーとアーサー様に仕えますからね。安心してくださいね」

「ああ……」



 今までは保身のためだけだった。だけど、余裕ができてきたからだろうか。ケイの……そして、自分に力を貸してくれる連中の笑顔を守りたいな……そんな風に思い始めたアーサーだった。

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