第35話 エレインにとっての聖王
一人でコカトリスの探索をしにいったエレインはこちらを襲ってくるゴブリンを倒しながらも焦りを隠せないでいた。
「五大害獣……強いとは聞いていたけど、ここまでの毒を持っているなんて……」
目の前のコカトリスは、ただ、湖で水浴びをしているだけで、毒沼にしてしまった。湖に水を飲みに来ていた極ウマ鳥やゴブリンはその水に触れただけで息絶えてしまっている。ひどいものに至ってはドロドロに溶けて毒沼の一部にすらなってしまっているのだ。
そして……聖女である彼女ですら、コカトリスどころか、これ以上毒沼に近づくことができなかった。
「いや、あの女、無茶苦茶強いな!!」
絶体絶命の中、背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこにはアーサーと、護衛の騎士がこちらにやってくるのが見えた。
何で彼がこんな所に……と聞きそうになって察する。
心優しき彼の事だ。このままでは村人たちが安心できないだろうと、コカトリスを退治しに来てくれたのだろうか? それとも……私が一人で偵察に行ったのに気づいて助けに来てくれたとか……
そう思うと、エレインは自分の顔が熱くなってくるのをかんじ、嬉しさのあまりそんな場合ではないというのに思わず笑みがこぼれる。
だけど……だめよ、エレイン。これ以上アーサー様に迷惑はかけられないわ。
浮かれそうになる自分に必死に言い聞かせる。
彼は心優しいけれど、他国の王族で……これはエルサレムの問題なのだ。私たちが解決すべき問題なのだ。
「アーサー皇子……救援は嬉しいですが、これは我が国の問題です。この先にいるのは五大害獣『コカトリス』であり、あなたでも身の危険が……」
「いいからさっさと倒すぞ!!! ああ、鳥がぁぁぁ!!」
しかし、彼女の制止を無視してアーサーがすさまじい勢いでこちらへと駆けだしてきた。鳥? まさか、コカトリスが何か攻撃を仕掛けてきたのだろうか?
慌てて振り向くもコカトリスが何かをした様子はない。まさか、アーサーが無効化したのだろうか? そんなこと思っているとその隙をつくかのように彼はエレインとすれ違い、そのままコカトリスのいる沼地へと足を踏み入れる。
「これ以上近づくのは危険です、アーサー様!! そんな、私の矢が!!」
護衛の放った矢は毒で即座に腐り、湖に踏み入れた彼の足は嫌な音を立てて、溶けだす……はずだった。
だけど、アーサーは何事もなかったかのようにそのままコカトリスの方へ走っていくではないか?
まさか、毒に侵されると同時に癒しているの? どれだけの治癒能力なのよ!!
それは、『エルサレム』の聖女と呼ばれる彼女ですら信じられないほどの荒業だった。しかも、いくら治癒できるとはいえあんな真っ暗な液体の禍々しい毒沼に入るなんて普通の人間ではできない。仮に浄化できるとわかっていても本能的に嫌なはずである。
それなのに一切の躊躇もなく入れるのは勇気があり、人を助けることを何よりも大事にしている聖人か、ただの馬鹿だろう。
もちろん、アーサーは前者だとエレインは確信する。
「クェェェェ!!」
「うおおおおお」
毒沼を気にせずに突っ込んでくるアーサーに恐れをなしたのか、コカトリスが逃げようとでもしたのか、鳴き声と共に変な動きをした時だった。
彼は逃がすまいととびかかり、そのしっぽの尾をつかむと、浄化を始める。
すごい……これがアーサー皇子なの……私だって!!
