第68話 パーティー
「うふふ、いつものアーサー様とは違って可愛らしくて素敵です」
「ん……そうか、ありがとう。ケイの紹介で店で選んだ甲斐があったというものだな」
今日のアーサーはいつもの王家の紋章の刺繍された礼服ではなく、平民の商人が着るようなデザインに上質な生地をつかったものである。
アーサーのお願いに従いケイが選んだものである。いつもよりもちょっと幼い感じがするが、とても似合っていた。
ちなみにアーサーが着たがっていた全身の至る所に竜が刺繍された服は却下されてしまった……今でもげせぬと思っているアーサーであった。
「ですが、私までこんなものを買っていただいてしまいよかったんでしょうか?」
「いいんだよ。今回は平民が中心の集まりだからな。メイド服じゃ目立つだろ」
そして、ケイの方も今日はメイド服ではなく、アーサーの服と一緒に買った。レースをあしらったワンピースのような可愛らしい服装である。
ちなみに彼がわざわざ平民の着るものを身に着けている理由は二つある。
一つ目はモルガンのアドバイスによって、こういう集まりにはちゃんとした服装で行けと言われていること。
二つ目はドルフでの経験から服装を変えることによって、相手の警戒心を和らげることができる事を知っていたからである。
決して、ケイと同じ店の服を……ペアルックのようなものを着てみたかった……なんてことはない。政治的な策略なのである。
ちなみに今回は王族として呼ばれているので、モルガンの言うちゃんとした服というのは王族の礼服なのだが、平民の集まりということでアーサーは勝手にアドリブで平民の服を着ているのである。
中途半端に知識があるため、余計めんどうになっているという可能性もいなめない。
「ん……? 君はどうしたのかな? お父さんが先に入っているのかい? 悪いけど、今日は大事なお客様がいらっしゃるからね、部外者は入れないんだよ」
馬車から降りて会場へと向かうと警備の青年にそんな風に言われるのも無理はないだろう。王族らしからぬ服装のアーサーはどこから見ても、商人の……しかも、小生意気な子供にしか見えない。おおかた誰かのおまけで来たと思われてもむりはないのだ。
「いや、俺は招待されてやってきたんだ。ケイ、例のものを!!」
「はい、こちらになります。ご確認ください」
ケイがカバンから豪華な飾りのついた封筒を見せ、警備の青年は怪訝な顔をしながらも、受け取ると……その顔がどんどん真っ青になっていく。
「え、アーサー=ペンドラゴンだって……あなたが……なんで平民の服を……?」
それも無理はないだろう。彼は今回もっと重要な客であり、くれぐれも失礼のないようにといわれていたアーサーを部外者の子ども扱いするという粗相をしてしまったのだ。
貴族……ましてや、王族は軽んじられることを気にする。これでももしも、彼が帰ってしまったらと、青年は冷や汗をかく。
そして、そんな様子に気づいたのが今回のパーティーの主催でありエリンの父のカンザスである。彼はアーサーと真っ青になっている警備の青年を見て、即座に状況を理解したのだ。
「アーサー様、私の部下が失礼しました!! このものは新人でして、あなたさまのご尊顔を知らず……」
「ん? ああ、気にするな。これがお前ら商人は身分ではなく、証文や書類などで信用すると聞いているからな」
「それは……本当に申し訳ございません」
思わぬ部下の失態に焦った表情のエリンの父に比べてアーサーは何でもないことの様に返す。別にこれは皮肉ではない。
モルガンのやつの言う通り商人たちはお互いの身分や名前ではなく書類で信頼関係を築くようだな。
貴族のパーティーならば顔パスだったが、事前にそう聞いていたアーサーは招待状がないのならば王族でもはじくその姿にすごいなぁ……とちょっと関心していたのである。
まあ、商取引の時ならばともかく、パーティーではいくら商人であってもそんなはずはないのだが……
「では俺たちは、そろそろ行くぞ。美味しい料理が待っているそうだからな。ケイ、あんまり食べ過ぎないようにな」
