第73話 すべてを知るアーサーからのモルガンへの課題

いつぶりだろうか、アーサーとモルガンが向かい合って食事をとっていた。同世代の王族と身分の高い貴族ということで幼少のころは何度かこうして食事をとっていたのだが、いつしかそれもなくなり疎遠になっていったのだ。

 アーサーは元々口うるさいモルガンが苦手だったことと、ゴーヨクが余計なことを言うモルガンを遠ざけようとしていたのである。



「改めてみるとなんというか不思議な食べ物ね。まるで、虫のタマ……いえ、なんでもないわ……」

「お前な、なんてことを言うんだよ……」

「ごめんなさい……今のは失言だったわ……」



 珍しく素直に謝るモルガン。あんまりな物言いだが、実のところおかしなことではなかった。パン食が主流のブリテンではこういった料理は目に触れる機会はなく、いきなり未知の食材を見せられたのである。いくら美味しいと言われても困惑するのが当たり前なのだ。

 躊躇なく食べるのはよほど食い意地の張った人間か、料理人のことを信頼し、偏見なく食事できる聖人くらいであろう。

 それゆえにいつも貴族たちは口にしなかったのである。ちゃんと食べようとするモルガンはむしろましな方なのだ。



「それで……これはどうやって食べるのかしら?」

「ふふん、しかたないな、教えてやるよ」



 いつもは知識で負けていて悔しい思いをさせられているモルガンが聞いてきたのに調子にのったアーサーは、満面の笑みを浮かべながら米をよそっておかずを載せる。



「このライスっていうのと一緒にな、おかずを食べるとうまいんだよ」

「そうなのね……」


 

 アーサーの言葉を聞きつつも、不慣れなものを食べて彼の目の前で、口元をはしたなく汚してしまわないかと少し悩むモルガン。そんな彼女を見て、アーサーはにやりと笑う。



 こいつ……まさか、ライスが苦手なのか?



 アーサーが子供の時に野菜を残すと『そんなんだから頭に栄養が回らないんじゃないの?』と言われた記憶が思い出される。そして、こいつに無理やり喰わされたものだ。

 あの時の仕返しをしてやろう。



「好き嫌いはだめだぞ。ほら、あーん」

「なっ、ちょっと……」



 にやりと笑いながらアーサーはスプーンによそって、煽るような言葉でモルガンに差し出すと彼女はなぜか顔を真っ赤にして観念したように口をあける。



 ふはは、あのモルガンが悔しさに顔を真っ赤にしていやがるぜ!!



 間接キスな上にまるで恋人のような行為にモルガンが恥ずかしがっているだけなのだが全然気づいていないアーサーだった。

 そして、顔を真っ赤にしながらもライスを食べていたモルガンの目が驚きに見開かれる。



「……おいしいわね、これ」

「ああ、そうだろう。食べず嫌いはだめだぜ」


 

 さらに煽るようにアーサーが言葉を重ねつつ二人で食事を続ける。



「それで……食料不足に備えて、このライスをブリテンに広めたいんだが、何かいい方法はないか?」

「これを広める? 確かにブリテンは食料不足に陥る可能性はあるけれど、それは貴族たちが小麦畑を牛耳っているからよ。だったら、もっと商人たちも小麦を扱えるようにした方が確実だと思うわ。あなたも知っていると思うけど新しい食文化をもたらすのは簡単ではないわ。あえてこれを推す理由は何なのかしら」



 先ほどまでの恋する乙女はどこにいったのか? いつもの無表情な表情に戻りモルガンは問う。

 モルガンの言う言葉はもっともである。彼女の考える食糧危機は、ブリテンで小麦が不作だった場合に貴族たちがため込むことを警戒してのことだった。

 そもそも食文化というのはそう簡単に変えることは難しい。ましてや、ブリテンに馴染みのないライスという食材を配給しても民衆たちが食べるだろうか?

 自分をアーサーのアドバイザーと認識している彼女は彼の施行を読もうと必死なのだが……



 こわっ!! なんでこいつにらんでくるんだよ……



 これまでの経験から無表情になったモルガンにすっかりビビっているアーサーはあわてて思い出そうと頭を働かせる。

 なんでブリテンは食料がなくなったんだっけ……



「……魔物が小麦を食う……」


 

 アーサーの頭にとっさに出てきたのはそれだけだった。そもそも彼はこの時期にはまだ政治には興味を向けていなかったのだ。善行ノートにも魔物のせいで小麦が不作になったとしか書かれていないのである。理由なんてわかるはずもない。



 ちゃんと調べておけばよかったーーー!!



 と無茶苦茶後悔している時だった。モルガンが大きく目を見開いて、なぜか机の上の書類の束から数枚の報告書を取り出した。



「あなたは異国でおきた五大害獣による被害がブリテンにまで影響を及ぼす可能性があると言っているのね!!」



 モルガンが差し出した報告書には海外のとある街に五大害獣が現れ、小麦を喰らいつくしたこと、そのため小国が滅びかけたことが書いてあったのだ。



「こんな小さな可能性を心配するなんて……でも、確かに最近の貿易は海上が主になっている……ならありえるわね……」


 

 何がありえるのかわからないがありえるらしい。だったらアーサーの答えは決まっている。彼は成長しているのだ。



「何があり得るんだと思うんだ、モルガン?」



 そう、こういう時にモルガンにだけはわからないことは聞くようにしたのである。ほかの人間の時は知ったかぶりするのだが、本性をばらしたこいつにならば聞いてもよいだろうという判断である。

 


「答えあわせはもうちょっと待って頂戴。それより……あなたはブリテンにライスを広める方法を考えておいてくれるかしら? できるだけ協力するわ」

「あ、ああ……」



 答えをあわせるも、俺はそのこたえとやらがわからないのだが……と思ったが何やらぶつぶつと考えている彼女を見て、あきらめる。

 こういう時の彼女は人の話を聞かないのである。



 とりあえず、どうやってライスを広めるか考えるか……



 真剣に何かを悩んでいるモルガンを見つめながららそんなことを思うのだった。


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