アーサーのおかげか周囲の毒が弱まった気がする。これなら……と自分に喝をいれてエレインは毒沼に近づいて浄化の魔法を使う。
彼女はアーサー程強力な治癒能力は持っていない。だけど範囲の広さならば彼すらも凌駕する。コカトリスが毒を飲んで回復するのを邪魔することはできるはずである。
「毒沼全体を浄化すればサポートになるはず!!」
アーサーのためにと必死に浄化をしていると彼がこちらを見つめているのに気づく。エレインは任せてとばかりにうなづいた。
そして、全力で治癒魔法を使う。こんなにもすがすがしい気持ちで使ったのはいつぶりだろうか? 打算もなく、ただ人を救おうとする彼をサポートするのは……自分のあこがれていた聖女像と重なって胸が高鳴った。
「今ですね!!」
「くえぇぇぇぇぇ……」
二人の浄化によって、コカトリスの毒が弱まったのを見極めた護衛の騎士の一撃がコカトリスの眉間に突き刺さり、ぴくぴくと痙攣した後に力なく倒れるのが見えた。
「たった三人でコカトリスを倒した……」
信じられない出来事に、エレインは半信半疑でつぶやく。だって、本来は教会の騎士たちとプリーストを何十人も引き連れて勝てる相手なのだ。
しかも、何人もの犠牲を出したうえで、最悪この村はあきらめなければ勝てない……そんな相手にあっさりと勝ってしまったのだ。無理もないだろう。
そして、この勝利の理由は誰よりもエレインがわかっていた。
「よくやった、トリスタン!! ふははは、俺の勝ちのようだな!! 『私なんかよりアーサー様の方が優秀ですと……』ぐぇぇぇ!!」
気づいたら駆け寄ってコカトリスの死体を指さしながら何かを言っているアーサーを抱きしめていた。彼が来てくれて心強かった。そして、彼のおかげで、勝つことができた。
だけど、文句はある。
「あんなところにつっ込むなんて何を考えているのよ!! いくらあんたでも死んじゃうかもしれないのよ!!」
自分の命を大事にしないそのやりかたに思わずきついい方になってしまう。
「いや、俺がこの程度の毒でしぬはずがないだろう……」
「だからって……こんな無茶をする必要はないでしょうが!! あなたが勇敢で優しくてすごい人だっていうことはわかってる!! だけど、あんたが死んだりしたら悲しむ人だっているのよ!! 無事で本当によかった……」
アーサーは危うい……他人のために簡単に命をかけれてしまう。まるで昔あこがれた『聖王』そのもののような彼がどこかにいかないように必死に抱きしめる。
「ふふ、聖女様は積極的なようですね。実にうらやましい……新たな英雄の誕生を喜ぶのもよいですが、とりあえずはコカトリスの後処理をするのが先決では?」
「なっ、別にそういうんじゃないわよ」
エレインは護衛の騎士の言葉で自分がどれだけ恥ずかしいことをしていたのか正気に戻り慌ててアーサーと距離をとった。
だけど、彼の言葉で自分の気持ちに気づいてしまった。昔憧れた聖王そっくりのアーサーに自分が行為を抱いてしまっていることを……
そして、羞恥のあまり、自分の気持ちと正反対のことをいってしまうのだった。
「べ、べつにあんたの事なんか好きじゃないんだからね!!」
そうして、コカトリス騒動は終わりをむかえるのだった。
「エレインお疲れ様!! 村人を救うだけでなく、コカトリスまで倒すとは……さすがね」
教会へと戻り、村での出来事を報告したエレインはヘレネーに感謝の言葉をもらう。だけど、彼女は微笑みながらそれを否定した。
「いえ、私はアーサー皇子の補佐をしただけよ。自分の身を顧ず他国の民を救う。あの方はまるで『聖王』様みたいだったわ」
どこか熱を帯びた表情をしているエレインにヘレネーは感動する。エレインの『聖王』へのあこがれは本物だ。度を越しているともいえる。
それなのに、彼女がアーサーを聖王の様だと言ったのだ。アーサー皇子はあまり良い噂は聞いていなかったが本当はできた人間なのだろう。エレインの幼馴染として見守ってきたヘレネーは確信する。
「それで……次にアーサー皇子とお会いできるのはいつかしら?」
「まさか……」
もじもじした様子で質問をするエレインにヘレネーは思わず笑みをこぼす。どうやら彼は民を救うだけでなく、エレインの心を奪っていたようだ。
これまでつまらなそうに生きていた彼女をみていたヘレネーは嬉しく思う。
「そうね……近いうちにまた会食を設定しましょうか」
「ええ……その時はお土産にエルフの香辛料をたっぷりまぶした極ウマ鳥を御馳走するのはどうかしら。彼の大好物みたいなの。それと……」
一言区切ってはずかしそうにこういった。
「今度料理をおしえてくれないかしら?」
「任せて。エレイン」
次の会食でアーサーがとびっきりの激辛料理を食べさせられるのが決まった瞬間であった。
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