「もう、アーサー様ってば私のことを食いしん坊だと思っていませんか? アーサー様こそ、ちゃんとお野菜も食べないとだめですからね」
「うへぇ……」
そんなやりとりをしながら入っていくアーサーたちを緊張した様子でカンザスは見つめていたのだった。
カンザスにとって今回のパーティーは特別な意味を持っていた。娘であるエリンのおかげであのアーサー皇子を招待できたのだ。これは千載一遇のチャンスだろう。
なんとかアーサー様に食料問題に気づいてもらわねば……
ブリテンの食料は小麦を主食としている。いや、しすぎている。通常時ならば問題はないが、遠い異国で五大害獣の一匹によって小麦が喰いつくされたという話が回ってきたのである。
万が一だ……五大害獣が主食を小麦に頼っているブリテンを襲ってくればこの国は終わる……
そう思った彼は急いで代わりの食材を探して見つけたのである。それは新しい商売になるのではないかという打算もあった。だけど、娘と共に暮らすこの国への愛国心が勝っていたのだ。
だから、何とかアーサー皇子にこの新しい食材のすばらしさを知ってもらいたい。そして、必要性を城でも訴えてほしいと思いパーティーに呼んだのである。
代わりの食材を作っている少数民族の人間は気難しいが、なんとか自分が間に入れば……そう思っていた矢先である。
「え、招待状ですか……な……アーサー=ペンドラゴンだって……あなたが……」
警備の兵士が何やらもめているのがわかった。相手は子供のようだが……その顔を見て、血の気が引くのがわかった。アーサー=ペンドラゴンその人だったのだ。
だが、その服装はいつもの礼服ではなく、平民の……まるで商人が着るような服装である。
なぜ……?
当たり前だが貴族や王族にとって家の紋章が入った服は自分の顔のようなものですらある。わざわざ我々平民の服装に合わせるという意図が読めない。
単に平民の服が着たかったというわけではないだろう。
まさか我々の情報伝達のレベルと教養を試しているというのか?
自分の娘であるエリンは孤児院の件で試されたと言っていたし、アヴァロンの主であるモルガンも「あの人は試す癖があるけど、彼を信じれば報われるわ」と嬉しそうに部下に語っていたことも、耳に入っている。十分あり得ることだった。
アーサーから見れば自分たち商人は接点のない貴族と違いどれくらいの能力を持っているのか、どれくらい使えるかわからない存在なのだ。
だから、彼はあえて平民の服を身に着けて、今回の集まりの警備のレベルを試したのだろう。我が国の皇子の顔をしらないなんて貴族ならばありえないミスであった。
そして、招待客の顔を部下が把握していないのもあり得ないミスである。
「アーサー様、私の部下が失礼しました!! このものは新人でして、あなたさまのご尊顔を知らず……」
状況を理解したカンザスは慌てて謝ると、彼は苦笑していた。
「ん? ああ、気にするな。これがお前ら商人のやり方なのだろう? そのものの身分ではなく、証文や書類などで信用すると聞いているぞ」
「それは……本当に申し訳ございません」
それは彼なりの警告なのだろう。今回は我々商人のやりかたにあわせてくれるということだ。そもそも、商人であっても、オープンなパーティーならば招待状をなくしても入ることはできる。
それを今回は商人のやり方ということで不問にしてくれるといったのだ。
器の大きさをみせつけられ釘を刺されてしまったな……それにしてもなんという変装だ……
アーサーと同じレベルで着飾っている彼女が噂の平民出身の専属メイドだろう。楽しそうに少女と歩いていくアーサーを見送って冷や汗をかく。まるで姉弟のような様子からは確かに彼をしらなければ皇子と専属メイドとはわからないだろう。
これがドルフに侵入し、己の身分を偽って、側近の悪事を暴いたというのも本当かもな……
エリンから聞いた荒唐無稽な噂話を思い出して、苦笑する。そして、このあとのパーティーでさらに彼が胃を痛めるのはまたべつの話である。
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