第20話 心優しき兄さん

そうして、アーサーとロッドのお茶会が始まる。



「失礼します」



 メイド十五番と呼ばれた少女は美しい所作で紅茶を注ぐ。ご丁寧にロッドの分だけではなく、アーサーの分も新しく準備してあるようだ。

 ロッド=ペンドラゴン……彼はこのブリテンの第一皇子である。第一王妃の息子であり、王位継承権を持ったアーサーの兄である。


 貴族たちの間では次の王は正当な血筋を持つ彼か、圧倒的な治癒能力を持つアーサーかに分かれてるのだ。しかし、治癒能力を持つアーサーを指示する貴族の方がかなり多い。

 だからだろう、彼はことあるごとにアーサーに絡んでくるのだ。



「聞いたぞ、お前の世話役のゴーヨクが捕まったらしいな。だめじゃないか、ちゃんと部下の手綱は握っておかないと……やはりお前には王は厳しいんだよ。なあ、メイド十五番」

「はい、ロッド様のおっしゃる通りです」



 あざけりの笑みを浮かべながらロッドがアーサーの失態を嘲る。なるほど部下の失態は上司の失態につながる。現に今回の件でアーサーを王にしようという派閥の力が少し落ちたのは事実である。この煽りは効果的だっただろう。

 もしも、普通の貴族が相手だったらだが……


 この場合は相手が悪かった。世間知らずのアーサーであり、前の人生ではなんか知らんがいつの間にか王位継承権一位になっていた男である。そんな彼に皮肉が通じるはずがなかった。



「なるほど……確かにロッド兄さまの言う通りだな。だが、安心してくれ。あんな男には元々頼っていないし、俺の周りには同じようなやつらがたくさんいるしな」

「うぐ……」



 まったく堪えていないとばかりに満面の笑顔で答えるアーサー。実際裏切るゴーヨクなんぞはなからあてにしていないし、今のアーサーは自分が助かることしか考えていないのだが、何も知らないロッドにはそうは取らない。

 アーサーに比べて、支持する貴族の少ないロッドは代わりはいくらでもいるという言葉に頬を引きつらせる。



「ふん、確かに貴様の治癒能力目当ての取り巻きは数だけは多いからな。だが、勘違いするなよ、あいつらはお前が不利になればすぐに見捨てるぞ!!」

「ふふ、ロッド兄さまの言う通りだな。王として俺もそこは気を付けなければいけないと思うよ」

「な……もう、王になったつもりなのか……」



 前の人生を思い出し真実を言い当てているロッドにアーサーは感心しているのだが、なぜか彼の額に青筋ができる。

 実のところアーサーはロッドの事は嫌いではなかった。ほかの人間がおべっかを使ってくる中で、彼だけは本音でぶつかってくるからだ。そして、皮肉がわからない彼にとっては時々アドバイスをくれる口の悪い兄なのである。そして、その口の悪さもモルガンに比べればはるかに優しい。

 だから……彼は前の人生を思い出してお礼とばかりアドバイスをあげることにした。



「ロッド兄さまの方こそ部下の裏切りには気を付けた方がいいぞ。使用人のこともちゃんと名前を呼んだ方がいいと思う。それと……いざという時に海外に逃げる準備をしておいた方がいい。これからどうなるかわからないからな」

「なん……だと……?」



 ロッドはアーサーが王位継承者に選ばれた未来で彼と同様に処刑されるのである。しかも、身内の革命軍に売られるのだ。

 だから、いつでも逃げられるようにした方がいいと警告をしてあげたのだが……



「ふん、余計なお世話だ!! 貴様の方こそ治癒能力が高いからと言ってあまり調子に乗るなよ!! いつか聖女に比べられて泣くことになるのを恐怖するのだな!!」

「聖女と比べられる……?」

「ああ、そうだ!! 同じ治癒能力の持ち主だ。しかも、品行方正で美しい。俺も何度も求愛の手紙をわたすくらいになぁ!! いつか同じ場所ではちあうこともあるだろうよ!! そこで対面してみろ。お前のぼろがすぐに剥がれ…………」

「それだ!! ロッド兄さまありがとう!!」



 アーサーは大声を上げてロッドの手を握る。そして、困惑気味の彼に礼を言って自室に戻ることにする。


 ふはははは、そうだ。聖女の所に行ったときに俺の素晴らしい治癒能力を見せつけてやればいいのだ!! だって、俺が負けるはずがないのだからな!!



 そう言って勝手に勝利を確信し、聖女をわからせるための作戦を練りにいくのだった。






「なんだったのだ……あの男は……」



 いきなり走り出したアーサーを見てロッドは困惑し……先ほど会話を思い出して怒りくるう。



「あの男!! まるで自分が王になるのが当然とばかりに言いおって!! しかも言うに事欠いて俺に海外に逃げろだと!! ふざけるな!!」

「おっと……危ないですね」



 怒声と共に自分の手元にあるカップをメイドに投げつける。するとメイドは冷静にそのカップを受け止める。どんな技術か、コップの中身すらこぼさない。

 それを見て、さらにいらだちが募る。



「だいたいあの男のカップには下剤をしこんでいたはずだろう!! なんで効かないんだ」



 そう、ロッドは少しでもアーサーの評価を下げるための嫌がらせとばかりに、ひそかに毒を盛っていたのである。ロッドは自分より後に生まれた妾の子供のくせに治癒能力を持っているというだけでちやほやされている彼に嫉妬をしていた。

 だから、定期的に皮肉をいったり嫌がらせをしているのだが、いっこうに効いたそぶりをみせやしない。そのことで余計イラつき彼へのいやがらせはどんどん過激になっているのだ。



「私はロッド様のご命令通りあのお方のカップに毒を仕込んでいましたが……」

「奴はピンピンとしていたではないか!! 貴様……俺を裏切ってあいつにつくつもりじゃないだろうな!!」



 そうメイドを怒鳴りつけるとロッドはアーサーが残したお茶を飲み干す。



「ほら……何とも……」



 再びロッドがメイドを怒鳴りつけようとして……ぐぎゅるるるるーーと彼の腹部から激しい音が響く。激痛と共に便意が彼を襲う。



「うおお……おい、早く解毒薬を……」

「そんなものはありませんよ。ロッド様が強力な下剤を準備しろとおしゃったじゃないですか……一日中はこのままかと……」

「ならば治癒できるものを呼べ!! 口の堅い奴だぞ!! こんなことがほかの人間に知られてみろ、俺の人生は終わる!!」

「これだけ強力な毒ですと治せる人間は一人だけかと……」

「誰でもいい、そいつに頼め!! 金ならばいくらでも払う。こんなところで漏らしたとなれば俺は……」



 必死にお腹を押さえて冷や汗を垂らすロッドに告げられた名前は残酷なものだった。



「はい、かしこまりました。それでは急いでアーサー様をお呼びいたしますね」

「ふざけるな……そんなことが……うおおおおおおお!!!?」



 中庭に情けない悲鳴が響き渡る。この後彼がどうなったかは……名誉のため内緒にしておこうと思う。

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